122 美味そうだな
「……」
柊は今、自分の中の獣と闘っていた。
(食べすぎるな食べすぎるな食べすぎるな食べすぎるな…)
目の前にある肉に対し、息を荒くしながらただ眺め続ける。
しかし身体は欲望に忠実で気付かぬ間にヨダレが垂れ始めていて、さらに目が完全にキマっていた。こんな明らかに普段とは違う様子に流石に彼女は気がつき、こちらに声をかけてくる。
「柊?大丈夫?」
頭の上に?を浮かべながら心配してくれるのは、愛しの彼女の佳奈美だった。彼女がこちらの身を案じてくれているのだから冷静になって普段通りだという事を伝えなければならないのだが、今日はなぜかそれができなかった。
「美味そうだな…」
「え!!!??」
つい佳奈美の方を見ながら言ってしまった。本当は肉が食べたいだけなのに。いやでも実際佳奈美は美味しそうだ。
…こんな思考になっている時点で冷静ではない。
流石にそのことは周りの人たちも気づき、特に花音に至っては面白そうに笑っていた。
「ふふふ、もしかして佳奈美ちゃんを食べるんですか?」
「え!?そうなの!?」
「…」
佳奈美は顔を真っ赤にしながら驚いている。そんな姿も可愛くて食べてしまいたいと思ったりもするが、それよりもこの肉の匂いが強烈すぎて何も言えなくなる。
「柊くんって意外と積極的なのね」
「ああ。話した時は奥手で佳奈美が苦労するのではないかと思ったりもしたが、案外逆のようだな」
元生徒会長や現生徒会長には関心の目を向けられる。
しかし当然この状況をあり得ないものを見る目で見てくる人もいるわけで。
「あわわわわ、神庭くん大胆すぎない!?」
ウブな乙女である朱那という女の子はこの衝撃的な光景を見て感情を大きく揺らしていた。
「こんなところで佳奈美ちゃんを食べちゃうなんてそんなのダメだよ流石にそういうことは二人きりでしかも屋内でするべきだよというかそもそもそういうことは結婚してからするべきであって高校生の私たちには早すぎるよせめてちゃんと__」
「一旦落ち着きましょうか!じゃないとあなたが大変なことになるわよ!」
顔を赤くして早口でいろんな事を語ってくれたが、ヤバくなる前に麗沙が止めに入ってくれた。するとそこで彼女は自分を取り戻し、何をしていたのか思い出し始めた。
「え…??私、何を…」
「何も無かったですよ。あなたはただお肉を焼いていただけです」
全てを思い出して恥ずかしい思いをさせないよう、生徒会の最年長である桜花が軽く嘘をついてあげている。
てかそんなことができるタイプなんだな。見た目がアニメの風紀委員長すぎるから今度呼び出したりするのかと思った。人は見かけによらないものだ。
というのはどうでもよく、とりあえずいい加減肉を食わせて欲しいものだ。
「…肉、食いたいなぁ…」
「え?」
「肉、もう焼けたんじゃないか?」
「そ、それはそうだと思うけど…」
あっちはあっちで朱那を落ち着かせているので、こっちはこっちで自分の心を落ち着けていく。しかしなぜか佳奈美は驚いている様子で、さらに少し拗ねているようでもあった。
「私を食べるんじゃないの…?♡」
「え?」
柊の脳内に少し前の記憶はないので、本当に彼女が何を言っているのか理解できなかった。
(急に何言ってんだ…?佳奈美ってこんなに人がいるところでもそんなこと言う大胆な子だっけ…?)
つい頭の上に疑問符が浮かんでしまう。
それを察したのか、佳奈美は顔を真っ赤にして後ろを向いてしまう。
「うぅ…っ」
「あ、柊が佳奈美ちゃんを泣かせています」
妙なタイミングで花音が気づきやがった。しかしこちらにも言い訳は存在する。
「いや泣いてはないだろ…。てか俺何かやったか?身に覚えが無さすぎるんだけど…」
「もしかして覚えてないんですか?」
「え?何を?」
柊は本当に何も覚えていないので花音が全てを話してくれた。
その話を聞くにつれて身体が熱くなるのを感じ、いつしか佳奈美に思い切り頭を下げていた。
「ごめんなさ〜い!!!」
柊の謝罪も虚しく、彼女はしばらく怒ったままだった。




