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17 はかりごと



 馬鹿馬鹿しい話だが。

 今回はチームの奴らが揃いも揃って間抜けたことをしでかした。


 結果として任務自体は全うしている。

 しかしそれも、不運な間抜けが死ぬ所だったのを馬鹿が庇って重傷を負い、それを引きずって無理矢理な帰還を推し進めた阿呆共が傷を増やして、最終的にどいつもこいつも手負いの役立たずに成り果てたという醜態に目を瞑れば、だ。


 最も使いものにならない状態に陥った馬鹿は全治二ヶ月で病院行き。

 他人だったら大いに笑ってやるところだが、己の事となれば出る笑いは自嘲だけだ。


 間抜けにも程がある。









「お待たせー!」

「ぅス、調子どう?」

 派手に音を立て、騒がしく病室に入ってくる複数の人影があった。


 それまでくだらない話を喋り続けていたゲンツが、言葉の上に騒音を被せられて口を閉じる。

 わざわざ視野に入れて確認しなくてもうるさい奴らが誰かはわかった。クライドとバトーリ、こいつらは無駄によくつるむ。

 前の面会時に、兵舎のロッカーに突っ込んだままの俺の携帯を持って来いと言ったから、おそらく用件はそれだろう。


 ───とはいえ喧しい。来るのも遅い。

 文句のひとつでもくれてやろうかと視線を投げ、奴らの後ろにちんまりした影を見て、己の目を疑った。


 黒い髪の小柄な娘が潤んだ瞳でこちらを凝視している。

 どういう経緯を経てここまで連れてこられたのか、妙に顔色が白い。手荒な真似でもされたのか、或いはおかしな脅しでも受けたのか。

 何にしろ悪戯程度で収まる事だろうが、振り回される側にとっては災難以外の何ものでもない。



「俺は携帯を持ってこいと言ったはずだが……?」

「Yes, Sir」

 バトーリが右手を挙げて靴を鳴らし、姿勢を正して仰々しく敬礼を寄越す。

「わかってるってばー。だから持ってきてあげたんでしょー携帯とー、その先の繋がってるぶんまで」

 クライドの妙に得意げな顔を今すぐ殴り倒したい。身体がろくに動けもしない状態でさえなければ。

「……俺の目的はてめえらのそのふざけた真似を事前に防ぐ事だったんだがな……!」

 風が吹いただけで崩れ落ちそうな顔をした小娘が不憫で、怒鳴りたい衝動をどうにか噛み殺す。


 奴等に頼った俺が馬鹿だった。

 他に手段が無かったとはいえ、ロッカーの鍵ひとつ預けただけでまさかここまでやるとは。

 ……いや、やりかねないのはわかっていたが、もう少し配慮とか良識みたいなものを───期待するだけ無駄だったわけだ。



 当の小娘はわけもわからないまま引っ張り回されてきたのだろう。

 最初にその表情が形作っていたのは驚愕だったが、病室に入ってすぐに、声もなく泣き出した。


 ここに来るまでの間に何か妙な事を吹き込まれでもしたのかと、元凶二人に視線を送る。

 阿呆共は潔白だと主張したいらしい。両手のひらをこちらに掲げて見せ、首がもげる勢いで横に振った。

 手前らに涙の心当たりがあってもなくても、ミハルに接触した時点でそれなりの代償を覚悟しておけクソ野郎。後で絞める。


 泣く娘にどう対処すべきか思考を走らせたところで、涙に濡れた唇が予想もしない言葉をつむぎだした。


 知らなくてごめんなさいと。謝罪を繰り返しつつ。

 傷が痛そうだと憐れむわけでもなく、在りもしない神に厳しい試練とやらを嘆き訴えるわけでもなく。

 俺の態様を知らずにいたことを、ごめんなさいと。


 わからない。泣きながら謝るようなことか?


 怪我に同情して泣くのならまだわかる。可哀想だと言って泣き出す女は多い。

 任務に就く期間を知らされず、不在だったことに対して怒る女もいた。それを不満に思う理由も理解はできる。

 が、この小娘はなぜそこで謝る。大粒の涙を落としながら。


 そもそも知らせていない。知らないのが当たり前だ。

 そう説明しても、落ちる涙は止まらない。


 泣き止ませようにも言葉が駄目なら、ろくに歩けもしない今の俺に他の手段は見当たらなかった。

 数歩の距離が馬鹿げた程に遠く感じる。


 ───くっそ腹の立つ。



 阿呆共も一応は泣かすつもりではなかったらしい。

 慌てふためいたクライドがバッグから布きれをとりだし、小娘に差し出しながら、取り繕った笑みを浮かべた。

「でも家族ならもうちょっとゆるいよー。お嫁さんになってみたらー?」



 クライドのふざけた台詞に、小娘が表情を凍らせる。


 明確な拒絶がそこにあった。



 それも止むなし、軍属なんざ一般の人間にとってはゴロツキと大してかわらねえ。まともに考える頭があるなら、いつ死ぬとも知れぬ奴を伴侶に選びはしないだろう。

 当たり前だがそれをわざわざ軍人の前で口にするものはいない。


 そもそも、人を殺す真似事にすら躊躇して「怖かったのだ」と語る娘が、人殺しを糧にする生活でやっていけるわけがねえ。真っ当に生きてきた人間にそれをわざわざ訊くのは酷でしかない。


 答えは決まっていても、拒否の言葉は言い辛いだろう。

 人の良いこの娘は物事を真剣に受け止めようとする。些細な冗談にも顔を真っ赤にするクソ真面目っぷりだ。こういう気質の人間へ簡単に向ける言葉ではない。


 視線で人が殺せるのならば今そうなればいいと呪いつつ、答えにくい問いを投げかけたクライドに黙れと念じた。

 やる事成す事何もかも全部迷惑だクソが!


 バトーリは焦ってごそごそと己のポケットを探り、目測を誤ったらしい指先から小さな何かを取り落とした。

 硬い音を立てて床に落ちたのは、 ───飴で機嫌が直るわけねえだろう阿呆!


 傍らのゲンツが呆れたように溜め息を吐く。

 俺も頭が痛い。馬鹿すぎる。


 小娘の涙に大の男がガン首揃えて右往左往している光景はさぞ滑稽に見えることだろう。 ……俺もそこに組み込まれているんだから哂える話だ。


 居たたまれない空気を察したのか、静かに泣き続けていた小娘は指で涙を拭いとって、一度、深く息を吸い込む。そうしてゆっくり吐き出して、気分の切り替えを試みたようだった。

「ご、ごめんなさい、こんな……取りみだして。あの、なにもお見舞いを用意してきませんでした。ごめんなさい」

 濡れた声のまま、感情を押し殺し、無理矢理につくった控えめな笑みを浮かべる。

 ようやく顔を上げた娘に、クライドが安堵した様子で話しかけた。

「そんなのいらないよー、だって今日退院だもん」


 ───何を言ってるんだこいつ。

 そんな予定はない。


 唐突な発言に唖然とした。そのタイミングを狙いすましていたかのように病室のドアから現れたサナイが、数枚の紙切れをひらめかせる。

「退院手続き終わったぜ」

「は?!」


「歩けないだけのくせに、病院のベッド占領するなよ」

 傍らのゲンツが吐いた台詞に耳を疑う。

「お前もグルか!」

 自分の腕の診察ついでに見舞いにきただのとぬかしておきながら、無駄なお喋りをしていたのは物見が目的かこの野郎。


「はいこれ、ルダーんちの合鍵ねー。こいつ自分で食い物調達できないから、適当に餌用意してやってくれるー?」

 クライドがミハルの手を取って、金属音を立てる小さなものをその手のひらに握らせた。

「何を勝手に…っ!」

 怒鳴りかけたが、脇腹の傷の痛みに呻いてろくに声も張れず。横から伸びてきた腕が、安静にしてろといいつつ負傷した箇所の上に乗って抑えつけてくる。

 ゲンツてめえ!


「さー撤収ー! 行こーミハルちゃん」

 ミハルの両肩にぽんと置かれた手が半ば無理矢理に方向を変えさせ、病室の外へ押し出した。

「待てクライド!」

 あの野郎、わざわざミハルをここまで連れて来たのは人質を見せびらかすためか!

「駐車場までは車椅子押してやるよ」

 ぞろぞろと病室を出て行く阿呆共の後姿と、最後に残ったサナイの、平常通りの飄々とした態度に半ば諦念を覚えた。

 そいつは有り難くて涙が出そうだ───とは死んでも思わんがな!


 ここで俺が渋ったところで、小娘はすでに連行されている。

 行かざるを得ない。勝手にこれ以上掻き回されるよりは、目の届く範囲に入れておいたほうがましだ。

 腹の底から湧き出る怨嗟を噛み潰し、溜め息に置き換えた。



「あっ、あんたが月二で雇ってたハウスキーパー、解約しといたからー!」

 廊下の向こうから響いたクライドの弾む声に、思わず目を剥いた。

 

 ───余計な真似を!





文中で卑下する表現がありますが、わたし個人としては誇りあるお務めだと思っています。

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