136 勝手なことはしないで
「で、今日に至ると」
「はい」
佳奈美が競技から帰って来て褒め褒めタイムに入った瞬間、花音は突然昨日の出来事を話して来た。
そして柊はこう思った。
「いや何勝手なことしてんの???」
一切承諾した記憶のない情報が出て来て困惑した。しかしそれに花音は対抗してくる。
「勝手に約束したのは悪いと思っています。しかしこの勝負は私たちのやる気を掻き立てるための大事な要素なんです」
「勝手に人の自由を賭けないで欲しいんだけど」
全くもってその通り。
勝った方は柊のことを一日中自由にしていいし、何なら柊は何でも言うことを聞いてくれるという約束を彼女らは本人の確認もせず勝手にしているのだ。これには流石の柊も怒りが湧いて来て、流石に強く言っておくべきだと口を開く。
「俺にだって人権はあるんだ。流石に俺の自由を勝手に取り引きされるのはちょっと許せないというか、あり得ないというか」
色々強引なことをしてくる人たちだと思ってはいたが、ここまでだとは思っていなかった。でもこれも良い機会だし、ちゃんと常識というものを理解してもらおう。
そう考えて柊は口調を強くして二人に説教をしようとするのだが、そこで柊の可愛い可愛い彼女が頭を下げて来た。
「ごめんね …!柊の言う通りだよ…。柊だってやりたいこととかたくさんあるのに、それを無視して私たちの言いなりにしようとするなんて…。私、最低だね…」
佳奈美の言っていることは間違いではない。そんな行為が許される世界ではないのだ。
でも何だろう?この胸を突き刺すような痛みは。
心臓が停止しそうなぐらいのこの寒気は、一体何なんだ。
【私、最低だね…】
そう言いながら本気で申し訳なさそうにする彼女の表情が、目線が、振る舞いが、脳から離れない。
(何やってんだ、俺…)
今も申し訳なさそうに本気で頭を下げる彼女。しかしそんなことをする佳奈美の姿は、柊が望んでいるものとは全く違っていて。
(大事にするって決めた彼女にこんな顔させるなんて…最低なのは俺だろ…!)
その時、柊の心の奥にある信念が大きく鼓動を始めた。悩む暇はない。すぐに立ち上がれた、その鼓動が告げる。
そして即座に、佳奈美に言葉をかける。
「顔を上げてくれ…。佳奈美には、そんな顔をしてほしくないんだ…」
佳奈美の、優しくて温かいところが好きだ。
彼女の、感情変化が激しくて時に暴走してしまうところが好きだ。
愛する人の、明るくて眩しい笑顔が大好きだ。
柊は佳奈美のそういうところに惚れたのだ。しかし今はどうだろう?こちらのせいで申し訳そうな顔をするどころか、自分を最低とまで卑下してしまっている。
そんな彼女の姿を見るために付き合っているのか?無論違う。
彼女がもっと幸せで、もっと笑っていられるようにしてあげたくて彼女と交際している。
だかこんなことをしてしまった今、柊の胸には申し訳ないなどという言葉とは比にならないぐらいの謝罪の気持ちが湧いていた。
「こっちこそごめんな…。流石に言い過ぎだよな…。佳奈美にはそんな顔してほしくない…」
咄嗟に本音を漏らす。そうすれば彼女の表情が少しでも明るくなると思ったから。
期待を込めて顔を前に向けてみると、そこにはいつものように綺麗な笑顔を浮かべる女の子がいた。
「ありがとう」
さっきのことなんかなかったかのように、太陽のような眩しい笑顔を向けてくる。そんなことされると、こっちの申し訳ない気持ちすら消えていくようだ。
「…こちらこそ、ありがとう」
気づけば小さく笑っていた。
「うん!」
「では、さっきの話はどうしますか?」
「あ〜…まあ、いいよ。勝負、やろうか」
「!!??いいんですか!?」
「無理しなくて良いんだよ!?」
「まあ何でもっていうのは考えさせて欲しいな。せめて出来る範囲で何でもとかで頼む」
「!!ありがとうございます!!」
急にいつもみたいな顔に戻る花音。目がキラキラしていて柊大好きオーラが全開になっている。
だがしかし、それはもう片方にいる彼女も同じだった。
「絶対に負けません…!」
佳奈美もなぜかすごく燃えている。そんなに独占したいんだろうか。
まあ、したいんだろうな。二人とも愛が重いタイプだし。
でもこうやって愛されているうちはきっと幸せなんだろうと、二人の勝負の顔を見て思った。




