5 唐突に化学の勉強
部屋でひとり、魔法の練習をしていた。
手元にはベンゼン環の魔法陣が…。
ベンゼンか、…ざっと言えば炭素原子が六つ(あと水素も6つ)、くっついて輪っかを作っている状態の物質。
炭素は輪っかが大好きで、よく環になるので省略記号、(ほぼただの六角形)がよく使われるのだが…。
聞いてないって、六角形の魔法陣とかありそうで気が付かなかったんだって…。
それから、天の声らしき物なしに、インベントリを開くことができるようになっていた。
〈【インベントリ】
水:H,O
空気:N,O,Ar,C
石英:O,Si 〉
〈元素がアンロックされています〉
あぁ、思いっきり書いてある。
〈元素〉って書いてある…。
コレ、詰んで無いよね?
化学で魔法を作れって言われてるようなもんだよね?
…いや、まだ決めつけるのは早い。
恐る恐る、インベントリのOとHを選択した。
〈H₂O生成できます。
H₂O₂生成できます。 〉
あ、悟りました。
インベントリさん私の知らない化合物を出さないでください。
H₂O₂…?
なんか見たことないようなあるようなやつだな
〈H₂O₂ 過酸化水素 〉
うぉっ、詳細が見れた。
いや、この先が知りたいんじゃん。
…名前は分かったよ?でもコイツは一体なんなの?
過酸化とか、怖そう…こんなの間違えて作ったらどうすんのさ。
〈生成できます〉
いやいや、しないしない!
怖いよコレ、名前からして。
生成するなら水です!水!
〈H₂O 水 〉
そう、コレだよコレ。
なんて安心する響きなんでしょう…水。
コレなら大丈夫…いや、入れ物がないな…。
…外にでも行くか。
オキシアの家の庭はとにかくデカい…ので…。
まぁ、端っこの方で水作るくらいならなんの問題もないはずだ…よね?
そうそう、水を生成!
〈H₂O 生成します〉
手をかざすと、手の上に水の球体ができた。
丁度この水晶くらい…ん?
なんか、水晶…割れてね?
あ、水が…ない。
ヤバい…ちょっとインベントリ!
〈【インベントリ】
水晶:O,Si
空気:N,O, H,Ar,C 〉
…水の欄が消えてる。
コレ、水晶の中の水だったのか…。
まて、ということは…。
今私は、水晶の中の水を使って、ここの水球を作ったというわけ?
え、流石にバカすぎない?私?
空気中の物を選択できたのに?
…どうするよコレ…割れちゃったじゃん水晶…。
軍服の人に怒られる…!
「カルビンちゃん?ちょと来て!」
ん?
オキシアが遠くから呼んでいる。
今度はなんだろう…。
「ウラノ先輩に呼ばれてるの!魔法の調子はどうかってね。あの、教会で会った人だよ!」
教会で会った人…?
それってあの軍服の黄色い色い目の…この水晶をくれた人じゃない!
…どうしよう。
…怖いが、いかないわけにはいかないだろう。
学校の教会にやって来た。
…木材の臭いがする。
本来なら神父さんがいるはずの場所に、あの軍服の人はいた。
軍服は、その蛍光色気味の黄色い目で、私を見ると、スッとこちらへ近づいた。
「…。来たか。」
…とりあえず、欠けた水晶は首からさげてきた。
中の水は消えてしまっていて、よく見れば壊れたことはわかるのだが…。
軍服は、オキシアに二人きりにさせろ的なことを言った。
…オキシアは去った。
緊張してきた…。
「君、魔法の調子はどうかね。その水晶は役に立ったかな?」
「…はい」
私は、大きく頷いてみた。
軍服の人が水晶を見ている。
バレる…!
ん?…軍服は気づかないようだ。
そのまま、話を続ける。
「それより、防衛隊のメンバーに聞いたんだけど、君…防衛隊のニトロ君のところにいたんだって?」
軍服は、威圧的に言った。
ニトロ君…あのトリプルテールの先輩か。
「どうしてだ?どうしてそんな勝手なことをする!」
え。
もしかして、まずいことだったのですか?
「まずは、私のところへ、来るべきではないのか!」
すみません、許可制だったのですか…。
ニトロ先輩の方は何も言わなかったのですが…。
…私はひとり、頭の中で謝った。
「君は、あの街の外の森の奥に行きたくないのか?キミカ国の民は皆、一度は憧れるはずではないのか?君のような素質のある奴ならいつでも大歓迎なのだぞ?…あぁ、君は記憶喪失か何かだったっけ…。どうやら、それは本当のようだな、私のことを知らないんだから…。」
なんて早口だ、私は少し驚いた。
この人が、そんなこと言うのか…。
軍服の人は呆れたように言ったのだが、コレって…、嫉妬だよね?
「いいか?私はウラノだ!開拓者のリーダーだ!この先、私の許可無しで他のチームの見学に行くことを禁止する!」
ウラノ先輩は、そう怒鳴った。
…先輩、顔が真っ赤ですよ。
「明日、朝一で開拓者のメンバーがここに集まる、君も来たまえ。一週間の遠征に連れて行ってやるんだ、喜ぶんだな。」
…え。
先輩、そんな勝手な事していいんですか?
それと…いつになったら学校に行けるのだろうか?
手続きとかで時間がかかるってレベルじゃない。
そのあと、ウラノ先輩はこの学校について大雑把に説明してくれた。
なるほど。
…ここの学校は、教会と一緒になっている。
ここまでは、私も見れば分かった。
が、ここの独特なところは、実はコレだけではなかった。
厳密には違うのだが、この学校周辺には多くの学生が集まり、学園都市のような物が形成されている。
キミカ国の優秀な魔法使いが、この学校に集まり、学生以外の周辺の住民もここの教会に集まる。
ここの学校は、この街の役所と化していたのだ。
そんなキミカ国立魔法高等学校。
ここに、キミカ国公認の軍隊的団体があるみたいだ。
それが、防衛隊と開拓者。
前に会ったニトロ先輩は防衛隊のリーダー。
そして、今目の前にいるのが、開拓者リーダーのウラノ先輩。
開拓者は、この街の、いやこの国の外に出て、荒廃した遺跡のような物、おそらく廃墟を探索する仕事をしている。
外の世界は…防衛隊が守ってくれているより外の世界では、危険な化け物がゴロゴロいる。
そんな場所に、私達は新たな土地と人を求めて探索しているのだそうだ。
実は、ニトロ先輩も、ウラノ先輩もここの卒業生らしい。
優秀な、人は卒業した後も、ここの軍隊に残れるのだそうだ…体力のあるうちなら。
…ということをウラノ先輩は言った。
「ここの外には、かって存在した国やその建物の遺跡がゴロゴロしている、君…きっと楽しめるはずさ。」
ウラノ先輩は最後にそう言うと、どこかへ行ってしまった。
私は情報量の多さに疲れ、オキシアの家に帰った。
早くやすみたいのだが、今オキシアからいろいろ質問されている。
「ねぇ、ウラノ先輩ってやはり怖い人なの?私あまり関わらないからわからないや。」
オキシアは防衛隊のメンバーなのだ。
そういえば、初めてオキシアと会った時、オキシアは仕事中だったのか。
「んー、怖いのかな?話してる感じ、ニトロ先輩と似た何かを感じた気がするな。」
私は答えた。
ウラノ先輩はどんな魔法を使うのだろう…?
やはり、爆発系?
…そんな感じでオキシアと少し話した後、私は部屋に戻った。
机に座る。
机の上には、酷い形の文字の書かれた紙が何枚か置いてある。
少し前に練習したやつだ。
…学校に行かないのなら、文字は読めるだけでいいのでは?
そんなことを考えながらも、私は久しぶりに文字の練習をすることにした。
『相変わらず酷い字だね』
あぁ、空耳が聞こえるようになってしまったようだ。
そんなこと、言われなくても分かっているのに…。
『今の君はさ、もっと他の勉強も必要じゃないかな?』
ん?他の勉強?
そんなこと、私は考えてないぞ?
空耳が、適当なことを言い始めるだなんて、勘弁して欲しいんだが。
『聞こえてるでしょ?ねぇ、こっち見てよ?』
空耳が、(こっち見ろ)とはなんだ。
今は、字を書くのに忙しいんだ。
ん、待てよ…どっち見ろだって?
…声は後ろから聞こえる、ような。
とりあえず、振り返ってみた。
『やあ、目があったね!』
目…。目なんてないんですけど?
後ろには、白い半透明の箱…おそらく私の頭よりは小さいくらいの箱が、フワフワ浮いていた。
何コレ?
『やあ、君!さっきはよくも壊してくれたね?忘れてるようだから言うよ?私は君が首から下げている水晶さ!』
ちょっと、何を言っているかわからない。
『あれ?わかんない?僕はね、この水晶の妖精ってわけ。君が割った水晶のね?』
妖精?
この世界にそんな概念があるのか…いや魔法があるんだしあってもいいか…?
『君の魔法をね、手伝う妖精さ!』
ブォン
白い半透明の箱がそう言うと、私の目の前にはあのベンゼン環の魔法陣が現れた。
『あれれ、まだわからないか?』
〈【インベントリ】
水晶:O,Si
空気:N,O,Ar,C 〉
突然インベントリが現れる。
…あ、この声。
最初にインベントリを出した時の…。
『気づいた?うんうん、気付いたみたいだね!』
箱は空中でぴょんぴょん飛び跳ねている。
…この状態を理解するのには、かなりの時間がかかりそうだ。
『そうそう、君は残念ながら化学が得意ではなさそうだからね、この僕が魔法のアシスタントをするよ?』
…?それはつまり。
『つまりはね、君の魔法に必要な化学の知識を教えてあげる…ということだね!』
…?
あーそういうことね、君が私の先生に…はぇ?
キミカ国。正式にはキミカ王国。
人々は、国と街を区別しておらず、ほぼほぼ都市国家のような認識である。
国の中枢は、国王のいる城だけだという人もいれば、城と、あの魔法学校の2つだという人もいる。