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おもいをあなたに

修斗はその日、夢を見た。どこか懐かしい感覚の不思議な夢。

 その夢から覚めた時、修斗は自分の周りに異変を感じる。修斗が今まで眠っていたソファで同じ布団の中に、裸で眠る美少女の姿が―!

しかもその美少女は、修斗が飼っているアメリカンショートヘアのネコ、スズの首輪を持っていた。

  


「・・・はい、なので今日はちょっと・・・はい、はい、ありがとうございます。どうも申し訳ございません。ゴホッゴホッ」

 壁に向かってペコペコと頭を下げながら、わざとらしい咳払いを数回。修斗は携帯で会社の上司に病欠の連絡を入れていた。無論、本当に病気になったわけではない。はじめてのずる休みである。

「・・・はい、わかりました本当にゴホゴホッ・・・はい、早く治します・・・どうも・・・それでは失礼・・・ゴホッ」

 通話を終えた修斗が振り向くと、ソファの上には先ほどの美少女がちょこんと座ってこちらを見ていた。裸のままでは色々と困るので、今は彼の部屋着を貸与えている。修斗はまじまじと、彼女の全身を眺めた。

 「その・・・本当に君はスズなのか?」

修斗は何度目かの確認をする。いま自分の目の前にいる美少女は、彼と一緒にこの家に住んでいる猫、スズだというのだ。

 「はい、ですにゃ。ご主人さまっ」

 こくんと小さく頷き、自らをスズだと言う美少女は肯定した。すらりと伸びた手足に、くびれた腰周り。服の上からもはっきりと認識できる二つの膨らみ。美しく整った顔立ちは見るものすべてを魅了し、つり気味の大きな瞳は、緑がかった青色をしておりほのかな輝きを湛えている。言われてみれば猫のそれと同じような可愛らしさをもっている。肩まで伸びたダークブルーの髪の毛は光を反射してきらきらと輝いている。彼女はまさしく美少女と呼ぶにふさわしい外見をしていた。誰が見てもこれと同じか、それ以上の評価をするに違いない。

 「・・・うん、よくはわからないけど、多分そうなんだろうな」

頷きながら言った修斗の言葉に、スズははっとして、顔をほころばせた。可愛らしい。なんて可愛らしい笑顔だろう。大きなつり目が喜びを滲ませて輝いている。修斗は彼女の笑顔を見て、自らの心拍数が少し上がったことに気づいている。少し、顔が赤い。

「それに、耳が生えているし」

修斗は彼女の頭上でその存在を大いに主張する、二つのネコミミに目をやった。視線を感じ、スズは自らの耳をぴんぴんと反応させる。

 それはネコミミカチューシャやかぶりもののような玩具ではない、本物の血の通ったネコミミだ。見た目は動物の猫耳そのままだし、自在に動かすこともできるようだ。ふにふにと柔らかそうで、つい直接触ってみたくなる欲求を、修斗はぐぐっと抑えていた。

「あと、しっぽも生えているし」

 次に、彼女が座るソファの上の、しっぽを指差すとぴくりと反応し、ゆらゆらと揺れる。洋服を着させる時になって、はじめてしっぽがついていることに気づいた。ネコミミがあれば、しっぽがあるのも当然だろうが。仕方がないので、履いているズボンの上からしっぽだけを出させている。そのため、少しズボンの位置が腰より低い。僅かに覗かせる服とズボンの隙間の柔肌を、修斗は意識して見ないようにしていた。

 スズのお尻から生えているしっぽは髪の毛と同じ色の毛で覆われており、それも動物の猫のそれとまったく同じものだ。触って感触を確かめてみたいが、それをするつもりは修斗にはなかった。人間の体になる前のスズが、しっぽを触られることを極端に嫌がることを知っているからだ。

 「にゃあ。ねこだから、しっぽはあります、にゃっ」

上体をゆらゆらと左右に揺らしながら、スズがニコニコ顔でつぶやく。しっぽも一緒に揺れているのだからなんと可愛らしい姿なのだろうか。修斗の顔はリンゴめいて赤面し、口元がほころぶ。

 「スズは、スズは、嬉しいですにゃ!」

スズが上機嫌に言う。何が嬉しいのか、という修斗の問いに対して、スズは続けてこう言った。眩しいくらいの笑顔で。

「にゃあ!スズは、だいすきなご主人さまとお話できますにゃ。すごく嬉しいですにゃ!」

 修斗は手で顔を抑え、下を向いてぷるぷると震えた。かわいい・・・っ!とてもかわいいっ!ロクな女性経験がない彼にとって、スズの彼に向けられた笑顔は枯れ果てた大地にそそぐ太陽の光のように眩しく、修斗の心を魅了していた。

「ご、主人さま?どうかした、にゃ?」

様子のおかしい修斗の心配をするスズに、修斗は軽く手をあげて大丈夫と応えた。

「・・・スズは。スズは、夢だったんですにゃ」

先ほどとは違い、落ち着いたスズの声に修斗は顔を上げる。彼女は自らの胸の前で両手を組み、顔を伏せている。ソファの向かいに立つ修斗の位置からでは彼女の表情は読み取れない。

「夢?」

「にゃ」

「どんな、夢?」

「・・・だいすきな、大切で、だいすきなご主人さまに、ずっとずっと、伝えたかった、ですにゃ」


スズがぱっと顔を上げた。その瞳は溢れんばかりの涙で揺れている。修斗の心臓が、ドクンと高鳴る。

「ご主人さま・・・。やっと、言えますにゃ。・・・あの日・・・スズを・・・助けてくれて、ありがとう、ございますにゃ!」

修斗は自らの鼓動が一際大きく高鳴ったのを感じた。あの日の出来事を、この娘は覚えている。思いもしていなかった感謝の言葉。修斗は自身に向けられた、大きく暖かな好意に戸惑っていた。

「そ、それは・・・感謝される程のことでは、ないよ。ぼ、僕は当然のことをしただけで・・・」

「違いますにゃ、ご主人さま!」

スズが、修斗の言葉を力強い言葉で遮る。すくっと立ち上がり、一歩、また一歩と、修斗のもとへゆっくり歩み寄る。その瞳から、涙がひとしずく。スゥっと頬を伝った。そして、もうひとしずく。さらに、もうひとしずく。まるで宝石のようにキラキラと輝く彼女の両目から、止めどなく涙があふれ出てくる。窓から差す朝日に照らされて、幾筋もの涙が真っ赤になった頬を濡らした。

「助けてくれて・・・本当に・・・嬉しかったですにゃ・・・スズたちを、スズの姉妹たちを助けようとしてくれて・・・本当に・・・本当に・・・っ」

 スズは、心の奥底から溢れてくる感情を抑えて、なんとかそこまで言葉を紡ぐ。

 でも、これ以上はもう、言葉が出なかった。嗚咽を漏らし肩を震わせながら、修斗の胸元に飛び込んだ。


 「うわああぁぁん!!うわああぁぁん!!ありがとうございます!!ありがとう、ございます!うわあぁぁぁん!!」


 スズは心の一番奥にしまっていた、一番大きくて一番大切な感情を、彼女が一番愛する、一番大切なご主人さまに全身をもって表した。感謝の気持ち。敬愛の気持ち。愛情。信頼。次から次に溢れ出てくる感情を、スズは修斗に抱きついて、大粒の涙を流しながら、全力で叫んだ。

「やっと!やっと言えましたにゃあ!伝えましたにゃあ!!ずっと!ずっとこの気持ちを伝えたかった!!言いたかった!!!夢が、夢が叶ったんですにゃ!!にゃあああぁぁ!!!」

溢れ出る感情を。むき出しの感情を。修斗と過ごした時間の中でずっとずっと抱いていた感謝の想いを。ようやく伝えることができた。やっと言うことができた。

「ああ、スズ!わかったよ、わかってるよ!スズの気持ち、よく分かってるよ・・・!」

修斗もスズを抱きしめ返した。その感覚は、修斗の心にこの子が何ものにも変えられない修斗の一番大切な存在であることを力強く、これ以上ないほどに示していた。もう何も疑いようもない。その感覚は、この家にやってきたあの日から、今日まで何度も触れていた感覚。何よりもよく知っている、大切な存在を抱く感覚そのものだったのだから。

 胸の奥から熱いものがこみ上げて、いつの間にか修斗も泣いていた。修斗を抱きしめるスズと同じくらい、修斗もスズを強く抱きしめて泣いていた。そして抱き合ったまま、泣き続けた。


 どれほど時間が経っただろうか。お互い泣き疲れて、抱き合ったまま床に座り込んでいた。スズはまだ少し嗚咽を漏らしていたが、だいぶ落ち着いてきたようだ。修斗は彼女の頭に手をやると、ゆっくりと撫でてやった。いつもそうしていたように。スズのネコミミがぺたんと横になり、全身から力が抜けて、落ち着きを取り戻していった。しばらくそうしていると、スズが修斗の胸から顔をあげた。顔や目はまだ赤くなっていたが、もう泣いてはいない。その大きくて宝石のような瞳を上目遣いに修斗に向けた。

「ご主人さま」

スズが修斗に呼びかける。修斗は優しく微笑む。

「何だい?」

スズは少し恥ずかしそうに目をそらしたが、また修斗の顔を上目に見て、人差し指を口元に当てて、おずおずと言った。

「・・・おなか、すきましたにゃ」

 ―かわいいっ!目と鼻の先わずか10cmに、絶世の美少女スズの顔がある。しかも先程まで泣きじゃくっていた彼女の頬は上気して赤く染まり、瞳も潤んでいる。一時収まっていた修斗の鼓動がふたたびペースを上げた。

ぐうぅぅ~。タイミングを待ってましたばかりに、修斗のお腹も空腹を訴えた。よく考えてみれば、昨日も夕飯を摂らずに寝てしまったのだから、お腹がすくのは当然だ。

「あ・・・俺も腹減ったなあ」

「にゃはっ!ご主人さまも、おなか、すきましたにゃん」

スズがイタズラっぽく笑った。修斗の顔もまた、彼女と同じくらい赤くなっている。

「よぉっし!」

修斗はスズの髪の毛をくしゃくしゃっとした。にぃぃぃやぁぁぁ、とスズが鳴く。

「朝ごはんにしよっか、スズ!」

「はい、ですにゃ!」

修斗にもたれかかるようにしていたスズが彼の上から退くと、修斗は立ち上がってキッチンへ向かう。その後ろを、スズがいつものように、とてとてとついて歩いた。


「ご主人さま―」

スズが愛おしそうな声で、修斗の背中に呼びかける。

「ん?」

スズが修斗の後ろから腕を回して、もう一度彼に抱きついた。

「スズは・・・スズは今、とっても幸せですにゃ!」

修斗は立ち止まって、スズに振り向いた。

「・・・あははっ、そうだな!俺も、お前と一緒に居れて幸せだよ。これからもよろしくな、スズ」

そういってまた、頭に手をおき、ポンポン、となでた。

「はいっ!はいですにゃ!にゃんっ!」


こうして二人の、一人と一匹の、修斗とスズの奇妙な同居生活が始まったのでした。

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