1 狙いはつけない
舞台は現代社会と似ているようなそうでないような別の世界、フィクションですので多少のおかしなところは心の中でそっと突っ込み入れつつ気になさらないようお願いいたします。
トス、という軽い音と衝撃を、右の鎖骨の下あたりに感じてそこに視線を落とすと、黄色いピンが身体にくっついてた。
ああ、麻酔弾ってプラスチックのガビョウをおっきくしたみたいなカタチなんだー、へー、はじめてみた、とか、なるほど被弾した人たちがホントに撃たれたみたいに手や足を引きずったりしているのは麻痺で動かなくなるからなんだなあ、肩がうごかなくなってきた、とか、そんなことをつらつらと考えつつ。
初めてのゲームはあっけなく撃たれておわった。
もともと自分から参加したいと思ってやりにきたゲームではなかったので、麻酔弾とはいえ実際に撃つと弾がとぶのに、それを他人にむけるのは抵抗があった。
ほかの皆みたいにパンパン撃ちあう気になれずに逃げて隠れてやりすごす、ずっとそうしてたけど、生き残りがだんだんと少なくなるにつれてそうもいかなくなってきた。
隠れててもゲームはおわらないのだ、ゴールしなきゃ。
そう思って恐る恐る顔を出し、足が滑って埋まって走りにくい雪のフィールドを必死に駆けだしてすぐに、わたしは撃たれてしまったのだった。
こっちは撃たなかったのに、くっそー!
もう、怖がって気を使って遠慮して撃ちたくないなんて思ってた自分がばかみたいだと思ったから、次のゲームでは撃たれる前に撃ってやろう、と考えた。
最初はやっぱり逃げて隠れてやりすごしてたけど。
ずいぶんと人が減ってきてしまったので、そろそろ自分も動かないことにはゲームがおわらない。
ごくりと唾を飲み込むと、わたしはやっぱり今日も滑って埋まって走りにくい雪のフィールドを駆けだした。
すぐさま背後からジャキンっていう弾を装填する音が響いた───
負けるもんか───!
わたしのライフルは装填済み、くるりと振り向くと遠い高台に人影、寒冷地仕様のふかふかであったかそうなファーがついた帽子と軍人コート、日除けの黒いゴーグル。至極自然に慣れた様子でライフルを構えようとしている───ゆっくりと首を傾けスコープをのぞく泰然とした動作が余裕綽々で小憎らしいったらない。
わたしはまったくもって使い慣れないライフルを慌てて構え、照準なんてしっかり狙ってたら向こうが撃つほうが早いに決まってるからと、ろくすっぽ狙いもせずに引き金を引いた。
反動に備えてなかったものだから、たやすく重心の崩れた身体がつるっと足を滑らせてコケかけたけど、それよりも衝撃だったのは、高台の軍人さんががっくりと膝をついてその場で前のめりになったことだった。
あ、当たっちゃった!?
当たるとは思ってなかったけど当てる気で撃っちゃった身としてはもうなんていうか
ジャキンっ。
また高台から装填音、今度はさっきよりわたしに近い位置から───う、撃たれるうう!!
恐慌をきたしたわたしはくるっと方向転換、逃げ出した。
「ごめんなさああいいいい!!!」
そう捨て台詞を残して。
ピッ。
左耳に、通話が入った事を知らせる電子音。
『ダァーイ』
dieねはいはい撃たれましたよ。
くっくっく、と喉を鳴らす同僚の笑い声もきっちり伝わってくる。
死亡判定をガイドにもらったのは久々だ。油断した。
どう見たって素人で、もたもた走る姿からも運動神経のニブさがわかる小娘相手に。
チクショウ。
決起した二度目のゲームも、一人倒したその後に、やっぱりあっけなく撃たれておわった。
三度目の今日は、一度目よりもアタフタしてる。人を撃ってしまって、罪悪感を覚えてしまったから。でも撃たれて悔しい思いも覚えてる。
どうしようどうしよう、どうしよう───正直、それで頭がいっぱいだった。
だからまた逃げて隠れてやりすごして、やっぱり生き残りが少なくなってきてしまったので仕方なく駆け出して。
背後で響く装填音に振り向いて───どうしよう。
かたまってしまった。
衝撃を感じたのはすぐだった。
息が詰まった。
喉に手をやって、そこに麻酔弾が刺さってるのを感じて、引き抜いた。針が抜けてく感覚が奇妙だった。
息が───
麻酔で、息が。
麻痺するっていっても、完全に動かなくなるわけじゃない。でも雪の上を必死で駆けて息が上がってたわたしは、喉のどまんなかで効果を発揮してくれた麻酔弾のおかげで、軽い酸欠になったみたいだった。
みたいっていうのは、気が付いたら積もった雪に頭をくっつけてぎこちない呼吸をしてたから。
ああ、冷たい雪が気持ちいいかも。そう思って開き直って、強張ってた身体から力をぬいて遠慮なく雪にほっぺたをすりすりしてたら、ざくざくと雪を踏む足音が近づいてきた。
「大丈夫か」
ああ、安全と判定のためにあちこちに配置されてるガイドさんだ。たぶん。
声の主を確認するために身体を動かすのも億劫だったので、わたしは雪に顔を埋めたままこっくりとうなずいた。喉がちっとも思い通りに空気を通してくれないから、喋るのがめんどくさい。
「気分は」
平気ですー。
心の中でそう答えるけど、それがガイドさんに聞こえるわけはない。わたしの肩をつかんでうつぶせの身体をひっくり返そうとする力が加わったのを感じて、それを制するために自分から身体を起こした。
それでも座り込んだまま、雪に両手をついて切れ切れに呼吸するわたしに、ガイドさんは重ねて問いを投げてきた。
「気分は悪いか」
いいえ。
ふるふると首を横にふる。そうしているうちに、またもざくざくと、今度はずいぶんと早い勢いで足音が近づいてきた。
「大丈夫!?」
女の人だった。
たぶん医療系のサポートをしている人なのだろう、左の二の腕に赤い十字がプリントされた腕章をはめている。
彼女はわたしの喉を見るなりカッと眉をはねあげた。
「もう、何考えてるの!?」
憤りの相手はわたしでなくて他の人らしい───と気が付いたのは、彼女に簡単な手当てを施されて、腕をぎゅっと支えられて歩き始めた後だった。
もうだいぶ呼吸は落ち着いてきていたけれど、ちゃんと手当てをしないとね、と言われて医務室へ連行されている。
「痛みは?気分は悪くなったりしていない?」
「だい…」
じょうぶです、と言おうとしたけれど、しゃがれた自分の声にびっくりして止まってしまった。ひどい声だ。
「ああ、無理に喋らなくていいからね。まったくもう、こどもじゃないんだから!」
わたしの腕をしっかり捕まえて隣を歩く女性は、ここにいない誰かにずっとぷりぷり怒りを向けている。怒りながら、わたしの喉の異常は麻酔が切れれば治るだろうと言ってくれた。でも雑菌が入るといけないからと、消毒して、絆創膏を貼られると、ようやっとわたしは解放されて、帰れることになった。
ふう。
やっぱりこのゲームは向いてない。今回のことでそれが周囲にもわかっただろうから、次からは断ることもできるだろう───そう考えればまあ、良し。
喉にまだ残る違和感をそれで気にしないことにして、多少無理やりに気分を上向き修正しとこう。
撃ってしまったときのこと、撃たれたときのことを突き詰めて考えてしまうと、どうにも嫌な方向に思考がおちて行きそうな予感がそれはもうとってもするので、すっかりさっぱり忘れてしまえばいい。
そう思って、てくてくと家路を歩き出した。
軍経営娯楽施設とか対人間用麻酔弾とか個人情報管理うんたらとかフィクションですから生暖かく笑ってスルーをお願いいたします。全力で。