異世界農業開拓記 雨の音と、雷の光
泥にまみれた53歳研究員が、異世界の極寒領地を「世界一幸福な実りの地」に変えるまで
過酷な環境の中で彼が手にしたのは、派手な魔法ではなく、前世で培った「泥臭い農学知識」と「ものづくりへの情熱」。
放置された野生のソバやジャガイモから始まる食糧革命は、やがてサスペンション馬車、温泉地熱の養蚕、活版印刷、そして鉄道や通信といった国家規模の産業革命へと広がっていきます。
異世界農業開拓記
プロローグ:雨の音と、雷の光
一、東北、疾風怒濤の夜
地鳴りのような暴風が、農業試験場のプレハブ小屋を揺らしていた。
「山田さん! やめましょう、もう危険すぎます! 避難勧告が出ました!」
後輩の若い職員が大声で叫ぶ。雨具を叩きつける大雨の音に消されそうになりながら、
五十三歳の山田雄一郎は、長靴の泥を払いながら首を振った。
「お前は先に避難しろ! 俺は第三圃場の原木だけ固定してすぐ追いつく!」
「ですが、裏山が……!」
「三十年だぞ!」
雄一郎の叫びに、後輩が息を呑む。
「三十年かけて交配して、今年ようやく最高の果実をつけた株なんだ。
この台風で根こそぎ折られたら、俺たちの三十年が無に帰す。
……いいから行け! 俺は自分の命を捨てるような真似はしねえ!」
強情な先輩の背中を諦めたように見送り、後輩が避難へと走っていく。
雄一郎はぬかるむ土に足を取られながら、豪雨の圃場へと向かった。
泥まみれになりながら、高さ二メートルほどのリンゴの若木に支柱を立て、
太いロープで必死に縛り直す。横なぐりの雨が容赦なく顔を打ちつけ、視界を奪う。
(……よし、これで倒れねえ。来年、最高の赤をつけろよ)
ゼーゼーと荒い息を吐きながら支柱を撫でた、その時だった。
ずずず、と不気味な低音が足元から響いた。
直後、バリバリと木々がへし折れる凄まじい破壊音が夜の闇を裂く。
「な——」
振り向いた瞬間、視界を埋め尽くしたのは、漆黒の泥と大岩の津波だった。
裏山の斜面が崩れたのだ。
(ああ……くそっ、また自然に負けたか……)
押し寄せる泥流の中で、雄一郎の意識は急速に遠のいていった。
頭に浮かんだのは、冷害や台風と戦い続けた三十年間の泥臭い日々。
そして、最後まで愛してやまなかった、甘酸っぱいリンゴの香りだった。
二、ベルグフェルド領、神殿の雷鳴
激しい落雷の音が、古びた石造りの神殿を揺らした。
「……神よ、ベルグフェルドの血を引く幼き者に、健やかなる道を示したまえ……」
老神官のしわがれた祈祷の声が響く。
ここは王国北端の辺境、ベルグフェルド山嶺領。その中心にある神殿の祭壇で、
十五歳の誕生日を迎えた少年——ユージーン・フォン・ベルグフェルドは、
膝をついて目を閉じていた。
十五歳。この国で「大人」として認められる節目であり、
神から生きる指針を授かる『天啓式』の儀式である。
本来のユージーンは、領主の三男坊として勉強よりも裏山を駆け回るのが大好きな
元気だけが取り柄のやんちゃな少年だった。
今日ばかりは緊張した面持ちで額を床につけていたが——。
ズドォォォォン——ッ!!
直後、神殿の尖塔に、この世のものとは思えぬ直撃雷が落ちた。
「ひえっ!?」
「ユージーン様っ!」
眩い紫白の光が神殿内を包み込み、祭壇の上のユージーンの体を雷撃の奔流が突き抜ける。
少年は声も上げられず、そのまま石畳の上に崩れ落ちた。
三、二つの記憶、ひとつの覚醒
「……う、ん……」
どれくらいの時間が経っただろうか。
柔らかいベッドの上で、ユージーンはゆっくりと瞼を開けた。
「ユージーン! 気がついたのか!?」
枕元には、心配そうに顔を覗き込む重厚な髭の男——
父であるベルグフェルド男爵の顔があった。
「父、上……? いや、お父さん……?」
口をついて出た自分の声の低さと、目の前に広がる見覚えのあるようで
どこか違う部屋の風景に、頭の中が激しく混乱する。
(俺は……土砂崩れに巻き込まれて……いや、違う。俺は雷に打たれて……?)
頭の中で、二つの記憶が見事なまでに噛み合い、一本の太い幹となって溶け合っていく。
日本で五十三年、泥にまみれて農業技術を研鑽し続けた研究員「山田雄一郎」の
緻密な科学知識と苦労の記憶。
そして、この極寒の辺境領地で生まれ育ち、
野山を誰よりも愛してきた十五歳の少年「ユージーン」の身体と記憶。
(そうか……俺は死んで、ここに転生することになったんだ……)
「大丈夫か、ユージーン? 天啓式の最中に雷が落ちてな……お前は丸三日、
目を覚まさなかったんだぞ」
「……すみません、父上。ご心配をおかけしました。
もう、大丈夫です。どこも痛くありません」
ユージーンが体を起こしてハキハキと答えると、男爵は目を見開いた。
以前のユージーンなら「平気平気! お腹減ったー!」と跳ね起きていたはずだ。
その落ち着き払った立ち振る舞いと深みのある眼差しは、まるで熟練の大人そのものだった。
「おお……これぞ天啓のなせる業か。雷に打たれ、神の導きを得たのだな……!」
男爵が感動に震えている隙に、ユージーンはゆっくりとベッドを抜け出し、
窓辺へと歩み寄った。
部屋の窓からは、ベルグフェルド領の広大な景色が一望できた。
そびえ立つ険しい山々。山から吹き下ろす凍てつく冷たい風。水はけが悪く、
酸性に傾いてネバついた泥の粘土土。探せば探すほど、
作物がろくに育たず、寒さと貧しさに耐える村人たちの小さくて粗末な家々。
「噂通りの『お荷物領地』だな……」
ユージーンは思わず苦笑した。だが、その瞳に絶望の色は一切なかった。
(——待てよ?)
ユージーンの「熟練研究員の眼」が、領地の地形と気候の特性を瞬時に分析し始める。
(この昼と夜の強烈な寒暖差……水はけの悪い平地を避けて、
あの陽当たりの良い斜面を使えばどうだ? 山からの清らかな湧き水もある。
春先の遅霜と夏の冷害さえ抑え込めれば……
ここは世界最高クラスの糖度を誇るリンゴ的名産地に化けるぞ!)
さらに視線を斜面の裾野へと向けると、
そこには村人が「山荒らしの雑草」と呼んで嫌っている、
白い小さな花を咲かせた野草群が見えた。
(あれは……ソバ(蕎麦)だ! 肥料のない痩せた酸性土でも、
たったふた月で育つ救荒作物じゃないか! これがあれば、
小麦が全滅したって誰一人餓死させずに済む!)
ユージーンの胸の奥で、かつて東北の泥の中で燃えていた
熱い「農家魂」が、ゴーッと音を立てて再燃した。
知識をひけらかして威張るつもりはない。
ただ、誠心誠意、この領地の泥にまみれて汗を流そう。農民たちと膝を突き合わせ、
一緒に美味しいものを食べ、この貧しい領地を「世界一幸せな実りの地」に変えてやるんだ。
「父上」
ユージーンは振り返り、十五歳の少年の清々しい笑顔で、五十三歳の確信を込めて言った。
「天啓式を終えた私に、一つだけ仕事を任せていただけませんか?
あの裏山の……誰も使っていない斜面と野生の木々を、私に預けてほしいのです」
こうして、異世界の片隅で、一人の「おじさん研究員」による
劇的な農業革命の第一歩が踏み出されたのだった。
初めて小説を書いてみました。一人では、無理なためAIを相棒に書いています。
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