【其の伍】
慶長3年(1599)4月。
ついに貿易船が戻って来た
東南アジアや南方の島々との交易でかなりの利益を出したそうだ。
なにしろライバルがいないからな。
ヨーロッパの連中は、大航海時代で得た植民地と本国を行き来するだけで儲かる。
わざわざ商売敵のいるところで貿易しなくても充分なわけだ。
奴らはどん欲で、日本とも貿易をして利益を上げようとしている。
ま、そのおかげで日本に鉄砲が入ったわけだし、俺も儲けられるんだがな。
戻って来た金はなんと2万5千貫。
もとが1万貫だったから、実に250%に増えたことになる。
すごいな。
すごすぎるな貿易の力は。
また投資して欲しいというスペインとポルトガルの貿易商人。
もちろん俺は投資した。その額は前回と同じく1万貫。
笑顔で渡してやった。
半年ごとに莫大な収入があるのに、やらないわけがない。
せっかくなので貿易商人たちと今後の貿易について話し合った。
結果、俺たち小早川家と、貿易商人たちは契約を結ぶことになった。
・小早川家は半年ごとに、貿易商人に1万貫を投資する。
(博多をつうじて投資すると、博多商人にいくらかぶん取られるので、金は直接渡すことにした)
・貿易商人は、半年後の帰港時に小早川家に1万5千貫を渡す。
・日本での大名相手の商いでは、貿易商人は小早川家を最優先に品を売ること。
・小早川家は、スペインとポルトガルの商館を博多に設置し、維持は小早川家がする。
・小早川家は、貿易商人の船と乗組員の安全を保障し、水や食料の補給を行なう。
配当の部分ではずいぶんと揉めたが、まずまずの結果だろう。
貿易商人たちにケチられて、1万貫⇒1万5千貫と、利益は5千貫になってしまった。
だが、額を固定できたことには大きな意義がある。
貿易が、いつもいつもうまくいくとは限らない。
今回はたまたま大きな利益を出しただけだそうだ。
日本周辺の海は、夏には台風の通り道になる。
そもそもこの時代の造船技術では、絶対に沈没しない船をつくるのは不可能。
もしかしたら、全ての船が沈没して、一文の儲けも出ないかもしれない。
そんなことも考えてみれば、黙っているだけで毎年1万貫も儲けが出るのだ。
欲張りすぎるのはよくないな。
この辺りでよしとしよう。
日本での商売も、小早川家を最優先にさせた。
これで、南蛮渡来の珍しい品も、新しい技術もすぐに入ってくるはず。
いちはやく新兵器を手に入れることができるならば、商館の維持費など安いものだ。
貿易商人との蜜月関係を築いておけば、後々きっといいことがあるはずだ。
天下統一後には、ヨーロッパとの関係も大切になってくるしな。
ふっ、そんな後のことも見通せるなんて。俺天才。
それで、手元には2万5千貫。
博多に新しく商館を建てるから5千貫くらい減って、残りは2万貫。
どうしようか。
軍備を拡張するかな。
でもなぁ。常備兵をこれ以上増やしても、兵を維持できない。
俸禄は出さなきゃいけないし、毎日飯を食わせるのも俺の仕事。
だいいち、小早川家の本城・名島城に収められる兵数は今が限界。
名島城は、先代の名君・隆景様の築城した名城だが欠点もある。
それはこの城が山城だってこと。
そのせいで城域の拡張が出来ないし、城下町も発展させにくい。
逆に言えば、そんな融通の利かない城だから防御力が高いって事なんだが。
まぁ、まだ戦国時代は終わってないし、いくさに備えてこの城で我慢しよう。
鉄砲3000丁を備えたこの城ならば、まず落ちることはないだろうからな。
2万貫じゃあ、新しい城なんて造れないって話でもあるが。
軍備ではとくに不満はないな。
兵農分離を完全に果たした上に、大規模な鉄砲隊を保持してるんだ。
こんな軍備チート状態で、不満があるわけがない。
内政も順調な様子だ。
内政はほぼ全てを稲葉内匠頭正成という家老に任せてある。
内匠頭と書いて「たくみのかみ」と読むそうだ。
俺には、ないしょあたま、としか読めんぞ。
名前の読み方を知って以来、その家老のことを俺は「たくみ」と呼んでいる。
なかなか親しみやすい名前であろう?
本人は、稲葉とか正成とかって呼んで欲しいみたいだが却下。
イナバ・マサナリ、よりはたくみの方が現代にいそうだしね。
たくみという名前の通り、彼は他の家臣に比べてずっと若い。
年の差を無視して家老になっているということは、そのぶん実力もあるということ。
いつも期待以上の結果を出している彼を見込んで、内政はたくみに委任してある。
委任という名の放り投げでもあるんだが。
そんなわけで、内政も軍備もよし。
……これじゃ2万貫も貯金するしかないじゃないか。
いやだ。それはいやだ。
せっかく金持ちになったんならさっさと使いたい。
このご時世、貯金しておいてもなんの意味もない。
先代は5万貫も遺産を残して逝ったが、俺の場合は違う。
俺はまだまだ若いし、天下は俺の代でとるつもり。
次世代の若者にはびた一文残す気もない。
金が余っている。なら自分のために使おう。
俺のアイデアで手に入れた2万貫。俺のために使わなくては。
なにかないかなにかないか。きっとある。
俺は欲求不満ゼロみたいな変態じゃないんだぞ。
うーん。言ってはみたが、実はとくに欲求はないんだよな。
布団はふかふかだし、部屋は大きいし、飯はうまいし。
ん? いや待て待て。
そうだ。そうだった。
やることが、やるべきことが一つあった。
俺は忘れていたんだ。人生を営む最大の目的を。
忘れていたんだ、人生で最上の喜びを。
男が生きる理由。
それは“女”に他ならない。
考えてみれば、俺は前世でも現世でも、女性関係はまったくなかった。
なぜか転生してしまって、女のことなどすっかり忘れていた。
だが、今思い出したその欲求が、ムクムクと頭をもたげてきた。
よし、決めた。決まった。
俺のまわりを女で固めよう。女中も側室ももっと増やそう。
この世だからこそ、俺が大名だからこそできるハーレム計画だ。
汗臭い男にまとわりつかれる恐怖から逃れ、俺は天国気分を地上で味わうことになる。
女の子に公然とデレデレできるなんて素晴しいな。
ふふっ、戦国時代に来て初めて本気が出せそうだ。
ハーレムのために2万貫費やすのは無駄じゃない。心のゆとりだ。
やってやろうじゃないか。
この名島城を、本当の意味で俺だけの城にしてやる!