ロベリア①
ロベリア視点です。
太陽が沈み、周囲がオレンジ色に染まり始めた頃……。
私はお祝い用の料理や飲み物を用意し、ステップでも踏みそうな思いで友達を待っていた……。
友達の名前はマツ……私にとってたった1人の親友……ううん、家族だ。
今日は初めてマツと友達になった”友達記念日”。
毎年私の家でお祝いするこの日を……私は何よりも楽しみにしていた。
ところが……私の思いは家に掛かってきた1本の電話で打ち砕かれた。
『ロベリア、ごめん。 今日の友達記念日は延期してもらえない?』
電話を掛けてきたのはマツだった……彼女の開口一番の言葉を、私は理解することができなかった。
「は? 何を言ってるの?」
『実はフィナが……娘が急に熱を出しちゃって……お医者様が言うには風邪みたいで……処方されたお薬を飲ませて安静にはさせているけれど……』
「それと延期となんの関係があるの!?」
『だから……2、3日くらいはあの子のそばにいてあげたいんだ』
「はぁ!? たかが風邪でしょう!? 大げさじゃない!
娘と言ってももう7歳でしょう!? 何もできない赤ん坊じゃないんだから……放っておけばいいじゃない!
家には使用人だってたくさんいるんだし……その人達に任せておけば済む話じゃない!!」
『”もう”じゃなくて、”まだ”7歳だよ?
万が一ってこともあるし……それに、今日は夫が仕事の都合で帰りが遅いんだ。
人がたくさん付いてくれているとはいえ……やっぱり親がそばにいてあげないと……娘だって心細いと思うの』
「……」
『そういう訳だから……本当にごめんなさい。 記念日はさ、また後日改めて祝おうよ! 私、お菓子とかたくさん持って……』
「……だよ」
『えっ?』
「何がごめんだよ……心にもないことをペラペラと……要するに娘を出しにして、私と会わない口実を作りたいだけでしょう?
それはそうよね……こんな醜い容姿の私と仲良くしてるなんて……人に知られたら恥ずかしいものねぇ……」
『そっそんなこと思ってないよ! ロベリア、どうしちゃったの!?』
「そうよね……私みたいな醜くてつまらない女なんかと一緒にいるより、愛する夫や可愛い娘と過ごした方がずっと楽しいわよねぇ……」
『まっ待ってロベリア! 私、そんなこと思ってない!』
「思ってないなら、記念日を延期しようなんてふざけた言葉は出てこないわよ!!」
『だから……それは娘が……』
「はいはい……娘が心配なのよね。 たかが風邪を引いただけの娘が……心配でたまらないのよねぇ?
娘と比べたら、目ざわりな私との記念日なんて……死ぬほどどうだっていいわよねぇ?」
『どうでもいいなんて思ってない! 私は……』
「いいわよ……だったらその可愛い娘とずっと一緒にいれるように、縁を切ってあげるわ!
もう2度とあんたとは会わないし、口も効かない。
良かったわねぇ……これでうざいゴミカス女の相手をする必要がなくなって、思う存分……家族と過ごせるんだから」
『ロベリア落ち着いて! お願いだから、私の話を聞いて!』
「あんたと話すことなんてもうない! 二度と私に関わるな! この裏切者!!」
私は裏切られた怒りを吐き捨てると同時に、叩きつけるように受話器を置いて電話を切ってやった。
それから何度も電話がかかってきたけど……あの裏切者からの電話だとわかっていたので、電話線を引っこ抜いてやった。
「これでいいんだ……どうせあの女だって、私と縁が切れて良かったって……喜んでいるんだから……」
そう……これで良いはずなんだ……。
でもなんだろう?
この胸を締め付けるような痛みは……。
なんだか……走馬灯のように……蘇ってくる。
私がこの世で唯一信じられた……たった1人の”家族”との思い出が……。
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私の名前はロベリア……。
獣人の男と人間の女の間に生まれた亜人……。
容姿はほとんど人間と変わらないけれど……耳が獣だったり、しっぽが生えていたりと……若干差異はある。
父と母がどういう経緯で見知った関係なのか……結婚しているのか……正直まったく覚えていないし、今となってはどうでもいい。
私は幼少期の頃……老辛症と言う難病にかかった。
症状を簡易的に言うと、実年齢以上に外見が老化していく病気だ。
シワだらけの体……肌のシミ……白髪の多い頭……。
10歳を迎えた頃にはすでに40代後半か、それ以上にまで老けていた。
そのくせ脳は正常だし……乳歯もある……。
要するに……外見は老いていても、内面は子供のままということだ……。
いっそ中身も老いぼれてくれていたら……まだ楽だったかもしれないのに……。
『こんな醜い怪物、私達の子供じゃないわ!』
私が唯一覚えている母のセリフ……顔すら思い出せないのに、全く皮肉なものだ。
そもそも二足歩行で人語を話せるとはいえ……獣相手に子作りするキチガイ女に醜いなんて言われたくはない。
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そして気が付くと……私は全く見覚えのない島の海岸でポツンと1人で立っていた。
あんまり実感は湧かなかったけど……親が私を捨てたという事実はなんとなく頭で理解できた。
とはいえ……愛情を注いでくれた記憶がないためか、不思議と親を恋しくは思わなかった。
金も頼れる人もいない……島の人間達は私の醜い容姿を気味悪がって近づこうともしない。
私は11歳で天涯孤独となり……1人で生きていくしかなかった。
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自然豊かな島なだけあって……あちこちにきれいな川が流れているので、水は豊富にあった。
キノコや野草と言った自然の恵みも……島の本屋で知識を集めることで危険を取り除くことはできたし、漁師が捨てた古い釣り針等で川魚を釣って食べることもできた。
風邪を引いたり、ケガをした時だって……本で得た薬学と森で取った薬草で簡単な薬を調合して、自分で治していた。
自分で言うのもなんだけど……私は私が思っている以上に、知性があるみたいね。
だから他人の力に頼る必要もないし……群れる必要もなかった。
1人でも生きていけるんだから……誰にも迷惑を掛けることもなかったはずなんだ……。
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「おい見ろよ! あそこに”魔物”がいるぞ!」
「相変わらず、汚い顔だな!」
「よくあの容姿で生きていけるわよね~。 私なら鏡を見た瞬間、死ぬわ!」
「化け物! あっちいけ!!」
それなのに……島の同年代の子供は、そんな私を放っておいてくれなかった。
わざわざ森にいる私を見つけ出し、寄ってたかって暴言を吐いてきたり……石を投げつけてきたりする……。
やめてと言ってもやめないし……どれだけ逃げても追いかけて来る。
大人たちも子供達がじゃれあっているだけだと、鼻で笑うだけ……。
追い詰められて思わず反撃したこともあったけど……多勢に無勢で袋叩きにされるのがオチ……。
私にできることは……人の目を忍んでひっそりと生きていくことだけ……。
私は何もしていないのに……私を追い詰めたところで何も得なんてないのに……どうしてこんなことをするの?
いや……きっと理由なんてない。どいつもこいつもクズばかり……。
”誰も私の味方なんてしてくれない……私を守れるのは私だけ……”
いつの頃か、私は常にそう……自分に言い聞かせるようになっていた。
誰も私を認めてなんてくれない……なら、私もあいつらを認めない。
孤独なんて慣れてしまえばどうということもない……むしろ、1人の方が楽だ。
そう……思って、生きてきた。
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ある日……私は森の中で食料を探していた……。
いつもと変わらない……日差しが届かない暗い森の中で1人、生きるための糧を探していた……。
だけどこの日は……いつもと違った。
「こんにちは」
「!!!」
背後から急に聞きなれぬ声を掛けられ、私は反射的に逃げようとした……。
「待って!」
だけど逃げる直前、腕を掴まれてしまった……。
「ごめんなさい……怖がらせるつもりはなかったんですけど……」
声音に悪意や敵意がない……そう感じた私はゆっくりと振り返った。
私の腕を掴んでいたのは……可愛らしい顔をした同い年くらいの少女……この島では見たことがない顔だ……。
「……」
「あっ! ごめんなさい!」
少女は慌てて掴んでいた手を引っ込め、改まるように姿勢を正した。
「初めまして……私、マツと申します。 今年で11歳になります。 あなたのお名前は?」
「……」
「あの……お名前を聞いても良いですか?」
「……ロベリア、11歳」
「ロベリア……良い名前ですね。
それに同い年なんて……偶然ですね!」
自己紹介なんて……生まれて初めてだった。
誰もかれも……私を気味悪がって、近づこうともしなかったから……。
「私……少し前にこの島へ来たんです。
巫女の修行を積むために……」
「巫女の……修行?」
「はい! ロベリアさんはどうしてこの島に?」
私は不思議でたまらなかった。
どうしてこの子は私を澄んだ目で私を見るのだろう?
どうしてこの子は私を気味悪がらないのだろう?
どうしてこの子は普通に話しかけてくるのだろう?
わからない……どうして?
「えっと……」
「あっ! ちょっと待ってください」
マツはおもむろに懐からハンカチを取り出し……。
「失礼……顔に汚れが……」
そう言うと……マツはハンカチで私の顔に付いていた泥をふき取ってくれた。
多分、森で食料を集めている時に付いたんだろうけど……今まで全く気にしたことはなかった……。
「ロベリアさんだって女の子なんですから……身だしなみはきちんとしておかないと……」
「!!!」
泥をふき取ったばかりか……マツは手櫛で軽く髪を整えてくれた。
生まれて初めて……私を年頃の女の子として扱ってくれた……。
温かな彼女の手が……冷たくなっていた私の肌に触れる感触が心地よく感じる……。
「あっありがとう……」
「どういたしまして」
これが……私とマツの……私のたった1人の親友との……初めての出会いだった。
次話はマツ視点です。