9 いりゅーじょん
ぽかりと、まぶたが持ち上がって。真っ白いシーツが視界に入った。
なんだろう、すごーくいい夢みていた気がする。
鼻歌が零れだしそうなくらい、気持ちいい目覚めだ。
むくりと身体を起こして───あれ、ここどこ?
ざっと見渡して目についたのは、ブラインドが下りたままの窓と、壁の一面をほとんど占領する…たぶんクローゼットと、わたしが寝ていたベッドと。床には毛足の長い白いラグ。その上にガラスのローテーブルがあって、黒い革張りのソファがあって。
寝室みたいだった。
白と黒を基調とした、シンプルだけど品のいい、でもあちらこちらのグリップやベッドライトに使われている金属部品がなんとなく男性的な。
まったく、見覚えが、ない、部屋、 …だけど。
視界の隅できらりと光を反射するものがあった。
ベッドの横、シックな黒檀のサイドテーブルの上に置かれたゴツイ腕時計。あれ、どこかで見たことあるような───
! ! ?
腕時計のそばで、テーブルに収まりきれずに縁から垂れているそれを見てぎょっとした。
ああああああれわたしのベルトじゃっ!?
腰に手をやって確認した。無かった。
手のひらの感触から、自分がデニムを穿いたまま寝ていたことにも思いあたる。
さーっと血の気が引いていく。
昨日の夜の記憶が途中からあやふやだ。
覚えてるのは…そう、
おいで、と差し伸べられたスウィフトさんの腕に、あの時計がはまっていたんだっけ。
「悪いな、面倒かけて」
そう言って笑った彼がすごくきらきらしていて、その場にいたほとんどの……男女問わず、ほぼ全員が見惚れてしまってたのは、覚えてる。
済まなそうに、ちょっと眉を寄せて。見つめる相手を気遣うように細められた翠の瞳は、やっぱりきらきらした睫毛が綺麗に光っていて。
前に見た時もそうだったけど、あの微笑みは反則だと思う。
あんまり綺麗なものだから、彼以外の何もかもを忘れてしまうのだ。
視線を奪われて固まっている間に、両脇に手をさし入れられて引き上げられそうになった。
とっさに自分のバッグを掴み、彼の動きの邪魔にならないように脚を折り曲げる。
こんな、小さな子供みたいに持ちあげられたのは、いつ以来だろう。
大きな障害だったテーブルを簡単に飛び越えて、スウィフトさんの傍らに下ろされると、どっと安堵が押し寄せた。
よかった、来てくれた、これで帰れる───!
いっきに気が抜けてしまって、それまで必死に保っていた意識ががらがらと崩れていきそうだった。
きもちがわるい。ぐらぐらする。
なにか、呼びかけられているようなんだけれど、気分が悪くてよく聞こえない。
立っているのもしんどくて、もう、限界───
その場にしゃがみこんでしまいそうだったのを、スウィフトさんの大きな手に支えられた。
ほとんど運ばれるように椅子に誘導されて、座らせてもらえてほっとする。吐き気がひどくて、今動くのは辛かった。
彼のコートに包まれて、視界が暗くなると、どうにか持ち上げていたまぶたがあっという間に堕ちた。
そこで少し、意識が途切れて。
くたりと身体から力が抜けて、いうことをきかない。
自分でも眠っているのか起きているのかよくわからない、ふわふわしたところをさまよっていた。
わたしのとは全然違う太い指先が、ゆるり、ゆるり、髪の間からさしこまれて頭皮を撫でていく。
起きなくちゃ、しっかりしなきゃと思うのに、それが気持ちよくてとろとろと思考が沈んでしまう。
すごく遠くに聞こえる会話が、上から積もるようにおりてくる。
───何 てる なんですかー
───公務 だ
───ええーすごい
今いるメンバーには一緒にゲームをプレイした人達がいるから、スウィフトさんに撃たれた人もいると思うんだけどなあ。
誰も気が付いていないのをいいことに、そらっとぼけるハンターさんが面白い。
心のなかでひとり、くすくす笑う。
───ど いう関係なの?
───ここを撃 抜かれちまっ てな
きゃー、と頭に刺さるような声が響いた。
ここってどこ。え、それライフルの麻酔弾のことだよね、確か左胸…
誤解……っ!!!
なんで誤解を招くようなことを言うの───!!
違う、それゲームのことなの、そういう意味じゃないのに!
否定したいのに身体が全然思うように動かない。
頭のてっぺんあたりをくるくるされている。
っこの人遊んでるし!
今すぐ飛び起きて、違うんだって言わないと、後が大変なことになるのに。
やっぱり身体は動かない。
もどかしい思いで足掻いていると、ずっと待ち望んでいた言葉が落ちてきた。
───帰るよ
よかった、やっと、帰れるらしい。
ようやくここから抜け出せることにほっとして、ほっとしたら、ぷつんとそこで意識が途切れてしまったんだ。
それから、ええと。
次に気が付いた時には、あれだけの気持ち悪さがすっかり消えていて。
すこし眠っていたからだろうか。
意識がゆっくり浮上して、いつも自分が眠るベッドと違う空気を感じて、あれっと考えた。
においが、ちがう。
でもなんだか安心できる、かおりだった。もっとうとうととまどろんでいたくなるような。
それで、あったかい。
ぬくもりがきもちよくて、少し離れたところにあるそれに、擦り寄った。
あったかい。
じんわり伝わってくる熱が、再び意識を眠りの方向に変えていく。
すごくきもちいいから、もうちょっとねむりたい…
「If a woman offered herself to me, I would be a fool to turn her down.」
喉の奥を揺らす笑いをふくんだ、低いささやき。
くしゃりと誰かに頭を撫でられたような気がしたけれど、あったかいものにぎゅうっと包まれて、すぐに意識はとろけていってしまったのだ。
………わたし、なにをしたんでしょう。
………なにをされ、たんでしょう。
記憶は曖昧だ。もしかしたら夢かもしれない。こんな夢みちゃうなんて申し訳ないしはずかしい。
でも。
すごーくあったかかったあのぬくもりが、夢だったのだろうか。
だって。
残っているのだ。
身体に。
感触が。
背中に回されたそれに引き寄せられたのも。
シーツと腰の隙間を埋めるように何かが挿し入れられたのも。
眠くてふにゃふにゃしてる身体を、ぬくもりに添うようにかたちを変えさせられて、ちょっと冷たいなって思ってた脚に重みのあるものが絡まるのも───
「──────ッ!!!」
全身が沸騰しそうなくらい熱くなって、汗がふき出して、どうにもならない衝動が身体中を駆け巡って、それをぶつけるようにすぐそばの枕に顔を埋めたら、今度は自分とは違う『誰か』のかおりが鼻腔をくすぐって、もう本当にどうしていいかわからなくなった。
のたうちまわりたい。ジタバタしたい。暴れたい。
でもひとさまのおうちでそんな真似できない……
結局、ベッドの上で、死んだ魚のようにただただ動かず、荒れ狂う感情の嵐を鎮めようとがんばった。
夢かどうかなんて聞けるわけない。
もしかしてわたし、夜にベッドで寝ぼけてあなたに抱きつきませんでしたか、なんて。
そしてあなたは抱きかえしてませんでしたか、なんて。
それで本当にただの夢だったりしたら恥ずかしすぎて死ぬしかない。
どうしよう。
どんな顔して───
ごとん。
ドアのむこうでした物音に、心臓がはねあがった。
英語自信ないから間違ってたらつっこみ入れてくださいね(;´Д`)
ニュアンスてきには
「据え膳喰わぬは、なあ…もったいねえけど」
みたいな。