花火・思い出
花火大会なんて何時以来だろう。
社会人になってからは、仕事、仕事で花火大会を見に行く余裕なんて無かった。
仕事のストレスで精神を病み、休職した。実家に戻り、死んだように時を過ごしている。毎日、日が暮れるのを、明日が訪れるのを、ただ待っているだけの生活だ。
――今晩、花火大会があるみたい。気晴らしに行って来たら?
母親からそう言われた。
無論、花火を見に行く気になんて、なれなかった。ただ、寝ていること、それが、今の僕に出来ることだ。
花火大会が行われる港まで、うちから歩いて三十分程度だ。花火大会当日には港の周りには出店が並び、祭りのような賑やかさになる。
花火大会の開催時間が近づくにつれ、港を目指す家族連れや恋人たち、仲間たちが、ぞろぞろと家の前を通り過ぎて行く。窓から彼らの姿を眺めている内に、僕はスリッパをつっかけて外に出ていた。
ジャージ姿で、町を歩く。人波に流されるようにして、港へやって来た。
鄙びた町だが、港は人でいっぱいだった。
学生時代の同級生と顔を合わすと面倒だな~と思っている内に、人の流れが止まった。花火大会が始まったのだ。
夜空に花が咲く。
大倫の花が夜空を彩る。
全てを忘れて花火を見上げていた。
ふと、気がつくと、隣に浴衣を来た若い女の子が立っていた。
目を遣ると、彼女と目が合った。
彼女が笑った。
高校時代につきあっていた彼女だった。
不思議なことに、僕の記憶の中にある彼女だった。高校を卒業してから十年以上、経っている。彼女が昔のままのはずがない。
気がつくと、僕も浴衣を着ていた。そう言えば、二人で浴衣を着て、花火大会を見に来たことがあった。
花火が彼女の横顔を照らす。
――ああ、あの時のままだ。
と思った。
高校時代に戻ってしまったようだ。
そっと、彼女の手を握ってみた。
彼女が僕の顔を見て、恥ずかしそうに笑顔を浮かべた。
あの日のままだ。
花火が上がる。
僕らは手を繋いだまま、夜空に広がる花火を見上げていた。
花火が終わった。
僕は一人だった。
彼女はいない。
僕はジャージ姿で、一人、ぼんやり港に立ち尽くしていた。
家路につく人々が、ぶつからんばかりにしてすれ違って行った。




