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2話 びっくりしたから帰ります

 走って、走って。

 それでも足りなくて、もう一度走った。


 曲がり角を二つ、三つ。

 通路の幅が少し広くなるところまで来て、ようやく私は止まる。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」


 ……びっくりした。

 本当にびっくりした。


 私は壁に手をついた。

 ダンジョンの壁は冷たくて、ざらっとしていて、手のひらから冷気が入ってくる。

 冷たいのに、なぜか少し落ち着く。


 自分の体がまだここにいる、って確認できるからかもしれない。


「……だ、だめだめ。落ち着いて……落ち着かないと」


 何度も深呼吸をして、どうにかこうにか暴れる心臓をなだめることができた。

 最後に、もう一回だけ深呼吸。


「ふぅううう……」


 吐息がこぼれて。


「あぅ……胃が痛い……」


 お腹の辺りがキリキリとして、手で押さえた。


 とても情けない姿。

 人様に見せられるところじゃない。

 でも……


「うん……大丈夫」


 視聴者数を確認したら、ゼロだった。


 よし。

 私なんかの配信を見る人なんていないから、私の情けない姿を見られることもない。

 胃の痛みが少し和らいだ、ような気がした。


「それにしても……や、やっぱり余計なことをしちゃったかな……?」


 本来、下層にいるはずのケルベロス。

 そんな魔物が暴れていて、他の配信者さんが襲われていて……


 気がついたら手を出していたけど、余計なことをしちゃったかもしれない。


 配信者さんのことはあまり知らないけど……

 エンターテイメント? を意識して、あえてピンチを装う人もいるらしい。

 そこからの大逆転が盛り上がるとか。


 もしかしたら、さっきの人もそうだったかもしれない。

 というか、そうに違いない。

 私なんかが助けに入らなくても、きっとなんとかなったに違いない。


「あ、あああぁ……やっちゃった、絶対にやっちゃったよぉ……怒られるかも? ううん、絶対に怒られる……ひぃん」


 配信者さんから怒られて。

 ダンジョンの管理者からも怒られて。

 登録者数ゼロなのに大炎上して。


「あうあう……やっぱり胃が痛い……」


 悪い想像しか出てこなくて、おえ、と吐きそうになってしまう。


「……でも」


 もしかしたら、さっきの配信者さんは本当にピンチだったのかもしれない。

 とても危ないところだったのかもしれない。


 そうだとしたら、私は、人助けをすることができた。

 私なんかが、良いことをすることができた。


 本当のところはわからないけど……


「ちょ……ちょっとは、誇ってもいい……の、かな?」


 そう思うことにした。

 そう思わないと、心が折れてしまいそうだから、っていうのもある。


「で、でもでも……次からは、もっと気をつけないと……! 私なんかがでしゃばらないように、ミスをしないように……もっと、もっともっともっと気をつけないと……!」


 私は自分が強いとかすごいとか、そんなふうに思えない。

 思わない。

 思ったらだめな気がする。

 いや。

 だめというよりは怖い。


 だって、私がすごいなら……私が悪いときも、全部私のせいになる。


 それなら、最初から『すごくない』ほうが楽だ。

 安全だ。

 誰にも期待されない方がいい、って、はそういうふうに考えてしまう。


 私が速いんじゃない。

 私がうまいんじゃない。

 たまたま、近かっただけ。

 たまたま、逃げるのが得意なだけ。


 逃げるのが得意……って、言い方も変だけど。


「……うん、よし」


 落ち着いてきた。

 やっぱり、こういう時は自分を下げることを考えるに限るよね。


 私なんて『この程度』のもの。

 だから、期待もしないしされないし、必要以上に気負う必要もない。


 ……その方が楽だ。


「それなのに……はぁあああ、やっぱり、余計なことをしちゃったかな? で、でも、見過ごすことはできなかったし……うぅ、しばらくは考えちゃいそう……」


 ケルベロスを倒すところまではよしとしよう。

 人助けは大事。


 でも、その後は?



『……だ、大丈夫ですか……?』


『す、すみません……!』


『ご、ごめんなさい。私なんかが……! よ、余計でしたよね……? 邪魔だったかも……!』


『で、では……これで……!』



 なんというコミュ障。

 思い出すだけで顔が熱くなる。

 胃が痛い。

 胸がきゅうってなる。


「うぅ……もっと話し方があったのに、変なことしか言えていないし……」


 テンションがどん底に。

 精神的なデバフがかかりそう。

 というか、すでにかかっているかも。


「……今日は帰ろ」


 私は出口へ向かって歩き始めた。


 ダンジョンの通路は帰り道のほうが長く感じる。

 行きは緊張していて、帰りは安心しているはずなのに。

 今日は安心が来ない。

 ずっと心臓がうるさい。


 でも、出口の灯りが見えると少しだけ呼吸が楽になった。


 ゲートの方向。

 人がいる場所。

 受付がある場所。


 そこに出ると逆に怖くなることもあるのに、今日は早く外に出たい。

 ダンジョンの空気がもう嫌だ。


 私は歩調を少しだけ速めた。


 早く。

 早く。

 終わらせる。

 なんでもかんでも、早く終わらせたい。


 出口前の安全区画に入ると壁の表示が変わる。

 入場タグが反応して、淡い光が一瞬走る。


 魔石の換金やドローンの返却などのいつもの手続き。

 それから、いつもの帰り道。


「……」


 ダンジョンを出る前、私は一度だけ立ち止まり、振り返る。


 ……あの人、無事かな?


 さっきの返事を思い出す。


『あ……は、はい……』


 呆然としながら、それでもちゃんと。

 ちゃんと返してくれた。


 あの声が、私の中で小さく残っている。


 私は、胸の奥がほんの少しだけ温かくなるのを感じた。

 ほんの少しだけ。

 すぐ消えるくらいの弱い温度。


 それでも。


「……助けられて……よかった……」


 怖かった。

 恥ずかしかった。

 胃が痛い。

 心臓もうるさい。


 でも。


 よかった、って思うことができた。

 それが私の小さな小さな誇り。

本日20時に3話を更新します。

続けて読んでいただけると嬉しいです。

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