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子爵令嬢ルールシカの異世界デパート経営〜ボロ孤児院を至福のグルメの香りでいっぱいにします〜

作者: リーシャ
掲載日:2026/05/03

「……ひどい。これは、あまりにもひどすぎます」


 ルールシカ・ベルシュタインは、目の前の光景に思わずめまいを覚えた。


 緩やかに波打つプラチナブロンドの髪、透き通るような碧眼。ベルシュタイン子爵家の次女。見た目こそ愛らしい五歳の幼女そのものだが内側には現代日本という異世界の記憶が宿っている。

 目の前にあるのはベルシュタイン領の端っこに位置するひだまり孤児院。

 名ばかりの建物は、今にも崩れそうな木造二階建てで窓ガラスにはヒビが入り、庭には雑草が膝の高さまで伸びきっている。


「ルールシカ様、お怪我のないように。ここは令嬢が来るような場所では」


 後ろで控える家の従者が心配そうに声をかけるが首を振った。


「いいえ。お父様とお母様にお願いして、私が経営を任せていただくことになったのですから。それに見てください。あの子たちの目を」


 建物の影から、数人の子供たちがこちらを覗き込んでいた。どの子も服はつぎはぎだらけで顔は煤けている。

 瞳には幼い子供が持つべき輝きがなく、ただただ飢えと諦めが混ざり合った色を湛えていた。ルールシカが歩み寄ると年長の少年が立ちはだかるように前に出る。


「貴族様が何の用だよ。ここにはあんたが持っていけるような宝物なんて、何一つないぜ」


「宝物探しに来たわけではありません。今日からここの運営を預かりますルールシカです。よろしくお願いしますね」


 ルールシカはスカートの端をつまみ、完璧なカーテシーを披露した。おとなしく控えめな令嬢。それが周囲の彼女への評価だ。頭の中では。


(待って、あの子たちの足元にある皿、昼食?お湯にクズ野菜が浮いてるだけじゃない。一食十円もしないようなレベル。これじゃ成長期に必要な栄養なんてゼロだよぉ!)


 現代の金銭感覚と食の知識が中で警鐘を鳴らしていた。


 一通りの挨拶を終えると案内された施設長室という名の物置小屋にこもった。一人になり、胸に手を当てて念じる。


(開け、異世界デパート)


 視界が切り替わる。記憶にある大型ショッピングモールを模した精神空間が広がっていた。食料品売り場、生活雑貨、家電、建材……あらゆるものが棚に並んでいる。


 スキルのルールはシンプル。通貨を投入することで、現代物品を購入できる。購入した物品をこの世界の住人に提供し、満足することでポイントが溜まり、デパートのフロアが拡張される仕組み。

 実家からもらった社会勉強用のお小遣いが入った革袋を、空間内のレジに置いた。金貨三枚。感覚では大金だが現代円に換算すれば、おそらく三十万円といったところか。


(金貨一枚で十万円……食環境の改善。基礎の基礎からいく)


 指先でタップしたのは以下の品々。


 無洗米あきたこまち

 家庭用極厚釜IH炊飯器の魔石駆動式に変換式

 天然だし醤油極み

 最高級赤玉子二十個入りパック

 除菌消臭スプレー業務用


「ポチっとな」


 現実世界の机の上に次々と段ボール箱が出現する。幼い体で「ふんぬっ」と気合を入れ、箱を開封した。


「何やってんだよお嬢様」


 先ほどの少年、ガッシュが怪訝そうな顔で食堂の入り口に立つ。袖を捲り上げ、エプロン。現代の機能的な撥水タイプを身につけたルールシカがいた。


「ガッシュさん。ちょうど良いところに。皆さんを集めていただけますか?すぐにご飯が炊きあがりますので」


「ご飯……?なんだ?固いパンの間違いだろ」


「いいえ、ご飯です」


 ニコリと微笑んだ時、シュシュシュ……という音と共に炊飯器の蒸気口から真っ白な煙が上がった。次の瞬間、食堂に広がったのはこれまでのこの場所にはおよそ似つかわしくない、甘くて芳醇なお米の炊ける香り。


「なっ、なんだこの匂い!?すごくいい匂いがする」


 空腹に耐えていた他の子供たちも一人、また一人と吸い寄せられるように食堂に集まってくる。デパートで購入した使い捨てのおしぼりを配り、皆の手を拭かせた。


「お待たせいたしましたね」


 炊飯器の蓋を開ける。立ち上る湯気の向こう側に現れたのは一粒一粒が真珠のように輝き、直立している白米の山。


「……綺麗だ」


 誰かが呟いた。ルールシカは手際よく。幼女の体なのでゆっくりとお茶碗にご飯を盛り、その中央にくぼみを作った。ぷっくりと盛り上がったオレンジ色の黄身が美しい生卵を落とす。仕上げにだしの香りが効いた醤油をひと回し。


「卵かけご飯です。召し上がれ〜」


 子供たちは最初戸惑っていた。生で卵を食べる習慣など、平民にはない。だが、目の前の芳香に抗えるはずもなかった。ガッシュが意を決してスプーンを黄金の山に突き立てる。


「生……卵……えあ!!」


 口に入れた瞬間、ガッシュの動きが止まった。咀嚼するたびにお米の甘みが口いっぱいに広がる。濃厚な卵のコクが優しく包み込む。醤油の塩気とだしの風味が、すべてを完璧にまとめ上げていた。


「うまい?なんだこれ、うますぎる!飲み物みたいに勝手に喉を通っていく」


「おいしい」


「おかわり、あるの?」


 静かだった食堂が一気に活気づいた。子供たちが夢中でお茶碗をかき込む姿を見て、胸の奥が熱くなるのを感じた。


(……よかった成功)


 現代では一杯百円程度で食べられる朝食は彼らにとっては、それはどんな宝石よりも価値のある希望なのだろう。


 開け放たれた食堂の扉から一人の少年が立っているのが見えた。年齢は十歳くらいだろうか。手入れの行き届いた銀色の髪に意志の強そうな灰色の瞳。仕立ての良い動きやすそうな訓練着を纏っている。

 近隣の騎士団で天才と噂される騎士団長の息子、ハノイ。これは後に知った情報である。


「香りに誘われて来てみれば。ベルシュタイン家の令嬢が何をしているんだ」


 ハノイの声は低く冷ややかだった。視線は隠しきれず、ガッシュたちが食べている黄金の山に釘付けになっている。わかりやすい。実に何が目的か、分かりやすすぎた。おとなしく一礼。


「初めましてハノイ様。私はルールシカ。今日からこちらの孤児院を運営しております。もしよろしければハノイ様もいかがですか?ちょうど、あなたの分も炊けたところですので」

「え、得体の知れないものを食べるつもりは」


 ぐぅ〜。


「あ」


 食堂にハノイのお腹の音が盛大に響いた途端に、ハノイの顔が一気に耳まで赤くなるが指摘しなかった。


「冷めると味が落ちてしまいます。大切なお客様に最高の一杯を差し上げたいのです。ね?ダメでしょうか?」


 上目遣いで困ったように小首をかしげる。処世術と幼女という外見の暴力的なまでの相乗効果。


「……くっ。そこまで、言うのなら、毒見がてら……た、食べてやろう」


 ハノイは渋々といった体で席に着いたらルールシカは、特別にデパートの奥から取り出した紀州南高梅の梅干しを一粒、添えて差し出した。一口、ハノイが卵とお米を口に運ぶと瞳が大きく見開かれ、背筋がピンと伸びる。


「ん?……くっ!?」


「お口に合いましたでしょうか?」


「わ、悪くない。いや、これは……非常に効率的にエネルギーを摂取できる素晴らしい食事、なんだな」


 素直ではない言葉。ハノイがその後、一言も喋らずに三回もおかわりをしたことが何よりの答え。


 夕暮れ時にはお腹いっぱいになった子供たちは、掃除が行き届きふかふかのデパートの特売品であったタオルケットが敷かれたベッドで安らかな寝息を立てていた。除菌スプレーが大活躍したから綺麗だ。


 ハノイは帰りがけ、玄関先で振り返る。


「変わった奴だな。令嬢が孤児院の経営など三日も持たないと思っていたが」


「世界で一番美味しい場所にしたいだけなんです」


「匂いがしたら……偵察に来てやる。治安の悪い場所だから。まあ、そんなわけだ」


 足早に去っていった。耳がまだ少し赤い。静かになった施設を見渡した。まだ床は軋むし、壁紙は剥がれているが、異世界デパートのポイントを確認すると今日の卵かけご飯でかなりのポイントが加算されている。


 次はキッチンをリフォームして……お肉も買えるようにしたい。庭にハーブを植えたい。金銭感覚は現代人、見た目は幼女、中身はガッツのある経営者。ルールシカ・ベルシュタインの美味しくて優しい孤児院作りが始まった。


「明日の朝ごはんは厚切りのトーストにしよう」


 呟きは夜風に乗って優しく消えていった。


 

「今日もいい天気」


 卵かけご飯の衝撃から一夜明け、ルールシカは朝日の中で大きく伸びをした。昨夜、子供たちはみんなお腹いっぱいでぐっすり眠れたようで異世界デパートのポイントを確認すると、昨日の食事の満足度が高かったのかボーナスポイントが加算されていた。


(これなら今日の朝食は予定通り、厚切りトーストにいける)


 鼻歌を歌いながら。もちろん令嬢らしく控えめに誰もいないキッチンへと向かう。デパートでポチったのは以下の品々。

 高級食パン生・美神二斤、耳まで柔らかいタイプ

 北海道産・発酵バター

 純粋レンゲハチミツ

 ドリップバッグコーヒーマイルド

 子供用国産完熟オレンジジュース


「ボロいトースター……ではなく、魔法のスチームトースターを設置しよう」


 棚に置いたのは、水を少し入れるだけで、外はカリッと中はモチふわに焼き上がる現代の英知の結晶。パンを贅沢な四枚切りの厚さにカットし、切れ目を入れてトースターへ。数分後。

 チーン、という小気味良い音と共にバターの香ばしい香りが漂い出す。熱々のトーストの上にさらにバターを一片。熱でじゅわっと溶けてパンの切れ目に染み込んでいく様子は芸術品。


「おはようございます、ルールシカ様……また、昨日みたいにいい匂いが……?」


 年長のガッシュが目をこすりながら降りてきた後ろには、お腹を空かせた子供たちがゾロゾロと。


「おはようございます。今日は厚切りトーストです。冷めないうちにどうぞ〜」


 子供たちがパンを一口かじった瞬間、食堂は沈黙に包まれた。


「え……カリッ、ふわぁ……ってした」


「あまい……パンがお菓子みたいに甘いよ!」


 高級食パンの暴力的なまでの柔らかさと、ハチミツの優しい甘さ。固い黒パンしか知らなかった彼らにとって衝撃を通り越して感動した。


「……ふん。朝からまた、騒々しいな」


 幸せな空間に場違いな金属音が響く。入り口に立っていたのは銀髪の少年ハノイ。

 腰には訓練用の木剣を差し、いかにもついでに寄っただけだと言わんばかりの表情だが、視線は子供たちが持つ黄金色のパンに釘付け。


「おはようございますハノイ様。今日も偵察ご苦労様です」


 上品に微笑み、予備のトーストを差し出した。


「ハノイ様の分もちょうど焼き上がったところで。バターを多めにしておきました」


「……朝の鍛錬の帰りだ。空腹というわけではないが領内の治安維持の一環として、その……その食べ物の安全性を確認する必要がある」


(あははっ……相変わらず、素直じゃないんだから)


 内心で苦笑しつつ、席へ促す。ハノイがトーストを口に運ぶと整った眉がぴくりと動きます。


「なんだこの、しょ、食感は。雲を食べているような、それ以上に濃厚な」


「ハチミツもおかけしますか?」


「ああ、少しだけ」


 ハチミツをかけたトーストを一口食べた瞬間、ハノイはガタッと椅子を鳴らして立ち上がる。


「ルールシカ!パンは……このパンは騎士団の兵糧として採用すべきだ!これを食べればどんな過酷な訓練でも乗り越えられる気がする!するっ」


「喜んでいただけて何よりです。でも、これは孤児院の子供たちのための特別なんです」


 いたずらっぽく言うとハノイはバツが悪そうに座り直す。食後にはすぐには帰らない。小さな手で重いバケツを運ぼうとするのを見て、黙ってそれを取り上げた。


「はぁ、貸せ。幼児そんなものを持つな」


「ありがとうございます、ハノイ様。本当にお優しいのですね」


「……うるさい。それより建物の修繕はどうするつもりだ。窓も壁もボロボロではないか」


 ハノイの言葉にルールシカは真剣な顔で頷く。


「ええ。ですから美味しいご飯でポイント……あ、いえ、運営資金を貯めて少しずつ綺麗にしていこうと思っているんです。子供たちが冬に凍えないように」


「一人の力では無理だ。私が、私がたまに手伝ってやらんこともない」


 そっぽを向きながら不器用な言葉を投げかけた。労働力。しかも騎士候補生が協力してくれるのは願ってもないチャンス。


(ハノイ様ってすっごくいい子。味方につけて次は孤児院の庭のリフォームをポチろう)


 後ろ姿を見送りながら計画を練り始めた。美味しい香りに包まれた孤児院。寂れた場所から街で一番幸せな場所へと、一歩ずつ変わり始めていた。


「外をなんとかしよう」


 朝食の片付けを終えたルールシカは腰に手を当てて孤児院の裏庭を見渡した。膝まで伸びた雑草と、いつから放置されているのかわからない枯れ木の山。子供たちが遊ぶには少し危ない場所。


(せっかく美味しいご飯を食べて元気になっても、遊ぶ場所がこれじゃ寂しいよね……デパートお願いします!)


 頭の中のデパートへダイブ。今回の目的は環境整備と食の自給。


 全自動・魔法の芝刈り機のルンバ風

 急速成長魔法のハーブ苗セットのミント、カモミール、ラベンダー

 アンティーク調のガーデンテーブル&チェア

 折りたたみ式サンシェード撥水加工


「ポチっとな」


 段ボール箱から出てきたのは手のひらサイズの可愛らしい機械。庭に放つ。魔法という名の現代テクノロジーで雑草がみるみるうちに整えられていった。


「お嬢様何してるんだ?」


 庭の異変に気づいたガッシュたちが集まってきた。整えられたばかりのふかふかの芝生の上に、真っ白なテーブルセットを広げる。


「皆さんがお勉強したり、おやつを食べたりできる場所を作っているんですよ」


 デパートで購入した急速成長の肥料、実際は高品質な液体肥料を使い、ハーブの苗を植えたら驚くほどの速さで瑞々しい緑が広がり、辺りには爽やかな香りが漂い始めた。

 今日も今日とて偵察という名の朝ごはんとおやつを期待して、ハノイがやってくる。


「何か怪しいことをしているな。鉄の塊は何だ?」


 芝刈り機を指さして警戒するハノイに、丁寧にお辞儀をした。


「ハノイ様ちょうど良かったです。少しお庭が綺麗になったのでお茶でもいかが?」


「お茶ぁ?私は騎士候補生だぞ。そんな優雅な」


 と言いつつも、ハノイは綺麗に整えられた芝生と見たこともないほど真っ白なパラソルに興味津々。特等席へ案内した。今回、用意したのはフルーツハーブティーとお供のしっとりバターフィナンシェ。


 お湯を注ぐと透明なティーポットの中で乾燥フルーツが踊り、お茶が鮮やかな琥珀色に染まる。


「……いい香りだ。昨日までの草の匂いがする庭と同じ場所とは思えない」


 ハノイが感心したように呟くのを「お熱いのでお気をつけて」と言葉を添え、お茶を注ぐ。


「これは甘酸っぱいのに後味がすっきりしているな。それにこの焼き菓子。外側は少しサクッとしているのに中は驚くほどジューシーだ」


「バターの海に浸かっているからですよ、ハノイ様」


 心の中では、一個百五十円の高級フィナンシェだもん、美味しいに決まってるよねと感覚で誇らしく思う。


「この場所をどうしたいんだ?貴族の遊びにしては手が込みすぎている」


 真剣な目で問いかけてきたからティーカップを置き、はっきりとした口調で答えた。


「遊びではありません。お腹が空いて泣く子がいない世界がいいんです。孤児院を街で一番、お腹と心が満たされる場所にしたい。私の経営方針です」


 ハノイはしばらく黙ってハーブティーを見つめていたが小さく笑う。


「おとなしい令嬢かと思っていたが、なかなかの欲張りだな。いいだろう、庭の枯れ木くらいは剣の修練がてら片付けてやる」


「まあ!助かりますハノイ様」


 ハノイは照れ隠しのように立ち上がると、木剣を振るって枯れ木を鮮やかに裁断していく。子供たちは「すごい!騎士様だ!」と歓声を上げ、周りを楽しそうに走り回った。


 夕暮れ時、ハノイが帰った後の庭には薪として綺麗に積み上げられた枯れ木と、子供たちの笑い声が残る。デパートのポイントを確認した。庭の満足度とハノイのお手伝いボーナスで、かなりのポイントが貯まっている。


(キッチン全体のフルリフォームができるかも)


 頭の中では最新式のシステムキッチンのカタログがキラキラと輝いていた。ボロ孤児院は一歩ずつ便利さと美味しさに侵食……いやいや、アップグレードされていく。


 今回の目標は孤児院の心臓部であるキッチンの全面改装。


(今のままじゃ、作れる料理に限界がある。もっと火力が安定して、オーブンもあって衛生的な場所が必要)


 デパートの最深部、住宅設備フロアへと意識を飛ばした。貯まったポイントと実家から預かっている運営費を、惜しみなく投入する。


 システムキッチン・アイランド型魔石動力自動洗浄機能付き

 大容量・四扉冷蔵庫チルド室完備

 魔法のオーブンレンジスチーム機能付き

 国産高級黒毛和牛の合い挽き肉三kg

 特製デミグラスソース缶プロ仕様


「実行」


 ルールシカが指を鳴らすと古びたキッチンの床が淡い光に包まれた。埃っぽい木の板は清潔なタイルに変わり、錆びた竈の代わりに鈍い銀色に輝くステンレスの城が現れた。

「……なんだ、これは」


 作業の様子を見に来たガッシュが言葉を失って立ち尽くしていた。目の前にあるのは鏡のように磨き上げられた平らな台と、触れても熱くないのに瞬時に湯を沸かす不思議な円盤。


「新しいキッチン。これからは、もっと色々なものが作れるようになるから」


 自信に満ちた口調で告げた彼女はさっそく、デパートから取り寄せた冷え冷えの挽き肉を取り出す。


(お肉だけで金貨半分くらいしちゃうけど……みんなの笑顔には代えられないね)


 ボウルに肉を入れ、細かく刻んだ飴色の玉ねぎ、パン粉、牛乳、秘密のスパイスを加える。小さな手がリズム良く肉をこねていく。ペチペチと空気を抜く音が清潔なキッチンに響き渡る。

 ちょうどフライパンが熱を帯びた頃、いつものようにハノイが姿を見せると新しくなったキッチンを一目見るなり、あからさまに動揺した。


「魔法使いの領域に手を出したのか?この場所から放たれる気が昨日までとは違いすぎる」


「道具の入れ替えです、ハノイ様。それより、そこに座って待っててくださいな。もうすぐ肉料理が出来上がるから」


 冷静さが混じる。フライパンの上に成形された肉塊が置かれるとジューッという、空腹を刺激する暴力的な音が弾けた。

 表面を香ばしく焼き上げ、仕上げに特製デミグラスソースを投入する。赤ワインの香りがふわりと立ち上がり、濃厚なソースが肉を包み込んでいく。


「匂いに耐え難い。鼻が胃が屈服しそうだ」


 ハノイは騎士の矜持で椅子に深く座り直すが指先はわずかに震えていた。ふっくらと膨らんだハンバーグにナイフを入れた瞬間、中から透明な肉汁が溢れ出してソースと混ざり合うとキラキラと輝く。


「召し上がれ」


 ルールシカの言葉を合図に一斉に口に運ぶ。ガッシュは目を見開き、ハノイは一口食べたまま天を仰いで静止した。


「……信じられん。肉の中に旨味のスープが閉じ込められている。柔らかい料理がこの世にあるのか?」


 ハノイの言葉は重かった。肉料理といえば、硬い干し肉を煮込むか、野鳥を丸焼きにする程度。技術で計算し尽くされたハンバーグは彼らにとって未知の衝撃だった。


「明日もまた美味しいものを作りますね……もちろん、ハノイ様が手伝ってくれるならサービスを増やします」


「分かっている。明日は庭の柵をすべて作り直す予定だ」


 ハノイはソースの一滴までパンで拭い取り、満足げに告げた。様子を眺めながらデパートのポイントがさらに積み上がっていくのを確認。にっこり笑う。

 孤児院は救済施設ではなく、幼女の至高のグルメ空間へと変貌を遂げつつあった。

最後まで読んでくださり感謝です⭐︎の評価をしていただければ幸いです。

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