問題、発生
年は明けて慶長5年。
ようやく内政も行き届き、新体制もなじんで来た頃。
「金吾様、上方での噂は耳に入っておりましょうか」
わざわざ声の調子まで低くしてそう言うのは、稲葉正成。
顔も猛将チックなんだから、なおさら恐ろしい。
で、噂? なんの?
「ご存知ありませんでしたか。そうでしたか……」
「なんだ、早く申せ」
「それがですな、上杉景勝殿が謀叛を企てているとか」
なぬ! 謀叛! ついに関が原に行ってしまうのカッ。
「どうやら上杉殿は領国で城の普請や武具の収集に力を注いでいたそうで。
それを不審に思った隣国・越後の堀秀治殿が公儀にそれを申したと、そういった次第でございます」
なるほど。要するにその堀とかいうヤツがチクッたってことだな。
「それで、そのあとは?」
「徳川殿が上杉家に詰問をさせたそうなのですが……」
ですが……、で途端に言いにくそうになる正成。なによ?
「上杉家の知恵袋、直江兼続殿がそれに猛反論しまして」
フムフム、直江状ってのなら俺も知ってるぞ。
タヌキ親父の言うことなんて聞くもんか。もともと論理が穴だらけなんだよー、とアッカンベーのオマケでも付いてきそうな手紙だ。
てか、なんでそれが言いにくいんだ。べつに良いじゃん、上杉さんアンラッキー、で。
「それが、直江殿の反論の中で、わが小早川家のことについても触れてありまして……」
ば、バカ野郎! それを先に言えよ!
「触れられてるって、ど、どんな感じでだよ」
俺はビクビク。兼続さま、頼むからタヌキが小早川に気を向けるようなことはしないで。
「それがですな。ここにその書状の写しがあるのですが」
ふところから出したのは一通の紙。正成は片手でバッと書状を開く。その一連の動作でも彼は優雅で、まさに武士といった風格が……って、んなことはどうだっていい。
中身だ。問題は。
「では、金吾様でも分かるよう噛み砕いて言わせていただきます」
……ムカッ。
「まずは、ですな……。豊臣家の許しなしに、九州の近隣大名と婚姻を結んだこと。これはわたくしめにも非がありますな。お止めすべきだったのでしょうが……」
いや、脱線するなよ。勝手にシリアスするなよ。
そういえばなぁ、黒田家が断ってきたのはそのせいだったのか。
「そして軍備を拡張したこと。この2つで非難されていますな」
なんだよ。たった2つかよ。ビクビクして損したぜ。
でも、どうしようかな。どんな対応をしよう。まぁ、言ってきたのは家康じゃなくて上杉家なんだし。無視してもオッケー……なのか?
「なぁ、正成。それで俺はどうすればいいんだ? どうせ家康も同じことを言われてるんだし問題ないよな?」
そうですとも、殿。ってのが俺の望んでいた答え。なのに、こいつは。
「そのことについて、わが小早川家にも、徳川殿より御使者が参っておりますが。いかがいたしましょうか」
ナンジャッテー! 使者が来てる。もう? マジっすか。
てか正成、なんで先に言わん。
「も、申し訳ない。殿に状況を分かっていただきたくて」
「なんだよ、そりゃないだろ。ふつうは使者が来てますよ、を先に言うんだろうが!
おまえホウレンソウは知ってるか? 一番やっちゃいけないのは《報告・連絡・相談》の順番なんだぞ!」
「ホウレンソウ、とは? わたくし金吾様ほどではございませんが浅識でして」
「あぁあああ! クソッ! うるせえうるせえ」
怒り心頭になって立ち上がる。ボケっとしている正成を見下す。そしてずかずか部屋から出て行く。
「殿、どちらへ?」
動こうともしない正成。クソッタレ、おまえは脳みそも行動も遅い!
「決まってんだろ、使者のところだ!」
なにか言おうとした正成には目もくれず、襖を思いっきり閉じる。なかなかいい音が出た。
もしかして今の俺って格好いい?
で、使者のところ目指してレッツゴー!
・・・・・・。数歩、歩いて気付いた。使者の部屋どこ?
お、おれって、カッコいい???