魔法のノート
好きな女の子がいた。
近所に住む立派なお屋敷の女の子で、僕には高嶺の花だったかもしれない。彼女とは妙に気が合った。
小学校から中学校までずっと一緒で、授業中も放課後も、何時も彼女と一緒にいた。
「あいつら、つきあっている~」とよく友だちから冷やかされた。でも、彼女と噂になるのだったら、気にならなかった。
「同じ高校を受けよう」と受験勉強を始めた頃、突然、彼女から「ごめんね。引っ越すことになったの」と告げられた。
「引っ越すの? どこに?」
「それが海外なの」
「海外?」
「うん。お父さんの仕事の都合で、海外に行くの」
「何時、帰ってくるの?」
「分からない。ずっと向こうにいるかも」
「そんな・・・」
僕は絶句した。
いよいよ明日、彼女が海外へ飛び立ってしまうという日、「渡したいものがあるの」とお屋敷に呼ばれた。
彼女の部屋で「これ。私に連絡を取りたくなったら、このノートに書いてね」と一冊のノートを渡された。
手作り感のあふれるノートだった。
「ノートに書くの?」
「そうよ。このノートには魔法をかけてあるの。だから、あなたが何かノートに書くと、それが私に伝わるの」と彼女は言った。
どこまで本気で言っているのか分からなかった。
とにかく、一冊のノートを残して、彼女は姿を消した。
大学を卒業して就職した。
職場は都会にあった。実家を出ることになった。荷造りをしていると、机の中から古いノートが出て来た。最初、何のノートなのか分からなかった。
その手作り感溢れるノートを見ている内に、彼女からもらったノートだということを思い出した。
考えてみれば、あれから、一度もノートを開いていない。
最初の頃は、彼女と連絡を取りたくて、毎日のようにノートを開いていた。でも、何て書いて良いのか分からなかった。恋人でもなかった彼女に、「会いたい」なんて書けなかった。多感な年ごろだ。そんなこと、みっともなくてできなかった。
受験勉強が始まり、他のことは考えられなくなった。そして、無事合格、高校に入学したら、新しい友だちが出来て、今の今まで、ノートのことを忘れてしまっていた。
ふと、何か書いてみたくなった。
彼女に連絡を取りたかったら、ノートに書くと彼女に伝わる――と彼女が言っていた。そんな話を信じた訳ではないが、今の正直な気持ちを書いておきたくなった。
長い間、何も書かなくてゴメン。
君が去ってから、毎日のようにノートを開いて、何か書こうとしたけど、結局、何も書けなかった。子供だったしね。恥ずかしかったんだと思う。
そちらでの連絡先を聞いておけば良かったと後悔した。
今、君はどこで何をしているのかな?
僕は大学に入学が決まって、家を出ることになった。
いつか君と出会えるといいな。
そう書いてノートを閉じた。
――このノートは持って行こう。
と思った。ノートを段ボール箱に詰めた。
アパートについて、荷解きをしていると、真っ先にノートが出て来た。あの魔法のノートだ。一番、上にいれたつもりはなかった。不思議だ。
ノートを開くと、何と、彼女からの返事が書いてあった。
ずっと、あなたからの連絡を待っていたのよ。私のこと、忘れてしまったんだと思うと、悲しかった。
でも、連絡をくれたから、許してあげる。
私ね。春から日本の大学に入学することになって、もう直ぐ帰国するの。
帰国して落ち着いたら、連絡先を教える。
もう直ぐ会えるよ。