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5 わたしの夕食



 エスコートされて入ったお店は、すいぶんと懐かしい雰囲気の内装だった。

 こちらの地方では『エキゾチック』と称されるだろうその造りは、わたしの故郷の建築を模したものだったのだ。

 木材を多分に使い、紙に似た材質のものを通した間接的な柔らかい照明は、ふるさと独特の暮らしを思い出す。

 それっぽく真似たものだけれど、それでもちょっぴり浮き立った。

 こんなお店があったなんて。


 こちらのお席へどうぞ、とこれまた懐かしい民族衣装を身に着けたウェイトレスさんに案内されて、窓際のテーブルについた。

 出窓に小さな盆栽風の鉢植えが置いてある。かわいい。

 メニュースタンドにはおばあちゃんちにありそうな手毬の飾り。

 そんなちょこちょこした小物のひとつひとつを見るだけで嬉しくなってきた。

 懐かしい手触りの紙で出来たメニューにたくさん並ぶのは『お粥』『雑炊』の文字。

 故郷のキレイな水の各土地名産の名前を冠した『ご飯』!

 ごはん専門店!

 子供の頃は毎日食べていたのに、最近はあまり口にしていなかった。

 テンションがもりもりうなぎ上りにあがっていっちゃいそう、押さえなきゃ。

 うきうきとはしゃいではめを外しそうになるのをどうにか堪えて、わたしは自分が生まれた土地の名前が付いた雑炊を選んだ。

 オーダーを済ませたところで、正面に座ったスウィフトさんがすっと姿勢を正す。


「今日は悪かった。苦しかっただろう」

 そういって、彼は頭を下げた。

 金色の髪がさらさらと零れ落ちて、その美貌を隠していく。

 うわああああ。まってまって、居たたまれない!

 こんなにキレイで、端然とした人に頭を下げさせるとか!

 お詫びとかそんなこと浮かれてすっかり忘れてた!

「いえそんな、あの、いいんです! わたしだって前回ハンターさんに当てちゃったし…」

 慌ててあのときの事を思い出す。

 配置が同じ場所だったから、きっとわたしが撃ったハンターさんは、この人だと思う。

 おあいこなのだ。

「ああ…あれは驚いたな、見事な狙いだったよ。心臓ド真ん中だ」

 スウィフトさんは苦く笑って、指先で左胸のあたりを撫でた。そこに弾があたったのだろうか。

 彼は記憶をたどるように、ほんの少し遠い目をしてさすっている。

「やっぱり、わたしが撃っちゃった人ってスウィ、フトさんだったんですね」

 だったらやっぱり、謝る必要なんてないと思う。むしろわたしだって謝らなくちゃ。

 そう言おうとしたら、ふと真っ直ぐに見つめられて、どぎまぎした。

「…今日は、なぜ撃たなかったんだ?」

 真剣な瞳で問われて、彼に出会う前に、忘れてしまおうとした暗い気持ちが蘇る。


 ───どうしていいか、わからなくなってしまったのだ。だって。

「…怖くなっちゃったんです。ライフルに入っていたのは麻酔弾ですけど、でも。それがもし実弾だったらって。そう、思うと…」

 動けなくなった。

 わたしがしようとしていた行為は、模倣だ。───ひとをころす。


「───そうか」

 スウィフトさんは、思いに沈むように、きらきらと粉砂糖をまぶしたみたいな輝く睫を伏せる。

 ああ、やっぱり言うべきじゃなかった。

「ごめんなさい」

 すごく失礼なことを口走ってしまった気がする。

「どうして謝る?」

「…その。軍人さんに言うことじゃ、ない、かと」

 この人は、わたしみたいな弱い心のずっと向こうにいるはずだ。

 わたしが今日躓いたことなんて、とっくの昔に乗り越えているからこそ、いまの昂然とした空気をまとっているのだろう。

 自分がすごくちっぽけで、矮小なものに思えて、恥ずかしい。

「わたし、意気地がないんです。優柔不断で」

 つい俯いて、指先をもじもじさせてたら、くすりと笑われてしまった。

「いや、人間らしいと思う」

 その笑みが、なんだか悲しそうで、寂しそうで、でもまぶしくて。

 わたしはなにも応えられなくて、ただ逃げるように視線を落とした。


 

 タイミングよくウェイトレスさんがトレイをもって現れてくれて、ほっとする。

 あたたかな湯気を昇らせて運ばれてきたものは、とても懐かしい、やさしい味だった。

 噛み砕かなくても口の中でとろとろと溶けていくようにやわらかくて、するりと喉の奥に滑り落ちる。

 こくんと飲み込んでから、ふと首元に手をやった。嚥下と同時に、痛みというほどではないけれど、鈍い違和感があったから。

 指先がざらりと皮膚でないものに触れた。そうだ、絆創膏が貼ってあったんだ。

 対面に座るスウィフトさんが気遣わしげな色を浮かべてわたしをみている。

 ああ、飲み込みやすくて喉に負担のかからない食事を、この人はわざわざ選んでここへ連れてきてくれたんだろう。

 やさしい人だ。

「おいしいです」

 なにも問題はない、そういう気持ちが伝わればいいと思って、わたしは笑みをつくってみせた。

「口に合って良かった。ここは食欲がない時なんかにたまに来るんだが、もしかして出身は」

「ああ、はい! 故郷の味です。そっくりで懐かしいです」


 それから、話題は故郷のことに変わっていったので、安堵したわたしはぺらぺらと、和紙が使われていて奇麗だとか、ウェイトレスさんのもってたトレイがお盆で感激したとか、そんなことを喋って夕食の時間を過ごしたのだった。




 ついでにいうと。当初の目論みは失敗した。

 お店を出る前、御手洗いへいった隙に、精算を済まされていたのだ。


 大変スマートで、格好いいと思います。

 でも、でもね。してやられたーって、悔しく思うのは、間違ってないよね。


 一枚も二枚も上手で、わたしの行動なんかお見通しのうえで、さらりと自然に先回りして。

 …オトナの人って、みんなこんな感じなのかな。いままでこんなにかっこいい人と接したことないから、わからない。

 すごく貴重な体験をしたと思う。こんなこと2度とはないだろう。

 いい夢みた。

 そう思った。




乙女フィルターが次回は無いよ!

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