111 終止符
こうやって彼女と楽しい日々を送っていると、ついあの日々を思い出してしまう。
前世で最愛の人と笑い合っていた日々を。
【リオ…背中、流そっか…?】
前世でも、付き合い始めた頃にお泊まりをした。その時になぜかクロエは風呂に乱入してきて、恥ずかしそうにそう言った。
だがその時のリオも、今と同じように彼女を大切にしていたのでしっかりと首を横に張った。
【ああ、頼む…】
口は正直だった。どうにも好きな人のこととなると欲望が抑えきれなくなるというか。
男としては正解なのかもしれないが、彼氏としては失格なのかもしれない。そんな不安のようなものを抱えつつも、背中を流してもらったあの日。
【リオ!背中流そっか?♡】
結婚してから数年が経つと、彼女は何の躊躇いもなく風呂に乱入してくるようになった。たまにタオルも巻かずに入ってくるし…。
このままではいけないと、リオは彼女を説得するような思いで首を横に張った。
【ああ、頼む】
口は嘘をつけなくなっていた。きっとそうやって正直なことを口にするとクロエが喜ぶから自然と正直なことばかり話してしまうのだろう。
つまり、既に調教されてしまっているということ。
だが彼女に調教されるのであれば悪い気はしないと思いつつ、お互い素っ裸になって風呂を楽しんだあの日。
そのいずれも忘れ難い記憶で、クロエの変化を象徴するような記憶だった。
だがしかし、一体なぜ今こんなことを思い出しているんだろう?
「………」
佳奈美が先に風呂から上がり、一人になったところでぼんやりと過去を思い出した。いや、正確には勝手に脳内再生されたと言った方が正しいかもしれない。
(なんか…あの時みたいだったな…)
クロエと初めて一緒に風呂に入った日と、佳奈美と初めて一緒に風呂に入った今日を重ねる。
初々しく恥ずかしがって、身体をを見られるのすら躊躇っていた彼女。その姿は、まさにあの時のクロエそのものだった。
そしてさらに、最後の方の大胆な彼女はまるで結婚後のクロエのようだった。
(…でもまさかあんなに大胆なことされるなんて…前世の記憶があるからか…?)
前世で別れてしまったのは、結婚してから数年後。つまり、とてつもなくイチャイチャしていた頃だ。その時で彼女の恋愛の記憶が止まっているのであれば、先程のように大胆な行動をとっても不思議ではない。
ここまで彼女の行動が腑に落ちたのは初めてだ。年相応の女の子らしく恥ずかしがり屋で、でもどこか不思議なぐらい大胆で。
その要因は前世の記憶が今とぶつかっているからではないかと、心の中では確信のようなものが広がり始める。
(やっぱり、クロエなんだな)
扉越しに着替える彼女は、間違いなく最愛の人だ。
それはわかっている。ずっと前から。
だがしかし、柊の心には憂いがあった。
(そろそろ確認してもいいんだが…でももし違ったら…その時は死にたくなるな)
鼻で笑って誤魔化すが、やはり想像するだけで心にダメージが入る。
今までずっと探してきた人が目の前に現れて、自然と彼女のことを好きになっていた。そんなロマンチックな想像が消えた瞬間に自分が何を思うのかを考えると、自然と不安が襲ってくる。
(でも、俺は佳奈美と生きていくって決めたんだ。もし仮にクロエじゃなかったとしても、多分やっていけるはずだ)
不安を隠すように自分に言い聞かせる。だがそれは、決して嘘ではない。
柊はクロエとかそういうのを抜きにして、佳奈美と付き合いたいと思った。たから多分、クロエでなくても平静を保っていられるはずだ。
だからもう、こういう不安ばかり抱えて佳奈美への向き合い方を見失うのはやめよう。
(それに、俺だってもっと佳奈美と仲を深めたい。好きでたまらないあの子との愛をもっと深めたい)
もうクロエかどうかなんて考えず、佳奈美だけを見ていたい。彼女を愛していたい。
そう思うくらいに佳奈美のことを好きになっているなんて想定外だが自然と悪い気はせず、むしろ最高の気分だった。
この感情が答えだろう。もう前世になんて囚われる必要はない。だからこそ、行動に移そう。
(この妙な不安に、決着をつけよう)
彼女のことを一番愛しているからこそ、全てに終止符を打つ。




