2 狙撃
ハンターさん視点になります。
『もう、何考えてるの!?』
左耳から響くキンキンした声に顔を顰めつつ、片手で己の顔を覆った───全く持って面目無え。
ちょっとした意趣返しのつもりだった。
前回俺を『KILL』した小娘が、前回と同じようにもたもたと物陰から走り出したのを見つけて、今度はそうはいかせねえ、俺の実力を小娘にみせてやろうと、マジになったのが馬鹿だった。
ビギナーズラック、まぐれ当たり。前回のヒットはそんなもん。俺も同僚のヤツらもわかってた。
でもその日の酒の肴に一晩中からかわれて、少々恨んでたわけだ。
この俺が、よりにもよってあんなトロそうな小娘にしてやられたなんて───ああ、これも言い訳にしかならねえな、情けねえ。
『痛みは?気分は悪くなったりしていない?』
『だい…』
答える声はそこで止まった。か細くてひどくかすれている。左耳に入れた軍支給の高性能な通信機は、苦しげな呼吸音もご丁寧に拾ってくれる。
『ああ、無理に喋らなくていいからね。まったくもう、こどもじゃないんだから!』
面目無え。
マジになって狙った俺の弾は、振り向いた小娘の急所へ精確に届いた。
撃ち漏らすまいと小娘の一挙手一投足に神経を巡らせて見ていたから、小娘が迷いと動揺を抱えていて撃つ気がまったくなかったのにも気が付いた。もう引き金を引いちまった後だったが。
後悔先に立たず。
前回はアホみたいな幸運でコケて俺の弾を避けてたが、今、凍りついたように固まってる獲物に俺の狙いは正確すぎた。
見事に急所ど真ん中。
凍りついた表情のままかっくりと膝をついて、喉に手をやると、抜いた麻酔弾を不思議そうに見つめ───そのままうつ伏せに倒れた。
ざっと背筋が冷えた。
麻酔というものは一歩間違えれば死の危険もある。それほど強いものはこのゲームに使用されていないが、麻酔の取り扱いに慎重さが必要なのは周知のこと。
安全性は保障されてる麻酔弾ではあるが、当たり所が悪ければ失明の危険だってある。だからこのゲームはゴーグルが必須、そういうルールだ。ある程度の危険が予想されてる、大人の遊び。
危険が予想される。それを配慮しカバーするために、軍の中でも射撃能力に突出したものがハンターをやっているのだ。
うっかり危険な部位に弾が当たる事故がないよう手や足を狙って無力化するのが当たり前、そういう仕事だ。軍事訓練じゃねえ、ましてや実戦、任務なんかでもねえ。素人相手に本気を出してどうする。
シフトが回ってきて、つまんねえ仕事だと文句を垂れてたガイド役のジェイクが小娘の安否確認に向かうのを、アホみたいに突っ立って見てた。
俺より体格がひとまわりほど小柄なジェイクと比較して、小娘はさらに輪をかけてちまっこい。
ジェイクが肩に触れるとむっくり起きあがる。意識はあるらしい。ほっとした。
救命キットを片手に小娘に駆け寄ったアーリからとんでくる怒りの通信が耳に痛い。いろんな意味で。
「面目無え…」
『どこ撃たれたの? 喉? 喉ですって!?』
がさがさがちゃがちゃとせわしない音をマイクが拾っている。遠目にアーリが酸素を吸引させているのも見える。
『ああ、声帯まで麻痺してるのね…こんなに首の細い子になんて事を! 鍛えまくってる筋肉馬鹿どもとはわけが違うことくらいわかるでしょうに!』
申し訳ありません。
『アレルギーは無いってゲーム登録時に確認してあるわよね? 風邪薬や頭痛薬が効きすぎたり副作用が出たりする? …そう、薬物に弱い体質なのね』
身体が小さい。麻酔の効きは他より強いだろう。それくらい分かって当たり前のことだった。薬にも弱いだって?
本格的に凹んだ。俺は馬鹿か。
アーリに付き添われて小娘は退場。気が付けばゲームも逃亡成功者無しで終了していた。
一仕事終えたチームの連中から引っ切り無しに通信が入る。
『なんか騒ぎがあったって聞いたけどー、何ー? また殺されてんのー?』
『やりすぎだろバーカ』
『はっはっはっはっは、はっはっはっはっはっはっは』
『アーリが御冠だぞ、何したんだか知らねえが恐ぇからさっさと殴られてこいよ周りが迷惑だ』
『貴様は国民を守護する軍人としての自覚が無いのか。護るべき者を傷つけるなど言語道断、恥を知れ』
『き、聞いたぜ、お、おま、お前…ぷっ』
ムカつく。
正直そう思ったが、反論もできなかった。
とにかく俺のやったことはアホすぎた。ヤツらに馬鹿にされても甘んじて受けよう。
そんなことよりも、とっとと小娘に謝罪しなければおさまらない。
今回のゲーム参加者の名簿を確認するべく、俺は事務室へ急いだ。
かさねて申しますが軍経営娯楽施設とか対人間用麻酔弾とか個人情報管理うんたらとかフィクションですので生暖かく笑ってスルーをおねがいいたしますです、はい。