113 彼は囁いた
全てが終わったと同時に、彼は目を瞑った。
その姿を私は可愛いなと思いながら眺めている。
「〜〜♡」
こんな私のことを愛してくれる、大切な人。彼の頬を優しく突きながらそっと胸に手を当てる。
(やっぱり柊と一緒にいると心が温かくなるね)
彼の温もりが私の心にまで伝わってくる。こんな経験、今までに一度しかしたことがない。その一度目というのが、彼と過ごした夜のこと。
(…やっぱり、あの時に似てる…)
あれは私たちが付き合い始めて半年ぐらい経った時のある日のこと。その日は二人でお家デートをしていて、私が思い切ってお泊まりを提案した。でも彼は私のことを大切にしてくれていて、つまり手を出すつもりはないようだったから正直当てずっぽうだった。
でもその時、彼は確かに頷いてくれた。
【ああ、いいよ。でもベッドは別だからな】
相変わらず彼は私に何もする気がないようだったけど、結局押したら一緒に寝てくれることになって。そのまま今日みたいな流れで私たちは愛で結ばれた。
そして彼は疲れ果てたのか眠ってしまった。
まさに今日と同じような流れだった。そして今それを思い出したのは、柊とリオを重ねているから。
「…リオ」
もしこの声が彼に届いているなら、きっと返事をしてくれるはず。驚いた顔をしながらも、思い切り抱きしめてくれるはず。
でも彼は既に眠っていて、私の声は届いていなかった。
(やっぱり、期待しすぎだよね。そんな偶然あるはずがないのに)
前世好きだった人を今世でも好きになってました。なんて都合のいい話あるわけがない。
だから私は淡い期待を捨てて、目の前にいる愛しい彼の姿だけを見ることにした。
(でも、私には柊がいればいいから…。君がいれば、私は何もいらないから…)
彼の胸に顔を埋め、トクントクンと跳ねる心音を感じる。
(だからね、ずっとずっと、一緒にいようね)
前世では果たせなかった願いを胸に、彼のそばで目を瞑った。
だがその直後、柊は寝言のような言葉を発した。
「…ク…ロ…エ…」
「!!!???」
その時、彼はあり得ない言葉を発した。
そう、絶対にあり得ない。そんな都合のいい話があっていいはずがない。
でも彼は間違いなく、私の名前を呼んだ。
私の前の名を、彼は囁いた。
「え、し、柊…!?」
もしかしたら今まで寝たふりをしていて、先程リオの名を呼んだことを聞いていたんじゃないかと思い、とっさに彼の身体を揺らした。
「…ん?どぉかしたかぁ…?」
でも彼は本当に眠っていたようで、呂律が回っていないまま疑問を飛ばしてきた。その瞬間私の期待は少しだけ薄れてしまったけど、胸の高鳴りは収まらなかった。
「ううん、何もないよ。おやすみ」
「おやぁすみ…」
また気持ちよさそうに眠り始めた。やっぱりさっきのはたまたまなのだろうか。
……いや、そんなはずはない。
明らかに意図して私の名が呼ばれていた。まるで魂が反射的に言葉を発したように。
私の心臓は今までにないぐらい高鳴り、周りの音が聞こえなくなった。
(ウソ…本当に…)
隣でぐっすり眠る彼のことを見つめながら確信を抱く。
(君がリオなの…?)
それは今またで疑いだった考えが確信に変わった瞬間だった。
そして私の人生において、この夜が大きな分岐点になった。




