第十八話:脱出!からの…?
「ちょっとアレクシス様!早く早くーっ!」
私はアレクシス様の手をぎゅっと握って、崩れ落ちる地下祭壇の螺旋階段を猛ダッシュで駆け上がっていた。背後からは、建物の骨組みが軋み、岩盤が砕け散るドッカンバッカンとすさまじい音が響いてる。まるで、夏休みに友達と行ったお化け屋敷のラスト、めちゃくちゃ怖いオバケに追いかけられてる時みたいな。いや、アレより百倍リアルだし、マジで命がけのやつ!
アレクシス様も普段の隙のない王子様オーラはどこへやら、砂埃とすすで前髪は乱れてるし、端正な顔立ちも汚れてるけど、私を離すまいと必死で手を引いてくれてる。その手のひらの骨ばった感触と温かさに、胸の奥がきゅんとなる。こんな状況なのに、不謹慎かな…なんて、走りながらも思ってしまう。
「リゼット、足を滑らせるな!もう少しだ!」
彼の声も少し息が上がってるけど、その響きは力強くて、凍りつきそうな心を温めてくれる。私を信じてくれたあの瞬間から、アレクシス様、すごく頼もしくなった気がする。いや、元々頼もしいんだけど、なんていうか…その、物理的な距離だけじゃなく、心の距離まで縮まった?みたいな? 私の頬が、わずかに熱を持つ。
頭上からゴロゴロと大きな岩が落ちてきて、間一髪で避ける。崩れる壁の向こうに、さっきまで宰相たちが儀式をしていた祭壇の部屋が見え隠れする。**黒曜石の祭壇は、まるで巨人の心臓が破裂したかのように、中央から大きくひび割れ、そこから青白い光と黒い靄が混じり合って噴き出していた。**うわぁ、これ、本当にゲームの世界みたいだ。こんな展開、まさか私の身に起こるとは思わなかったよ。普通に学校行って、錬金術の研究して、時々お菓子作って、アレクシス様のイケメンっぷりにひそかにキュンキュンしてるだけの日々が、一瞬でぶっ飛んだ。
「てゆーかあの宰相、まじありえないんですけど!超イケメンの王子様を呪い殺そうとするなんて、神経疑うわ!」
息を切らしながら私が言うと、アレクシス様はフッと短く息を吐いた。怒ってる?それとも、呆れてる?
「ああ、まったくその通りだ。あんな男に長年欺かれていたとは…不覚だった」
(父上も、きっと悔しい思いをしているだろう。いや、それ以上に…俺への期待を裏切られたと、失望しているかもしれない。王太子としての、俺の未熟さゆえの過ちだ…!)
彼の表情に、一瞬だけ自責の念がよぎる。でもすぐに、力強い眼差しで私を見た。
「でも、アレクシス様がいなかったら、私、『月の涙』使えなかったもん!アレクシス様がカッコよく時間稼ぎしてくれたからだよ!」
振り返ってそう言うと、アレクシス様は少しだけ目を見開いて、それから苦笑いした。
「そうだな。君がいなければ、私もここで終わっていた」
なんか、二人だけの秘密が増えたみたいで、ちょっとドキドキする。命がけの秘密だけど。まるで、放課後の教室で、誰にも言えない秘密を共有する親友みたいだ。
やっとのことで螺旋階段を駆け上がりきると、目の前には薄暗い通路が続いていた。地下の空気に澱みがなくなり、わずかに土と湿った植物の匂いがする。どうやら、祭壇の部屋から別の場所に出たみたいだ。
「やったー!脱出成功!…って、うわっ!?」
安心したのも束の間、通路の奥からガサガサと物音が聞こえてきた。嫌な予感がする。洞窟の湿った地面に、引きずるような音。
「まさか、まだいるのか…!?」
アレクシス様が腰の月鋼の剣を抜き、青白い光を帯びた刃を構える。私も錬金術の道具が入ったポーチをぎゅっと握りしめる。もはや錬金術師の私にとって、ポーチは制服のリボンと同じくらい安心するお守りだ。中には、**いざという時のための簡易的な煙玉とか、催涙ガス(試作品)**とか、色々入ってる。
暗闇から現れたのは…フードの男たち!? しかも、なんだかフラフラしてるし、変なうめき声上げてるし、目が血のように赤く光ってる!? 彼らのローブは破れ、ところどころから異様な変色を遂げた皮膚が覗いている。
「な、なんか、ゾンビみたいなんですけど!?」
「おそらく、祭壇の暴走の影響で、彼らの体に宿っていた負の魔力が暴走したのだろう。自我を失い、本能的な憎悪に駆られているようだ」
アレクシス様が冷静に分析するけど、ゾンビはゾンビだ。怖いものは怖い。(え、マジでゾンビなの!?こんなファンタジー展開、あり!?)
「リゼット、走れるか!」
「はいっ!」
私達は再び走り出した。今度はゾンビ化したフードの男たちに追いかけられながら。後ろから聞こえる呻き声と、彼らが通路の壁にぶつかる鈍い音。マジで勘弁してほしい。今日の夜ご飯、美味しいもの食べたいなぁ…**学園の食堂の特製オムライスとか、学園近くのカフェのパンケーキとか…**なんて、現実逃避しちゃいそうになる。
幸い、彼らは動きが鈍い。アレクシス様が時々剣で牽制し、そのたびに**「グアァ…」**と苦しげな声を上げて怯む。私たちはなんとか通路を突破し、ついに外の空気を感じられる場所に出た。
「はぁ…はぁ…外だ…!」
薄暗い洞窟のような場所を抜けると、目の前には星が瞬く夜空が広がっていた。冷たい夜風が火照った頬を撫でていく。**満月が煌々と輝いていて、それがまるで私達の無事を祝福してくれているみたいだ。**山の木々のざわめき、虫の音が、生きている世界の音だと実感させてくれる。
「よし、このまま城に戻るぞ、リゼット」
アレクシス様が私の顔を見て微笑んだ。その笑顔は、さっきまでの緊張感とは打って変わって、いつもの爽やかイケメン王子様に戻ってた。汗で額に張り付いた髪を指で払う仕草まで、絵になる。
でも、安心したのも束の間。
私達の目の前に、突如として漆黒の影が舞い降りてきた。それは、**教会の壁画に描かれた悪魔にも似た、巨大な翼を持つ異形の存在。**その翼からは、瘴気にも似た黒い霧が立ち上り、周囲の木々を枯らしていく。宰相が祭壇で召喚しようとしていた「大いなる厄災様」とやらに、不気味なほどそっくりな姿だった。
「ひぃっ!?」
思わずアレクシス様の背中に隠れる。体から力が抜けそうになるのを、必死でこらえる。
そして、その異形の背中から、ゆっくりと降りてきたのは…ボロボロの黒いローブをまとい、顔は煤で汚れてはいるものの、間違いなくあの宰相だった。彼のローブの下から見える素肌は、魔力の影響か、不気味な黒い紋様が浮かび上がっている。
「…よくも、よくも私の長きにわたる計画を…!この国の千年にも及ぶ停滞を打ち破り、新たなる秩序を築くための、私の悲願を…!許さんぞ、リゼット!そして、アレクシス!お前たちだけは、絶対に生きてここから帰さん!」
宰相の目は、狂気に満ちた赤黒い光を放っていた。その言葉は、まるで地獄の底から響く呪詛のようだ。そして、その手に握られているのは…あの冒涜的な黒い日誌! それが、宰相の血と狂気を吸い上げて、不気味に脈動しているように見える。
(まさか…宰相が、あの厄災様をここまで召喚してしまったというのか!?いや、もしかしたら…宰相自身が、厄災様に取り憑かれてしまっている…?)
「…っ、宰相、貴様…まだ生きていたのか!」
アレクシス様が剣を構え、私を庇うように一歩前に出る。彼の背中が、どんな時でも私を守ろうとしてくれているのがわかる。
絶体絶命のピンチ。夜風が頬を打ち、恐怖で全身が震える。でも、私はもう、逃げ出したりしない。
私達は、この状況をどう切り抜ければいいんだろう。
第十九話へ続く