22 味わう
全部喰らいつくしてしまいたい。
頭の中の殆どを占めるのはそれだ。
足りない、もっとだ、全て俺のものに───走り出そうとする本能的な衝動を理性で無理やり抑えつけ、キスだけにとどめるのは中々に労力が必要だった。
とろくさい娘だ、このままなにもかも奪い取るのは容易いだろう。だが、一度に全部味わってしまうのは───勿体無い。
ゆっくり、じわじわ舐ぶるほうが、きっと面白いはずだ。
腹の底でそう考えながら、身体はただ無心にミハルの唇を追いかけていく。呼吸を求めて逃げようとするのがいささか、いやかなり、許し難い。
これだけ俺をのめり込ませておいて、俺以外のものを望むとは。
たまに息継ぎをさせ、あとは欲しいままにしていたが、あまりにもばしばしと人の身体を叩いて抵抗するもんだから、俺にダメージはなくともミハルの腕のほうが心配になってきた。
仕方ない。ほんの少しだけゆるめてやれば、にじむ涙で濡れる睫毛をふるわせながら苦しげに肩で息を繰り返した。がくがくと膝がふるえて今にもくずおれそうになっている。
少々憐れに思えて、立ったままだったのをソファまで引き寄せ、膝の上に座らせた。
小さな背中をさすると、骨が溶けでもしたかのようにぐにゃりと力を失って、こちらへ寄りかかってくる。
……俺を支えにするのか。そこまで追い込んだのは俺なのにな。
この暖かくこそばゆい、向けられる信頼に応えたいと、なにもかもから守りたいと思う感情が、愛おしいということなのだろう。
さっきまで隙あらば暴れだそうとしていた厄介な情動が、次第になりを潜めて鎮まっていく。
労わって、大事にしてやりたくなって、胸元におさまる頭の黒髪に指を差し入れ、梳くように撫でた。
空気がとろりと濃密な甘さを孕んでいるような気がする。
脳髄を痺れさせ、場の隅々までいきわたって支配するようなそれを生み出しているのは、腕の中の小さな娘だ。こんな小娘に自分の思考が容易く左右されるのが不思議だった。
返事は聞くまでもない。わかっている。
潤んだ瞳が、紅潮した頬が、触れるたび揺れる身体が、全てを物語る。
これは俺の自惚れではないだろう。
手を伸ばしてみれば、拍子抜けするほど簡単なことだった。
甘く熟れた果実がその重みで枝をしならせ、手の届く高さまで降りてくるかように、こうも易々と。
だいぶ呼吸が落ち着いて、それでも大人しくしていたミハルが、ふと何かを思い出したように身体を揺らした。
おずおずとこちらを見上げてくる顔はいまだあかく染まったまま。一度視線が交わると、すぐ躊躇うように潤んだ瞳を伏せる。
それでも唇が物言いたげにふるえるのが見えた。
───言わないなら、塞いじまうぞ。
小さいつくりの顎を指先で撫でてから、さっきまでの行為を思い起こさせるように上向ける力を軽く加えると、面白いようにびくりと反応した。
俺にいいようにされる前に、言いたいことがあるなら飲み込まずに言っちまえ。
すぐに放してやれば、決意を固めるかのように小さく深呼吸をしてから、意外な事を口にした。
「あ、の、 ……ちゃんと、きす、してほしいです……」
おねだりされて否やはない。即座に応えようと頬を傾けたが、小さなてのひらに遮られた。
……キスして欲しいんじゃないのか。
俄然やる気だったのを中断されて洩れそうになったそんな不満を、口元に当てられた指の隙間をねぶることで発散させる。
ミハルはぎゃっと悲鳴をあげてすぐに手を引っ込めた。
「ち、ちがうの、そうじゃないの、そういうのじゃなくて……!!」
「ん、なに?」
一度目の前に餌をぶら下げられて、今さら逃がすわけがない。囲い込み、追い詰めるつもりでずいと身体を近づける。
涙目の小柄な娘は、どこもかしこもふるわせながら必死に言葉を紡ぐ。
「あ、あの……ちがうの。あの…、そうじゃなくて、その…、ちゅ、っていうの……し、したことな───」
───。
我慢出来るかこんなもん。
それからしゃぶりたいだけしゃぶりつくして、本気で機嫌を損ねそうになった。
最後に、俺になぶられて紅く腫れてきた唇に軽く同じものをあわせてやったら、 …俺はこの小娘にそのうち心臓止められて死ぬかもしれない。
あんな触れるだけのキスで、満足そうに蕩けるような笑みをこぼされると、
……クソっ。
またも別の方向へ走り出しそうな情動を、思い切り抱きしめることで紛らわせる。
少しばかり苦しげにもがいているようだが知ったことか。むしろこれくらいで済んでることを感謝しろ、俺に。
思考の半分は身勝手なことだと己を自嘲するが、こいつが可愛いのが悪い。
トロくさくて、ちまい小娘のくせに。