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3 ハンターさん? / 目標捕捉



 帰り道をてくてく歩いて。

 おなかすいたなー、晩御飯何にしようかなあ、とか考えながらふと前をみると、歩道にぴったりと寄せられた車が目にはいった。

 車には全く興味がないので車種はよくわからないけど、車高がすごく低くて、銀色の、なめらかな流線型のフォルムをしている。いわゆる『走り屋さん』が選ぶような、性能重視の車だ、ということだけはわかる。


 その高級そうな車によりかかる人影があった。

 車の反対側は高い壁があって、その人がいると歩道がずいぶんと狭まっているように見える。近付くにつれ、人影の輪郭がはっきりしてきて、かなりの身長と体格の持ち主なのがわかってくると、心理的にもなおさらに、だった。

 やだなあ、柄の悪いヒトじゃないといいけど…



 心持ち緊張しつつ、うっかり目をあわさないように俯いて、はやく通り過ぎてしまおうと足を速めた。

「なあ、あんた」

 っびっくう。

 ほぼ真横に並んだ一瞬に、やっぱりかなりの身長だったその人のものらしき声が上から降ってきたのだ。

 イヤきっとわたしのことじゃないようん。携帯で電話してるに違いない!


 

 聞こえなかったふりをして、ひたすら歩く───

「ミハル・クラタ、だろ?」

 背後からバリトンボイスでずきゅーん、って心臓を撃ち抜かれた気がした。


 え、なんでわたしの名前、フルネームで…知ってる、の?

 思わず止まってしまった両足。これは無視するわけにはいかなくなった、よ、ね…


 恐る恐る、振り返って。

 意図的に逸らして見ないようにしてた視線を、俯いたままその人の足元に持っていった。


 ───ブーツ。雪深いここの土地にあわせた実用的な。

 その先はダークグレーのロングコートに隠れていて、それをたどって見上げた先は。


 飴のような、蜂蜜のような、深みのある金色の髪。今まで逆光でよく見えてなかったけど、夕暮れの朱を混じえた光を受けて、硬質だけどどこかとろりとした輝きをはね返す。

 その金色の前髪が、ミルクティ色をした、日に焼けた淡い褐色の肌の顔にけぶるようにかかっていて───その奥の、ミントの葉っぱみたいな翠の瞳にぎょっとした。


 ちょっと間近ではお目にかかった事のない美貌だったからだ。

 吊り目気味で大きな瞳に、すっきりした鼻筋。くちびるは薄いけれどふっくらしている。パーツの一つ一つが綺麗で甘さを持っているけれど、彫りの深さと頬から顎、首筋にかけてのしっかりした骨格は男っぽい。

 なにより、髪と同じ金の睫が落とす翳りの下で、肉を喰らう獣を思わせる光を放つ翠の瞳が、男の色を強くしていた。


「え、と…?」

 何の用だろう。

 こんなに綺麗な人、いままでの人生を何度思い返しても、関わり合いになったことなんか一度だってないはずだ。

「ぁあ、わかんねえよな」

 その人は眉をちょっと下げ、くちびるを片側だけ歪ませると、コートの胸ポケットからサングラスを取り出して掛けた。それから、右手を自分の右肩あたりに引き寄せ、首をことんとそこに傾けると、左の手のひらを上向ける。

「あ」

 ライフルを持ったときの構えだ。

 そうだ、あの時わたしを撃った黒いゴーグルの軍人さんは、金髪だったような気がする。

「『ハンター』さん…?」

「そう」

 なるほどこの美形さんは、今日のゲームでハンターをやってた軍人さんなのか。

「俺はルダー・スウィフト。アンタに詫び入れさせて欲しくて待ってたんだ」

 そういってサングラスを外したその人は、苦いような、ちょっぴり情けないような、そんな微妙な顔で淡く笑った。


 …、詫び?






    ※  ※  ※







 名前と住所と電話番号。あと近くの大学の学生だってのもわかった。今日のゲームはそこのサークルか何かの集まりでやってきたらしい。

 大抵こういう遊びのあとはそのまま飲み会になだれ込むと思ってたんだが、どうやら彼女は手当てを受けている間に置いてかれたらしく、他の面子はとっとと行っちまったようだった。それは重畳、俺にとっては好都合。

 一人になった彼女はおそらく電車を使うだろうと推測し、最寄り駅までの道のりで捕まえようと車を走らせる。

 まんまとちまっこい後姿を見つけて心の内でひとり喝采しつつ通り過ぎ、少し進んだところで歩道に寄せて車を止めると、外に出て彼女が追いついてくるのを待った。


 当然といおうか、日も傾いて薄暗くなってきた人気の無い道端で、何をするでもなく突っ立ってる男がいたら、まず警戒するだろう。

 こちらへ歩いてくる小さな人影が、俺の存在をみとめて微かに息を詰める気配を感じた。

 まあ正しい判断だ。俺でも自分は怪しいと思う。


 ……あれ、ちょっと今俺ストーカーぽくねえ?


 脳裏にチラついたそれを察したみたいに、ぽてぽてと間延びしたような足音たててた歩調が、早くなった。 …このやろう小娘め。鈍臭そうなくせに。

 あからさまに視線を落として目を合わせまいとするしぐさに少しカチンときた。

「なあ、あんた」


 歩みは止まらない。

 シカトか!

 

 絶対に振り向かせてやる。声に意識して力を入れ、ちまい娘の名を呼んだ。

 


 唐突に声をかけられて驚いている娘に『ハンター』の真似事をしてみせると、俺の素性にはいくらか納得したようだった。


 それにしてもこのちまいの、さっきから目がまんまるで落ちそうだ。面白い。

 噴出しそうになるのをどうにか噛み殺して、ちょっと話いいかとたたみかけて曖昧な了承をもぎ取り、寒いからとりあえず中へとエスコートの名をかぶせて背中を押しドアを開け無理矢理車内に詰め込み、何も告げずにキーを回して車をすべらせた。

 そこまできてようやく彼女は我にかえったらしい。

 後ろへ流れ始めた外の景色をはっと見遣ってドアに触れ、動揺をみせた。

「あ、あの、どこへ……」


 トロい。

 こんなに簡単に拉致られていいのか、危ねーな。

「ん、だから詫び。晩飯おごらせて?」

 自分が今かなりワルイ大人なのは自覚の上で、最上級に爽やかに見えるようにっこり笑ってみせた。






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