99 あーん
「あ、あそこ座れそうじゃないか?」
その後二人は共に座れる場所を探し、少し屋台から離れたところにベンチを発見した。
「いいね。あそこ座ろっ!」
それを見た佳奈美は、軽い足取りでベンチに直行した。もちろん手を繋いでいるので、柊も後ろから着いて行った。
ベンチに腰をかけ、安全のために一旦佳奈美と手を離す。
「え…?どうして離すの…?」
その時彼女からは不満そうな顔をされたが、こればかりは仕方がないと説明をする。
「片手塞がってたら食べれないだろ?」
今回こうして座れる場所を探したのは、佳奈美が抱えている食べ物を一度食べ切るためだ。だから彼女が食べるためには両手を開けさせてあげる必要があると考えたのだが、どうやら不満な様子だった。
「そうじゃなくて…!その…食べさせてくれたらいいのに…」
「っ!!??」
おいおいオイオイ。こんな公共の場でイチャイチャしようとしてるよこの人。ドンとこいだよ。
「そ、そうだったな…。俺が食べさせてあげればいいのか…」
つまり、あーんをしろということ。これまたドキドキするようなことを要求されてしまった。
そしてもう承認してしまったのでこのイチャイチャを回避することはできない。つまり、そっと手を繋ぐということ。
「「……」」
こちらが手に触れると、向こうも察して手を繋いでくれた。もちろん恋人繋ぎだ。
そして佳奈美から食べ物を受け取り、まず何を食べるか問う。
「えと…何から食べる?色々あるけど」
「じゃあ…たこ焼きからお願い」
「ああ」
少し考えた末に、こちらが食べさせやすいものを選んでくれた。ここでも彼女の優しさが垣間見えて心が温かくなるようにも感じたが、今はそれよりも食べさせることに集中せねば。
柊はたこ焼きを爪楊枝で一つ取り、片手で彼女の口元まで持っていく。
「あ、あーん…」
「あ〜ん…ん!!おいひい♪」
「そ、それはよかったよ…」
頬を抑えながら美味しそうに頬張る。
よし可愛いぞ。いやそうじゃなくて。
なんか、すごく見られてる気がするんですけど。いくら屋台から少し離れているとはいえ、やはり人通りは多い。そしてベンチの場所的に、屋台に向かっていたらほぼ確実に目に入る場所でイチャイチャしているのだ。
つまり、すごく恥ずかしいということだ。
「…なあ、やっぱこれやめないか?」
「なんで?」
「だってほら…めっちゃ見られてるぞ俺ら…」
「ん〜…そうだね。見られてるね」
そこでようやく視線に気付いたらしい。だが彼女は全く恥ずかしがったりせず、先程と同じような目を向けてくる。
「それよりさ、もう一口頂戴?♡」
「話聞いてた?」
「うん…?聞いてたけど?」
「…」
あーなるほど、周り見えなくなってる感じね。
普段の佳奈美なら恥ずかしがりそうな場面であるが、なぜか堂々としている。つまり彼女はハイテンションになっているのだろう。ついつい気分が上がっちゃって何が恥ずかしいのかがわからなくなってるのかも。
「はーやーく、食べさせて?」
「…っ」
こんなに可愛い顔でねだられては流石に拒否することもできず、渋々たこ焼きをもう一つあーんしてあげる。
「…」
「あ〜ん…やっはりおいひい〜♪柊も食べる?」
「え!?いや…俺は別に…」
突然の提案だが、恥ずかしいので丁重にお断りした。
でもその程度では佳奈美が諦めてくれるはずがなく。
「ううん!柊もお腹空いてるでしょ?だからはい!あーん!」
膝に置いていたたこ焼きを取り上げ、爪楊枝を駆使してそれを口元まで運んでくる。
もうここまでくると断ることはできない。柊は仕方なく口を開いた。
「あ、あ〜ん…」
「どう?」
「ん…美味しいな…」
「そう!?やっぱりそうだよね〜」
口元も熱いが、それよりも顔が熱い。多分、かなり赤くなっているだろう。
もうキスもしているくせに随分初々しいものだ。まあでも、一人はそれぞれのペースがある。あの時は人がいなかったからキスもできたが、周りに人がいるとこういう小さなスキンシップですら恥ずかしく感じる。
心を許した相手以外がいると心が落ち着かないということだ。逆に言えば、心を許した相手だけを見れば割と大胆になれると考えることもできる。
「なあ、佳奈美」
「ん?あ、もしかしてもう一口欲しい?」
「そうじゃなくて」
もう、彼女に夢中になってしまえばいいんじゃないか。すでに向こうはこちらのことだけを見てくれているのだから、こちらも彼女のことだけを見ることにしよう。
そう考えた柊は、視線を佳奈美の顔に集中させて強制的に周りが見えないようにした。
「今度は俺があーんしてあげるよ」
「そう?ふふ、ようやく乗り気になってきたね♪」
「ああ。俺はずっと佳奈美に夢中だ」
「そ、そうなんだ…ありがとう。でもその、ちょっと顔怖いよ…?」
「気にするな」
佳奈美に夢中なのはわかるが、凝視して怖がらせるのはよくない。それは頭ではわかっているが、顔は思うように動いてくれない。そのまま今度は綿飴を取り出し、彼女の口元に運んだ。
「ほら、あーん」
「あ、あ〜ん…」
やはり少しビビらせてしまっている。
だが直後に綺麗な笑顔を向けてくる。
「ん!?何コレ!?変な味する!!」
「どんな味なんだ?」
「甘くて美味しいんだけど…食べたことがない味なんだ。イチゴみたいなリンゴ?みたいな?」
「ん…難しいな。俺も食べていいか?」
「うん、いいよ」
しれっと間接キスを交わす。
「ん…なるほどな。確かにコレは食べたことがない感じだな。マツタケみたいなタケノコ?みたいな?」
「そ、そうなの…?」
相変わらず理解不能なことを言っている。これで彼女を笑わせれたらいいが、困惑されてしまっている。
まだ佳奈美にお笑いは早いか。でもまあ、時間はいくらでもあるからこれから教えていこう。




