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6 俺の晩飯


 店に入った途端、小娘の様子があからさまに変わった。

 しきりに周囲を見回し、インテリアのひとつひとつに目を留めてせわしなく表情を変えている。

 眼下で旋毛がくるくる回ってこっちの目が回りそうだぞ、おい。

 娘ははっと息をのんだり、感嘆の声を殺して驚き、あちこちの装飾に視線を奪われては足を度々止めた。

 すぐに歩き出すから進むのにそれほど支障はなかったが、頬は紅潮し、潤んだ黒い目をめいっぱい開いてちょこまか動く。どこかで見たな、こういう生物。なんだったか思い出せねえ。


 テーブルについてもその様子は変わらず。

 上機嫌で恍惚と、ちまちました飾りを見つめている。そこまで惹きつけられる理由がわからん。

 だがメニューに目を通して浮かんだ表情に、なんとなく合点がいった。

 郷愁だ。

 ミハル・クラタ。その名前の響きは、確かこの店で扱う料理とルーツを同じくするものだった気がする。

 なるほど。


 俺はうまい具合に最適な選択をしていたらしい。

 これで飯の味が気に入るようなら、落とし前としちゃ不足ないだろう。

 とりあえずは一番の目的のカタをつけちまおうと居住まいを正し、頭を下げる。

 謝罪に対する娘の反応はいままでの遠慮がちな応答から大方予想がついていたが、まるきり読みどおりに返された。 …気が遠くなりそうだ。


「いいんです、わたしだって前回ハンターさんに当てちゃったし…」

 さっきまでのご機嫌な様子と打って変わってあっという間に悄気かえり、ますますちんまりして見える。

 ああそうだな、当てられちゃったが故の愚行だ。わかってくれ。

 そこを相打ちだとかお互い様だとか、謝り返されたら立つ瀬がねえ。

 俺は軍人、お前は民間人。元々立ち位置が違う。


 弾を喰らったあたりを撫でて誤魔化しつつ、頼むから言ってくれるなと祈った。何か、意識を逸らすもの……そういや。

 あの時娘が撃つのを迷っていたのは何故だ。

 苦し紛れの話題転換に聞けば、なんともお人好しで無防備な答えを自信無さ気にぽつぽつと語った。怖かったのだと。

 撃てなかったのか、撃ちたくなかったのか。どちらなのかは判別しかねるが。クソ真面目っつーか、素直すぎて、しなくていい苦労も背負い込んでそうだな、こいつ。

 ただのゲームの玩具と生殺与奪の権とを重ねて握るとは。

 そうして撃たずにいた己の行動を恥じ入り、ごめんなさいと謝りさえして。

 俺が最初に撃った時はどうだったか……覚えてねえな。それと比べれば、俺なんぞよりよほど人間として上等だ。


 ───あ、やべえ。

 言葉を封じるのには成功したが、肝心の娘のテンションがガタ落ちのまま。

 なんのためにわざわざ人攫いめいた真似までして連れてきたのか。これでは意味がない。

 泡を食う思いで活路を探し視線を泳がせ、


 嫌なものに気が付いた。

 娘の後ろのテーブルに座る人間が、俺を真っ直ぐ見つめている。

 濃艶なメイク。露出の高い服。プロポーションは官能的で、見るからにセクシャルなものを連想させる、極上の女。


 …の、皮をかぶっていやがる。今のヤツを見て、誰が男だなどと思うだろうか。

 クライドてめえ何しにここへ来た。

 殺意を込めて睨むが、堪えた様子はない。揶揄を含んでにやにやと笑っている。即刻叩き出したい。

 だが俺がそう考えるのも想定の上でのあの擬装なのだろう。不用意に接触すればふざけた芝居を打たれてややこしいことになるのは目に見えている。


 ───待てこいつだけのはずがない。

 偽装にはそこそこ時間が掛かる、おそらくバトーリが車を転がした。

 さんざ人をネタに弄って酒を楽しんだのは他にもいる。

 迂闊だった。娘に気を取られて周囲の警戒を怠った。


 窓の外でわざとらしくチラチラと光って自己主張しているヤツがいる。

 道路を挟んだ向かい側、街灯もない暗い路地。奥まったビルの非常階段踊り場。サナイこのクソ野郎。

 ああ、今狙撃すんならそっからだよな、よおっく見えるだろうよ!

 こいつらがいるならゲンツもか。録音だの盗撮だのあの変態ぶっ殺す。


 マ ジ ム カ つ く。


 忌々しい。阿呆どもの馬鹿騒ぎに小娘を巻き込んじまったことになる。後ろめたい思いで盗み見れば、運ばれてきた食事を匙ですくってふうと息を吹きかけている所だった。

 多数の下世話な注視などに気付くわけもない。阿呆で馬鹿でも奴らはそれで飯を食う本職だ。阿呆で馬鹿だが!


 臓腑が煮えくりかえる勢いなのをどうにか押し鎮めて、娘が口に入れたものを飲み込むさまを見守った。

 ───喉は。


 多少の影響は残っているようだが、痛みを感じた様子はない。

 娘はそれに言及することなく、にこりと笑って「おいしいです」と小さく言った。

 何故そうも他人に気を遣うのか、甘すぎやしないかとは思ったが。阿呆と馬鹿に囲まれて荒む心情が凪いで救われる気はする。


 口に合ったのならば、良かった。

 それからの娘は故郷のことについて上機嫌で語りだした。この店も随分気に入ったらしい。

 …まあここに来るときは食欲がないだのヤワい理由ではなく、唇や顎にダメージを受けてまともに動かせねえとか、そういうのが実態だが。

 わざわざ血腥いことを言って楽しげな娘の笑みに影を落とすこともないだろう。

 そう思って奴等のうざったい視線は黙殺することにした。

 阿呆どもは後で始末する。


「あ、の、ちょっと化粧室へ行ってきてもいいですか?」

 飯を食い終えた娘が遠慮がちに声を潜めて、恥ずかしげに言うのに鷹揚に頷きかえす。慎ましいことだ。こちとら羞恥心とは無縁の生活が長すぎる。

 娘が席を立ったその隙に、支払いを済ませて早々に出る準備をした。これ以上見世物でいる気はない。

 ついでにクライドに釘を刺しておく。

「追けてきたらどうなるかわかってるよな」

「あらコワイー。ふふ、かわいーわねあのコー」

 殺すぞ!



 とっとと店を出て駅まで小娘を送ったが、今後阿呆どもがちょっかいを出さないとは限らない。念のために連絡先を走り書いてその小さい手に押し付けた。

「何か困ったことがあったらいつでも電話してくれ。すぐ駆けつける」

 少々強引なそれに、何も知らない娘が目を丸くして驚くさまに負い目を感じる。

 いや、すまん詫びのつもりが面倒に巻き込んだかもしれねえ。



 取り敢えずあの阿呆どもを絞めておこう。



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