【其の九】
慶長4年(1599)六月。
俺はさびしい日々を送っている。
まぁ、俺のせいでもあるんだけど。
妻との別居生活は今に至っている。
博多でしっかりと生活が出来るように、生活費は多めに送っている。
いつか帰ってきてくれないかな……。
俺の義父・小早川隆景は死んでしまっているし、母親もいない。
で、唯一の家族である正室にも逃げられた。
俺も一介の大名なのだから、強制的に連れてこさせるのこともできたのだが、妻とは確実な愛を築きたいと思っているからできない。
情けないかな、自主的に戻ってくるのを待つしかない。
家族が居ないからさびしいな。
前世の家族と引き裂かれたときは、あんまりショックじゃなかったのに、会った事もない妻に逃げられるのショックだ。
やっぱり初対面(というか会ってすらいないな)の人に嫌われるのはグサッとくるな。
それで俺は家族に会えない。
となると、なにをしたらいいのか。
うーん、……久々に内政でもやってみようかな。
最近は家臣にまかせっきりで、イエスマン当主とか呼ばれそうだからな。
家臣になんか言われても、その通り、とか、そうしなさい、とかしか答えてない。
なぜなら面倒くさかったから。
でも今は暇。ならば内政をしよう。うむ、そう決めた。
まず俺はたくみを呼び寄せた。
忙しいんだろうが、仕方がない。それに見合った俸禄は与えているんだから許してくれ。
「なんですか金吾様。それがしは殿ほど暇ではないのですぞ」
くっ、たくみめ。主君を敬う気持ちが足りないぞ。暇なのはその通りだけど。
「いや、そなたにやってもらいたい事があってな」
するとたくみ。俺が言い終わった途端にはぁー、とため息。
なんだよ。今はブルーな気分だったのか?
「どうせ殿のことです。またろくでもないことを……」
「違う、違う。真面目な話だ。内政の話だ」
「ほう、また金のかかることをするおつもりですか? 言っておきますが、もう当家の金蔵は底をついておりますぞ」
むう、そうなのか。金蔵が底をついてしまったのか。
貿易船はまだ来てないしな。
「それで、金のかからないことなのですか?」
「いや……その……新田開発でもやりたいなと、そう思ってな……」
中学校の歴史の資料集で見たことがある。
新田開発で、米の生産量がかなりに増えたって話。
米の生産量が増えれば、当然小早川家の年貢収入も増えるはずなのだが……。
「殿、そのようなことはとうの昔にそれがしがやっておりますぞ」
え、そうなの? たくみが?
「ただ、途中で中止せざるを得ませんでしたが……ッ」
なぜかちょっとキレ気味のたくみ。
「中止? なんで? 新田開発は年貢の収入にもつながるしいいんじゃない?」
「殿が無駄に女中を増やされたからです! あの年寄り連中を抱え込んで、なおかつあの体制を維持するのが、どれだけ大変なことか、お分かりですか!」
ひぃぃぃっ! たくみが凄んでる。めちゃくちゃ怖い。
思わずお許しを、って言ってしまうほどに怖い。
「ごめん、ごめん。もうしないって、約束したじゃないか。この俺を信用してくれよ」
「殿だから信用できないのです。突然鉄砲を買い込んだり、博多に南蛮人の商館を建てたり、ババアを大量に雇ったり!」
別にいいじゃないか。鉄砲隊3千を組織して軍事力は高まったし、商館だって半年でもとが取れるんだぞ。
女中は……例外としておこう。
それにしてもたくみ、ババアってw本音丸出しじゃん。
「とにかくです。これ以上金のかかることはできませぬ。よろしいですな!」
へいへい。わかりやしたよ。
まったくたくみは口やかましいのが欠点だな。頼れる奴ではあるんだけど。
「まぁ頑張れよ、たくみ」
「殿ッ、それがしには稲葉内匠頭正成という名があるのですぞ。しっかり覚えてくだされ」
ケッ、面倒くせ。だいたいそんな覚えにくい名前が悪いんだ。
そんでもって、新田開発という案は却下。
ダメだなあ。これじゃあ、俺がいる意味ないじゃないか。
たくみは俺のことをなめ過ぎだな。
こう見えても俺は転生者。お前より知識は豊富なんだぞ。
ならばと俺は、鉄砲隊に行く。
鉄砲隊なら俺がなめられることはない。
なにしろ俺は、鉄砲隊を増強したのだ。
俺の命令でつくられた鉄砲隊。そこでは俺も畏敬の対象だ。ムフフッ
鉄砲隊の訓練場は名島城から少し離れた、山地と山地の間の狭間にある。
鉄砲隊のことを他家に知られないようにと、そんなところにつくったのだ。
その秘密主義は徹底していて、鉄砲足軽のために宿舎までつくった。
なかなか手頃な広さがあったが、なにしろそこは山。
木が好きなだけ生えている。それを除去するのにはなかなか金がかかった。
でも、そうまでしても鉄砲隊のことは秘密にしたかった。
三段撃ちの威力も知られたくないし、そもそも3千挺もの鉄砲隊があっては近隣の大名に危機感を抱かれてしまう。
小早川家強し、という話が広まっては一気に九州や海をまたいだ位置の大名は軍備の増強に乗り出すはず。
筑前の近くにはチート並みに強大な大名が多すぎる。
島津、毛利、鍋島etc……。
どうせ強いなら、せめて朝鮮出兵の痛みを残したまま、軍備を縮小でもしてほしいのだ。
間違っても、小早川秀秋などを恐れて軍備を増強されてはいけない。
ただでさえ領地もでかく、有能な家臣がそろっているのに、兵も多くなったら……。
それこそ最強チート大名の成立である。
だからこそ俺は松野重元くらいにしか言わずに、大半の家臣には内緒で訓練をさせているのだ。
山のかなり深いところにわざわざつくらせたので、到着までは時間がかかる。
でも暇だから問題なし。
俺は木々をかき分けて、訓練場へと歩いて行った(ちなみに俺は、一人で来た。今頃城では大騒ぎ……のはず)。
そして、山の上からは訓練場の広大な平地が見えてきた。
あれれ??
訓練場に近づいたのになぜかシーンとしている。
鉄砲の音は一つもしない。
もうすぐそこにあるのに……?。
俺は急ぎ足で山を駆け下りる。
そして緑のない、土が露出した大地へと出た。訓練場だ。
ん? んんん???
誰もいない。
人一人っ子いない。
お? かすかに話し声が。
この話し声は兵たちの宿舎の方から……?
一階建ての建物が並ぶ所まで、俺は走っていった。
六月、つまりは夏だからとてつもなく暑い。緑がないからなおさらだ。
兵たちも、うだる暑さにやられて、訓練をさぼってるのか?
障子も小窓も全て開け放たれた宿舎の間を、俺はこそこそと背中を曲げて進んでいる。
俺は殿様だけど、一兵卒にまで気を配る趣味はないから、兵たちは俺の顔を知らない。
不審者が紛れ込んだと勘違いされても困るから、こそこそするしかない。
と、俺が立ち止まったのは、宿舎のなかで最も大きな建物の前。松野重元の宿舎だ。
鉄砲隊のサボりようは激しく、見張りの兵すらいない。
くそ、なんだこのたいらくは。
障子を開けて怒鳴り込んでやろうとした時、唐突に障子が開けられた。
俺はもちろんビックリ。ドッキリ大作戦かって。
!!!
俺はふつうのドッキリよりも驚いた。
なぜならそこから出てきたのは……
「いやぁ、秀秋殿ではないですか。ぼくになにか用ですか?」
大友義統だったから。
な、なぜ。なぜここにこいつが!?