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1.迷いの森のラーメン屋

へい、いらっしゃい。

ようこそお運びで。わたくし、今をときめく、なんてぇとちとおこがましいんでございますが、皆様の眠気を覚ます一席を、と心がけております、落語家の創作亭迷道そうさくてい めいどうと申します。

以後、お見知りおきを。


えー、近頃はまことに便利な世の中になりまして。

道に迷うなんてぇことが、とんとなくなりました。

懐に「すまあとふぉん」なる板切れを一つ忍ばせておけば、指先一つで、たちどころに目的地までの道のりを教えてくれる。

右だの左だの、あと何メートルだの、至れり尽くせりでございます。

ですがね、これがかえってよろしくない。

あまりに便利になりすぎちまって、人間様の方が、すっかり道を覚えるってぇことをしなくなっちまった。

機械に頼りっきりで、いざって時にゃ、自分の頭で考えることができやしない。

人生なんてぇものも、同じようなもんでございますな。

進学だ、就職だ、結婚だ、と、世間様が敷いてくれた一本道みたいなものはございますが、いざその道を歩いてみると、「はて、これでよかったのかいな」と、ふと立ち止まってしまう。誰しもが、心の中に「迷い」を抱えている。

ナビが教えてくれるのは、あくまで物理的な道筋だけ。

心の迷いまでは、案内してくれやしません。


さて、そんな「迷い」にまつわるお話。

こいつは、現代の日本じゃございません。

剣と魔法、勇者と魔王が当たり前に存在する、いわゆる「異世界」ってぇところのお話でございます。

ファンタジーなんてぇ言葉がございますが、そこに生きる人々にとっちゃ、それが日常。毎日が冒険でございます。

そんな世界に、一人の、それはそれは見事なまでに道に迷う男がおりました。

男の名はユウタ。職業は、何を隠そう「勇者」でございます。

さあ、本日はこの勇者ユウタが、とあるダンジョンで盛大に道に迷うお話。

題しまして、『迷いの森のラーメン屋』。

しばしのお付き合いを、願います。


◇◆◇


ここは、世界の果てと呼ばれる場所にある「迷いの森」。

その森の奥深く、地の底へ向かって口を開けているのが、「忘却の地下迷宮」でございます。

一度入ったら二度と出られないと噂の、それはそれは恐ろしいダンジョン。

その最深部に、世界を闇に染めようと企む大魔王が居を構えている。

この魔王を討伐すべく、一組のパーティが、今まさにその入り口に立っておりました。


先頭に立つは、輝く聖剣を腰に下げ、伝説の鎧に身を包んだ、我らが勇者ユウタ。

見た目はまことに立派。陽の光を浴びてキラキラと輝く様は、まさしく英雄そのもの。

その後ろに控えますのが、一行の知恵袋、魔法使いのメリッサ。すらりとした立ち姿に、知的な瞳。彼女が詠唱すれば、灼熱の炎も、凍てつく吹雪も思いのままでございます。

そして、しんがりを務めますのが、盗賊のジン。影のように気配を消し、どんな罠も見抜き、どんな鍵でもこじ開ける腕利きの男。皮肉屋で口は悪いが、腕は確かでございます。


この三人、なかなかにバランスの取れた、優秀なパーティに見えますが、一つ、大きな問題を抱えておりました。

それは、リーダーであるはずの勇者ユウタが、致命的なまでの方向音痴だったことでございます。


ジン:「おいユウタ。本当にこっちで合ってんだろうな。入り口の看板には『右へ進め』って書いてあったぞ。」


ジンが、呆れたように言います。

ダンジョンの入り口には、それはご丁寧に「→ こちらが順路」と書かれた看板が立っておりました。

しかし、我らが勇者ユウタは、自信満々に左の道を選んだのでございます。


ユウタ:「ジン、お前はわかってないな。これは魔王が仕掛けた巧妙な罠だ。考えてもみろ。わざわざ『こっちへ来い』と教えているんだぞ。怪しいとは思わないか?こういうのは、裏の裏をかくのが定石なんだ。俺の勇者としての勘が、そう告げている!」


胸を張って、ユウタが力説いたします。

その隣で、魔法使いのメリッサが、やれやれといった風にため息をつきました。


メリッサ:「ユウタ、あなたのその勘、前の村で宿屋を探す時にも働いてたわよね。結局、村の反対側にある馬小屋にたどり着いて、馬に蹴られてたじゃない。」


ユウタ:「うっ…、あ、あれはだな、あの馬が人見知りだっただけで…。とにかく、俺を信じろ!こっちの道の方が、なんだかこう、冒険の匂いがするじゃないか!」


冒険の匂いも何も、ただジメジメとしたカビの匂いがするばかり。

壁からは絶えず水が滴り、足元はぬかるんでおります。

それでもユウタは、松明を片手にズンズンと進んでいく。

ジンとメリッサは、顔を見合わせ、大きなため息をつきながら、その後ろをついていくしかありませんでした。


案の定、でございます。

歩いても歩いても、景色は一向に変わらない。

同じような曲がり角、同じような分かれ道が、延々と続きます。

時折、コウモリの化け物や、巨大なナメクジなんかが現れますが、これはもう手慣れたもの。

ユウタの聖剣が一閃すれ

ば、メリッサの魔法が炸裂すれば、ジンの短剣が翻れば、あっという間に片が付きます。

問題は、戦闘ではございません。


ジン:「おい、ユウタ。もう半日歩いてるぞ。地図はどうなってるんだ。」

ユウタ:「う、うーむ…。おかしいな。この地図によれば、そろそろクリスタルの泉があるはずなんだが…。」


ユウタが広げた羊皮紙の地図。

それは、このダンジョンの構造が描かれているはずの、魔法の地図でございました。

本来ならば、自分たちがいる場所が光って表示されるはずなのですが、なぜか、地図のあちこちが、チカチカと点滅を繰り返しているばかり。


メリッサ:「ユウタ、ちょっとその地図、貸してみて。」


メリッサが地図を受け取った途端、ピタリ、と点滅が止まり、一つの点が、現在地を正確に示しました。


メリッサ:「…やっぱり。ユウタ、あなた、もしかして機械とか魔法道具との相性も悪いの?」

ユウタ:「そ、そんなことはない!たぶん、このダンジョンの魔力が強すぎて、一時的に調子が悪かっただけだ!」


強情を張るユウタから地図を奪い返し、メリッサが先頭に立って歩き始めます。

するとどうでしょう。

今までが嘘のように、道が開けてまいりました。

しばらく進むと、開けた場所に出ます。

そこには、一体の巨大なゴーレムが、腕を組んで鎮座しておりました。


ゴーレム:「…我は、道の番人。ここを通りたければ、我の問いに答えよ。」


地響きのような、厳かな声でございます。

ユウタが、待ってましたとばかりに一歩前に出ました。


ユウタ:「望むところだ!どんな難問でもかかってこい!」

ゴーレム:「…お主、名は?」

ユウタ:「俺は勇者ユウタ!」

ゴーレム:「そうか、勇者か。では問う。…お主、なぜ進む?」

ユウタ:「決まっているだろう!世界の平和を脅かす魔王を討ち、人々を救うためだ!」

ゴーレム:「…ほう。では、魔王を倒した後、お主はどうする?」

ユウタ:「え…?倒した、後…?」


思わぬ問いに、ユウタの言葉が詰まります。

今まで、魔王を倒すことだけを考えて走ってきた。その先の事など、考えたこともなかったからでございます。


ユウタ:「そ、それは…。平和になった世界で、皆と幸せに暮らす…とか…?」

ゴーレム:「…皆、とは誰だ。幸せ、とはなんだ。お主自身の幸せは、どこにある?」


ゴーレムの問いが、ユウタの胸に突き刺さります。

俺の、幸せ…?

勇者として、人々のために戦う。それが当たり前だと思っていた。

だが、もし魔王がいなくなったら?俺は、ただの人だ。剣を振るうしか能のない、方向音痴の男だ。

そんな俺に、何ができる…?

ユウタの心に、じわりと「迷い」が広がってまいります。


ジン:「おいおい、何やってんだユウタ。哲学ごっこは他所でやれ。そいつは、さっさとぶっ倒して先に進むぞ。」


しびれを切らしたジンが短剣を構えますが、メリッサがそれを制しました。


メリッサ:「待って、ジン。これは、力で解決する試練じゃないわ。」


メリッサは、静かにゴーレムに向き直ります。


メリッサ:「番人さん。あなたの問い、私がお答えします。人がなぜ進むのか。それは、未来が見えないからです。未来がわからないから、私たちは自分の足で歩き、自分の目で確かめるしかない。その先に何があるのか、幸せがあるのか、絶望があるのか。それは、進んだ者にしかわからない。だから、私たちは進むのです。」


ゴーレム:「………。」


メリッサの答えに、ゴーレムはしばし沈黙しておりましたが、やがて、重々しく頷きました。


ゴーレム:「…見事。お主たちの道を開こう。だが、勇者よ。覚えておくがいい。道に迷うことよりも、進む理由を見失うことの方が、よほど恐ろしいということを…。」


そう言うと、ゴーレムはゴゴゴ…という音を立てて動き、壁の一部となって、新たな道を作り出しました。

一行は先へ進みますが、ユウタの心は晴れません。

進む理由…。俺は、本当にわかっているのだろうか。

勇者という肩書がなくなったら、俺には何が残るんだ…?

心の迷いは、足取りの迷いにも繋がります。

メリッサが地図を持って先導しているにもかかわらず、ユウタは「いや、こっちの道の方が気になる」だの、「さっき、あっちで物音がした」だのと言っては、一行を混乱させるばかり。


とうとう、仲間内での言い争いが始まってしまいました。


ジン:「いい加減にしろよ、ユウタ!お前のせいで、どれだけ時間を無駄にしたと思ってるんだ!食料だって、もう底をつきかけてるんだぞ!」


ユウタ:「わ、悪かったよ…。でも、俺だってわざとじゃない…。」


メリッサ:「二人とも、やめなさい!こんな所で仲間割れなんて、それこそ魔王の思うつぼよ!」


なだめるメリッサですが、一度こじれた空気は、なかなか元には戻りません。

気まずい沈黙の中、一行はさらにダンジョンの奥深くへと迷い込んでいきました。


◇◆◇


そして、たどり着いたのは、円形の広間。

壁には、寸分違わぬ、全く同じデザインの扉が、ずらりと十枚も並んでおります。


ジン:「…冗談だろ。この中から、たった一つの正解を選べってのか。」


メリッサ:「罠ね…。間違った扉を開ければ、入り口に戻されたり、危険なモンスターの巣に飛ばされたりするんでしょう。」


まさに、絶体絶命。

ここで選択を誤れば、今までの苦労がすべて水の泡でございます。

誰もが、どの扉を選ぶべきか決めかねて、立ち尽くしておりました。

その時、今まで黙り込んでいたユウタが、おもむろに顔を上げました。


ユウタ:「…みんな、すまなかった。俺がリーダー失格だったせいで、こんなことになってしまった。だが、最後にもう一度だけ、俺に賭けてくれないか。」


その目は、いつになく真剣でございます。


ユウタ:「もう、地図も、理屈も関係ない。俺の、俺自身の魂が、どの扉を開けるべきか、告げている気がするんだ。俺の…勇者の勘を、信じてみたい!」

ジン:「まだ言うか、お前は!その勘で、今まで何度ひどい目に遭ったか忘れたのか!」

メリッサ:「…わかったわ、ユウタ。信じる。あなたのその目を、信じてみる。」


メリッサの言葉に、ジンは「ちっ」と舌打ちをしますが、もう何も言いません。

ユウタは、ゆっくりと広間の中央に進み出ると、目を閉じ、深く息を吸い込みました。

そして、パッと目を開くと、一直線に一つの扉へと向かっていきます。

右手から三番目の扉。

ゴクリ、と仲間たちが唾を飲む。

ユウタは、扉の取っ手に、ゆっくりと手をかけました。


ギィィィ…という重い音を立てて、扉が開きます。

その向こうにあったもの。

それは、今までと全く同じ、薄暗く、ジメジメとした通路でございました。


ジン:「…ハズレかよ!!」


ジンが、地面を蹴りつけます。

ユウタは、がっくりと膝から崩れ落ちました。


ユウタ:「…だめだ…。もう、だめだ…。俺には、勇者の資格なんてないんだ…。」


食料も、気力も、そして希望も尽きかけておりました。

もう、ここまでか。

誰もがそう思った、その時でございます。


どこからともなく、ふわり、と、なんとも香ばしい、食欲をそそる匂いが漂ってきたではございませんか。

それは、醤油と、出汁と、焼いた豚の匂い。

腹の虫が、ぐぅ、と鳴ります。


ジン:「…なんだ?この匂い…。」

メリッサ:「幻覚…?いえ、確かに匂いがするわ。」

ユウタ:「…この匂いは…知ってるぞ…。俺の故郷の村の、角にあった…。」


三人は、まるで何かに導かれるように、匂いのする方へと、ふらふらと歩き始めました。

通路を抜けると、そこは少しだけ開けた空間になっており、信じられない光景が広がっておりました。


◇◆◇


なんと、こんなダンジョンの奥深くに、一台の屋台が出ているではございませんか。

赤提灯には、「ラーメン」の三文字。

湯気の向こうでは、ねじり鉢巻をした、いかつい顔の店主が、腕を組んで立っております。

人間じゃありません。緑色の肌に、鋭い牙。魔物の一種、オークでございます。


オーク:「へい、らっしゃい。迷ったのかい、冒険者の兄ちゃんたちよぉ。」


あまりに場違いな光景に、三人は呆然と立ち尽くすばかり。

オークの店主は、ニヤリと牙を剥いて笑いました。


オーク:「ま、なんだ。腹が減っちゃあ戦はできねぇって言うだろ。うちのラーメンは、ちと値が張るが、味は保証するぜ。一杯、どうだい?」


差し出された木の丼から立ち上る湯気と、えもいわれぬ良い香り。

三人は、もはや抗うことなどできませんでした。

無言で頷き、屋台の丸椅子に腰を下ろします。


オーク:「へい、お待ちどう!特製チャーシュー麺、三丁!」


目の前に置かれたラーメンは、それは見事なものでございました。

琥珀色に輝くスープに、きれいに整えられた細麺。その上には、分厚いチャーシュー、味の染みた煮卵、青々としたネギ、そして、渦巻き模様のナルト。

三人は、我を忘れて、そのラーメンにくらいつきました。


ズズズ…ッ!

うまい。

いや、うまいなんてぇ言葉じゃ足りません。

五臓六腑に、じんわりとスープの温かさと旨味が染み渡っていくようでございます。

疲労困憊だった体に、みるみる力がみなぎってくる。

夢中で麺をすすり、スープを飲み干し、チャーシューを頬張る。

あっという間に、丼は空っぽになりました。


ユウタ:「…ぷはーっ!…う、うまかった…。」


ユウタが、涙を浮かべて言います。

それは、空腹が満たされた喜びだけではございません。乾ききっていた心が、潤っていくような感覚でございました。


オーク:「おう、そうかい。そりゃあ、作り甲斐があったってもんだ。」


店主のオークは、満足そうに頷きます。

メリッサが、おずおずと尋ねました。


メリッサ:「あの…失礼ですが、あなたは一体…?なぜ、こんな場所でラーメン屋を?」

オーク:「俺かい?俺は、昔、このダンジョンを造ったドワーフの棟梁に弟子入りしててな。ま、色々あって、今は引退して、こうして悠々自適のラーメン屋稼業ってわけよ。」

ジン:「引退って…あんた、魔王軍の一員じゃなかったのか?」

オーク:「ああ?魔王なんてぇ、青二才のやるこった。俺はもう、世界征服だの、人類滅亡だのには興味がねぇ。それより、うめぇスープの一滴を追求する方が、よっぽど面白いんでな。」


オークは、ふう、と紫煙を吐き出します。

その横顔を見て、ユウタは、思わず、自分の悩みを打ち明けておりました。


ユウタ:「…おっちゃん。俺、道に迷っちまったんだ。このダンジョンでも、そして、俺自身の人生にも…。」


ゴーレムに言われた言葉、仲間とのいさかい、そして、自分の不甲斐なさ。

ユウタは、ぽつり、ぽつりと語り始めました。

オークは、黙ってそれを聞いておりましたが、やがて、ポン、とユウタの肩を叩きました。


オーク:「兄ちゃんよぉ。迷うってのはな、悪いことばかりじゃねえぜ。」

ユウタ:「え…?」

オーク:「考えてもみろや。お前さんたちが道に迷わなきゃ、こうして俺のラーメンに出会うこともなかったわけだ。そうだろ?」


確かに、その通りでございます。

順路通りに進んでいたら、このラーメン屋台にたどり着くことは、決してなかったでしょう。


オーク:「道に迷うのも、人生に迷うのも、理屈は同じこった。初めから決まってる、たった一本の正しい道なんてぇもんは、ありゃ嘘っぱちよ。誰だって、あっちへフラフラ、こっちへフラフラ。壁にぶつかっちゃ、引き返して、また別の道を探す。そうやって、自分だけの地図を描いていくもんじゃねぇのかい。」


オークの言葉が、ユウタの心に、じんわりと染み込んでいきます。


オーク:「大事なのはな、どっちへ進むかじゃねぇ。どっちへ進んでも、腹は減るってことよ。腹が減ったら、飯を食う。泣きたくなったら、泣く。笑いたくなったら、笑う。難しく考えるこたぁねぇんだ。もっと、単純でいいんだよ、人間ってのは。」

ユウタ:「…腹が減ったら、飯を食う…。」


そうだ。俺は、何をそんなに難しく考えていたんだろう。

勇者だから、こうあるべきだ。リーダーだから、しっかりしなきゃいけない。

そんなものに、がんじがらめになっていた。

道に迷ったっていいじゃないか。方向音痴だって、俺は俺だ。

進む理由なんて、後から見つければいい。

今はただ、この最高にうまいラーメンを食えた。それで十分じゃないか。

ユウタの心にあった分厚い霧が、すーっと晴れていくようでございました。


ユウタ:「おっちゃん…。ありがとう。なんだか、すっきりしたよ。」

オーク:「おう。ま、腹が膨れりゃ、大抵の悩みはちっぽけに見えるもんよ。…で、お前さんたち、これからどうするんだい?まだ魔王を倒しに行くってのか?」

ユウタ:「ああ!もちろんだ!…と言いたいところだけど、肝心の魔王の居場所が、さっぱりわからなくてな…。」


ユウタが頭をかくと、オークは、面倒くさそうに言いました。


オーク:「ああ、あいつかい。あいつなら、たまにここへラーメン食いに来るぜ。」

ユウタ・メリッサ・ジン:「「「…えええええっ!?」」」


三人の声が、ダンジョンにこだまします。


オーク:「なんだい、うるせぇな。あいつも、色々あるんだよ。世界征服も、楽じゃねぇらしいぜ。部下は言うこと聞かねぇし、予算は足りねぇし、勇者は攻めてくるしで、ストレスが溜まって仕方ねぇとかなんとか、いつも愚痴ってるよ。」


なんと、あの恐ろしい大魔王が、この屋台の常連だったとは。

しかも、中間管理職みたいな悩みを抱えている。

イメージが、ガラガラと崩れ落ちていきます。


オーク:「確か、次の来店は、明日の晩だったかな。ま、待ち伏せでも何でも、好きにしな。」


こうして、勇者一行は、ダンジョンの奥深くにあるラーメン屋で、魔王を待ち伏せるという、前代未聞の作戦を決行することになったのでございます。


◇◆◇


そして、翌日の晩。

約束通り、一人の男が、のれんをくぐって屋台にやってまいりました。

漆黒のローブを身にまとい、禍々しいオーラを放っておりますが、その表情は、ひどく疲れているように見えます。

まごうことなき、大魔王その人でございました。


魔王:「…親父、やってるか。いつもの、くれるか。」


オーク:「へいよ。お待ちどう。」


魔王が、勇者一行には目もくれず、カウンター席にどかりと腰を下ろし、出されたラーメンを、それはそれは美味そう

にすすり始めました。

ズズズ…ッ。

静寂を破ったのは、ユウタでございます。


ユウタ:「…あのう、魔王さん、ですよね?」

魔王:「…ん?ああ、そうだが。…む、その姿は、勇者か。こんな所で会うとは、奇遇だな。」


魔王は、全く悪びれる様子もなく、麺をすすりながら答えました。

あまりの緊張感のなさに、拍子抜けしてしまいます。


ユウタ:「あ、あの、俺、あなたを倒しに来たんですけど…。」

魔王:「ああ、そうか。ご苦労なこった。だが、すまんな。わしも今、ちょっと取り込んでてな。その話は、このラーメンを食い終わってからでもいいか?」

ジン:「(おい、ユウタ、今がチャンスだ!斬りかかれ!)」

メリッサ:「(待って、ジンの言う通りよ!不意をつけば…!)」


仲間たちが小声でけしかけますが、ユウタは動きません。

目の前で、あまりにも幸せそうにラーメンをすする魔王を見ていると、どうにも、剣を抜く気になれなかったのでございます。


やがて、ラーメンを食べ終えた魔王は、ぷはー、と満足げなため息をつきました。


魔王:「…うむ、やはりここのラーメンは絶品だ。生き返るわい。」


そして、ようやくユウタの方に向き直ります。


魔王:「さて、勇者よ。それで、わしを倒してどうするのだ?」


どこかで聞いたようなセリフでございます。


ユウタ:「ええと、それは、世界の平和を…。」

魔王:「平和、か。…実はな、勇者よ。わしも最近、少し迷っておってな。」

ユウタ:「…迷い、ですか?」

魔王:「うむ。このまま世界征服の道を進むべきか、それとも、いっそ、こんな面倒なことは全部やめて、どこか静かな場所で、のんびりと暮らすべきか…。わしの人生、このままでよいのか、とな。」


なんと、魔王もまた、自らの道に「迷って」いたのでございます。

それを聞いたユウタは、思わず、大きく頷いておりました。


ユウタ:「わかります!その気持ち、すっごくわかりますよ、魔王さん!俺も、勇者をこのまま続けていいのか、ずっと迷ってたんです!」

魔王:「おお、そうか!お主もか!」


勇者と魔王は、互いの肩をがっしりと掴み合いました。

道に迷う者同士、通じ合うものがあったのでございます。


オーク:「へいへい、そこの迷えるお二人さんよぉ。話が長くなるなら、替え玉でも頼むかい?」


その言葉に、ユウタと魔王は、顔を見合わせて、ニヤリと笑いました。


ユウタ:「こうして俺は、魔王を倒すのをやめました。そして、何を思ったか、このダンジョンで、魔王と一緒にラーメン屋を始めることになっちまったんでございます。」


メリッサとジンは、呆れてものが言えませんでしたが、オークの親父が出してくれたまかないのラーメンが、あまりにも美味かったので、まあいいか、という気分になったそうで。


勇者ユウタが、魔王と肩を並べて、威勢よく声を張り上げます。


ユウタ:「へい、らっしゃい!迷いの森のラーメン屋へようこそ!道に迷った方も、人生に迷った方も、うちのラーメンを食えば、明日への道が見つかるかもしれませんぜ!」


魔王:「うむ!ちなみに、本日の日替わりトッピングは、わしが育てた『地獄茸』だ!辛いが、やみつきになるぞ!」


世界を救う道には盛大に迷っちまったが、おかげで、天職という、自分だけの道を見つけることができた。

まさに、人生、何が幸いするか、わからねぇもんでございます。


…なんてぇ一席でございました。

えー、皆様も、何かに行き詰まった時には、難しいことを考えるのは一旦やめて、温かいラーメンでも一杯、すすってみてはいかがでしょうか。

案外、答えは、その丼の底に沈んでいるかもしれませんぜ。


お後が、よろしいようで。

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