【其の壱拾壱】
第2章スタート!
これまでの体制で何がいけなかったのか。
俺だけの中央集権体制をつくるにはどうすればよいのか。
逆に言えば、これまで何がいけなかったのか。
真剣に考えた。
そしてなぜ俺が専制をできないのかが、ようやく分かった。
それは、俺の力が弱いからだ。
もっと詳しく言えば、小早川家の領国での俺の支配力が弱いからだ。
小早川家の領国・筑前国の石高は、太閤検地によると35万7千石。
この数は、全国的に見てもかなり高い。
だが問題は、その全て――およそ36万石の全てを、俺が直接治めているわけではないということ。
たくみや松野重元だけでなく、俺の家臣には身分に応じた知行が与えられているのだ。
家老・侍大将級の武将以外の、身分の低い武士の知行などはたかが知れている。
が、そのカスレベルがたくさん集まったならばどうなるか……。
ちりも積もれば山となる。
その言葉どおり、膨大な家臣一人一人に知行を与えていけば、俺の直轄地は必然的に小さくなる。
36万石のうち、俺の直轄なのはだいたい15万石もない程度。
半分以上が家臣のもの。
しかも、これまでやってきた改革などは全て俺の領地だけで行なわれたこと。
家臣の領地では、一定の自治が認められている。
これはまずい。
まだ一地方の領主でしかない時期に、地方分権などしていては、力が弱まるのは仕方のないことだ。
国民主権や平等の考え方などこの時代にはない。
ならば俺は、この筑前一国を完全に掌握してしまうべきなのだ。
そもそも家臣に領地を与える意味が、今の小早川家にはない。
鎌倉時代のテーマ、御恩と奉公の関係は、一応いまでも通用する。
御恩:主君が家臣の領地を安堵し、功が有った者には恩賞を授ける。
奉公:家臣が主君のために命を尽くして戦う。
また、自分の家来を引き連れていくさにのぞむ。
この御恩と奉公が成り立っていない。
俺は家臣たちの領土を安堵している。
だが家臣らはどうか?
命を尽くして戦ってはくれる(ということにしておく)。
しかし、もう一つの役目。家来を引き連れて、はまったく機能していない。
家臣はわずかな武士の家来を連れてくるだけで、領地の農民を徴兵してきたりはしない。
なぜなら小早川家では兵農分離が行なわれているからだ。
俺の一存で進められた兵農分離で、領地を支配する家臣はその存在意義を失った。
ただ、昔からの領地だからと治めているに過ぎない。
そんなのは俺が許さない。
意味のないこと、効率の悪いことを削らなくては、成長はない。
俺にもなんだか名将の考え方ができるようになったようだ。
俺の領国支配力を高めるためにはどうすべきか。
やるべき事が分かれば、次は方法だ。
……むう。やはり力で、軍事力で押さえつけるしかないのか。
各地に軍隊を派遣し、領主を軟禁状態にしておいた上で、筑前の直接支配を宣言する。
これが一番ムダもなく、手っ取り早い方法なのだが……。
少し荒っぽすぎるだろうか?
暴君と言われたりしたら……。
いや、弱気になるな秀秋!
改革には一瞬の痛みがつき物だ。
その一瞬が過ぎ去れば、状況は一気に好転する。これが常識だ。
たくみとか重元みたいに、信用できる家臣にはあらかじめ話しておくことにした。
小早川家への忠誠心は高い奴らなら、賛同を示すはずだ。
と、その読みは命中した。
「小早川家の繁栄、存続のためにはこうする他ないのだ」
そうして必死に説くと、そいつらはしっかりと承諾してくれた。
重元もたくみも、自ら進んで領地を返上すると言った。
まぁ、交換条件を出しておいたからな。しかも悪い話ではない。
ふっ、馬鹿な奴らだ。俺にあごで使われるとは知らずに、な。ククッ。
今回の計画では、領主を一時的に拘束するための軍隊の動きが最重要だ。
その軍隊の統率は、悔しいがたくみに任せた。
副指揮官は松野重元だ。
筑前全域という広い範囲を押さえ、全領主の拘束という目的を達成することは、とても俺にはできない。
経験豊富な奴らにやらせるほかはない。だがいつかは俺も、直接指揮を執ってやる。
作戦は準備が整い次第、すぐに決行された。
作戦本部は名島城。
俺が名島城にいた領主らの身柄を押さえると同時に、各地に散った兵も領主の館・城を襲った。
領主の拘束成功との報せが伝わってくる中、俺は例の領地没収と専制政治を宣言した。
戦国の世を乗り切るにはこうするしかないと。
賛同するならば地位は保障すると。
そして作戦が終了したのは何時間かしてからのこと。
圧倒的な戦力差から、領主の大部分は自ら降伏し、抵抗した者も俺の宣言を聞き入れて降った。
あくまで抵抗する奴は叩き潰させた。
考えの古い奴らに用はない。
心苦しくはあるが、俺は命令を下しているだけ。
いくら頭の固い家臣が死んでも、そこまで大変な心持ちではない。
作戦は成功したと判断した俺は、たくみに命じて領地を占領させた。
筑前の多くが空白地帯となったため、そうしなければ反乱や一揆が起こってしまうのだ。
一時的な混乱はどこでもあったが、民に被害はかかっておらず不満の声は上がっていない。
俺はたくみと、拘束させた領主を名島城に召集した。
そこで俺は、新体制を発表した。
もちろん領主どもは怒り心頭だろうが、捕らわれの身ではどうにもできない。
発表は厳正な雰囲気の中、大広間にて行なわれた。
「これより小早川家の新たな体制を発表いたすッ! これは小早川家のため、ひいては民のための改革である」
とは言ったけど、実は全部俺と俺の天下盗りのためのこと。
新体制ではもちろん俺が筆頭として君臨している。
俺の考えた仕組みは以下のようなものだ。
:当主: ・小早川秀秋(軍事・政治・外交の全権を握る)
俺は絶対君主だ。文句を言うことなど許されるはずもない。
:補佐役:・稲葉正成(政治・外交において、当主を補佐)
:補佐役:・松野重元(軍事において、当主を補佐)
と、この2人が当主(つまり俺)を補佐する。
小早川家では実質的に、№2だ。なかなか地位は高いぞ。
そしてこの下で、家臣は二つに分けられる。
一つは兵を率いることを得意とする軍事担当。
もう一つは、ジブショウみたいに官僚的な働きが出来る、内政担当だ。
こんなふうに分けたりすれば、将来豊臣家の武功派・吏僚派のように対立しそうではある。
だが、全ての者が内政も軍事もするのは効率が悪い。
人間、自分の不得手なことはやりたくないものだ。
そもそも、俺が生きているうちはそんな対立などさせない。
どちらをばかり重用することはしないし、不要に争いの火種を持ってくる奴は首ちょんぱだ。
なんたって絶対君主なんだからな。
これで小早川家は一新された。
35万石7千石はすべて小早川の直轄となり、家臣の力は大きく削がれた。
以前は、反乱や謀叛が怖くてできなかった重臣への処罰も、これからは普通にできるようになる。
なんたって家臣の権力の源は俺の承認と同意だ。
命令には逆らえるはずもない。
これにて小早川家の構造改革は完了した。
「小早川家をぶっ壊す」は無事に成功したわけだ。
これからこの家臣団のもとで、俺は天下を目指していく。
俺の命令に忠実な家臣たち。
こんな強い大名はほかにないだろう。
慢性的な人手不足はいまだに大きな課題だが、俺の統率力がここまで強化されていれば問題ないだろう。
※ちなみに大友義統は、辺境司令官として筑前のどこかに飛ばされた。
理由は、当たり前だが鬱陶しくて、邪魔だったからw