10 インターバル
小娘の呼吸の間隔が変わった。体温も急激に上がってきている。そろそろ目覚めるだろう。
腕の中のちまい生きものは、感心するくらい身体に馴染む丁度良いサイズだった。
手放すのは少々惜しい気もするが、自分が咎められる事をしている自覚はある。
目を覚ます前に離れておかないと後が不味い。
むこうからのこのこと転がり込んできたとはいえ、そのまま引き寄せたあたり、俺も相当寝とぼけていたらしい。
脳の覚醒を促すべく、酸素を送るために深く空気を吸い込んだところで、嗅覚にノイズを感じて少し不愉快になった。
小娘の髪から煙草の臭いがする。
こいつがふかすようには見えない。おそらくは昨日の夜、飲み会の席での移り香だろう。
強く残るそれは、軍に属していると臭跡だの身体能力の低下だのと弊害が多く、過去に断って久しいものだ。
自身が吸わなくなるとその臭いがいやに鼻につくようになったが、自分のテリトリーでそれを嗅がされるのがこうも腹立たしいとは。
己の感情をなだめるようにゆっくり息を吐き出して、腕の中で暢気に眠りこけている小娘をシーツの上に転がした。
───シャワー浴びるか。
どちらかというとぶっかけたいのは自分より小娘のほうだがな。
イラつく匂い付けやがって。
ざっと汚れを落として済ませ、着替えようとベッドルームの手前まで来てはっとした。
室内には小娘がいる。
いつもの習慣でバスルームから出てそのまま来たが、つまるところ俺は全裸だ。
腰にバスタオルを巻いてはいる。
が、素っ裸であることに変わりはねえ。
───これはさすがに不味い。
反射的にドアに背をつけて神経を研ぎ澄ませ、中の気配を探る自分が馬鹿馬鹿しくて笑える。
何の真似してんだ俺は。
板一枚向こうの空間で、動いているものは無いようだ。
まだ起きてはいないのだろう。
一瞬、戻って一度脱いだ服を着てくるべきかという選択肢も浮かんだが、 …面倒くせえ。
たとえ着替えている途中で小娘が目を覚ましたところで、どうとでも丸めこむ自信はある。が。
ドアノブに軽く力をかけ、音を立てないよう細心の注意を払いながら、ほんの少しだけ隙間をつくった。
それでも、極力己の気配を殺す自分は阿呆すぎると思う。
足音を立てずに室内へ侵入し、素早くクローゼットの前に移動する。
折り畳み式の扉がレールを滑る音を消すために、上へ持ち上げる力を加えて開く。
ああ、本当に阿呆だ。たかだか着替えるだけのことに、俺は一体何をしているのだろう。
やっぱり戻って服を着てくるべきだったかと、後悔しかけている自分が憎い。
適当に着替えを選んで引っ掴み、バスタオルを外して身に着けていく。
「───ん」
背後のベッドでもぞりと小娘が寝返りを打ち、鼻にかかった小さな音を、吐息まじりに漏らした。
全身の筋肉が強張る。
びしりと固まったまましばらく動けずにいたが、間を置かずに静かな寝息が耳に届いて、詰めていた息をそろそろと吐き出した。
くっそ身体が竦み上がるなんざ、長らく味わっていない感覚を得たぞ小娘め。
ベッドルームに女とふたりきりでいて、全裸であることに負い目を感じたのは初めての経験だ。
…どうにも小娘相手だと調子が狂う。
いい子だからもうちょい寝てろよ、そう祈りつつファスナーをそろりと引き上げた。