110 敗北者
__ポタッ。
__ポタッ。
目の前にいる少女の髪から雫が落ちる。
それを聞いていると、本当に彼女と一緒にお風呂に入っていることを自覚する。
「…なあ」
「なに…?」
「ちょっと狭くないか?」
「…そうだね。ちょっと窮屈かも」
当然高校生二人が入れるようになど設計されていないため、湯船はかなり窮屈だ。しかも柊の身体が無駄にデカいせいで、佳奈美はより窮屈な思いをしているはずだ。
だがしかし、それに対しても彼女は笑ってくれる。
「でも、すごく居心地いい…。柊の身体が温かいからかな?」
「っ…そうかもな…。俺も何となくフィットしてる気がする…」
広げた足の間に座る佳奈美は、ゆっくりと身体を倒してこちらに身を預けてくる。
だがそんなことをされてしまうと、流石に柊も冷静ではいられなくなる。
(〜〜っ…!!何だこの状況!?恋人が一緒にお風呂に入ってイチャついてる時みたいじゃないか.…!!)
うん、そうなんだよ。恋人が一緒にお風呂に入ってイチャついてるんだよ。
ま、もちろん柊はそんなことにも気づかずに佳奈美の後ろ姿をボーッと眺める。
「…」
普段は髪があるせいで見えないうなじのあたりを、これでもかというぐらいに目に焼き付ける。
そこにある首筋は真っ白で柔らかそうで、そして少しだけ無防備だった。
「…柊?」
「…」
こんなに油断した姿を見せてくれるなんて、きっと彼女はこちらをとても信頼してくれているんだろう。ならこちらは、そんな彼女の背中を全力で守れるようにならないとな。
「柊ってば…!!」
「!!…どうした?」
少しうなじが見辛くなったと思えば、彼女がこちらを向いていたからだった。
「どうしたじゃなくて…そんなに見られると恥ずかしいんだけど…」
片手でうなじを隠しながらジト目を向けてくる。だがその目には不満や嫌悪などの感情は無く、むしろ嬉しそうだった。
だがしかし、恥ずかしそうなのも事実なのですぐに頭を下げる。
「ご、ごめん…!つい見惚れてしまって…」
「そうなんだ…」
そっとうなじから手を離す。そしておもむろに前を向いた。
「柊ってこういうの好きなんだ…」
「ん…まあ…普段見えないから新鮮でな…」
「えっち」
「!?」
そんなことを言われてしまうといい加減反応してしまいそうだ。
「でも…柊が見たいならいつでも見せるよ…?これぐらいなら」
「!!??」
手を使って髪を掬い、うなじを見せつけてくる。
それはアカン。すごくマズイ。
抑えていた心の衝動が一気に爆発してしまう。
__チュ。
「!!??」
気づけば佳奈美のうなじの付け根辺りに口付けをしていた。
「どうしたの急に!!??」
「あ、いや…なんかしたくなったから…」
「どういうこと…!?」
「…俺にもよくわからん」
「もぅ…っ!!」
多分だが、こんなところに口付けなんて親などを含めても経験がないだろう。柊だって基本唇や頬ぐらいにしかしないから、佳奈美も不意を突かれてかなり驚いている様子だった。
顔を両手で隠して赤い頬を隠しているが、目はチラチラとこちらを見ている。いや正確には、首筋の辺りを見ていた。
「…柊ばっかりずるい」
「ん?」
「私もにもやらせて…?」
「え?」
一方的にやられて悔しくなったのか、彼女はやり返すつもりらしい。だがしかし、こちらにもプライドがあるのでいくら大好きな佳奈美といえどそんなことはさせたくな__
「まあ…いいけど」
佳奈美の柔らかい唇が肌に触れるのって、どういう感覚なんだろう。そんな好奇心が勝り、気づけば後ろを向いて下を向いていた。
すると佳奈美は背中に手を当てながら顔をうなじに近づけてきて、そこにそのままキスを…
「(ココにキスするのって、執着心の表れらしいよ♡)」
「!!??」
小声ながらも響き渡る透き通った美声で惑わせてくる。そして直後に、彼女の唇がうなじに触れた。
その感覚はまさに天にも昇る思いだった。
「これでお互い様だね。二人とも互いに執着してるってことで♡」
「…まあ、間違ってはないな」
「正解ではないの?♡」
「それは…大正解だけど…」
「だよねっ♡」
唇を抑えて嬉しそうに笑う佳奈美に対面した時には既に立場は逆転していた。
やはりやられる側はたまったものじゃなかった。正直今うまく平静を取り繕えているかとても不安である。
だがそれを確認する術はない為、咄嗟に立ち上がって湯船から上がった。
「背中流そっか?♡」
「いや…一人でやるよ」
「え〜、折角なんだから流させてよ♡」
「…はぁ、もう好きにしてくれ…」
「やった♡」
もう彼女には叶わなくなってしまっている。この構図は一生このままなのだろうか?
実は既にこの構図は前世で経験済みだから、そこまで悪くないのも知っている。だがしかしそれでは男としてのメンツが立たない。
だから柊は前世から、絶対に好きな女の子には負けないという気持ちを持って日々戦っていた。つまり今も、彼女に負けないように必死になっている。
「はい♡背中こっちに向けて?♡」
「はい…」
どうやら今回も敗北のようだ。




