こども公園
家内と散歩に出た。
久しぶりに調子が良いようだ。時に私のことさえ忘れていることがあるが、今日は「あなた。良い天気ですね~」と普段と変わらない様子だった。病状も落ち着いている。今日は散歩に出ることができるほどだった。
夫婦として連れ添って六十年、こうして一緒に散歩が出来るのは今日が最後かもしれない。家内が「散歩に行きたい」と言い出した時、心配よりも外に連れて行ってあげたいという思いの方が強かった。
久しぶりに神社にお参りして帰ろうと思ったのが失敗だった。
一本、道を間違えた。いつの間にか、見慣れぬ光景が周りに広がっていた。
(これはいかん。引き返そう)と思った時、小さな公園があった。
――こども公園。
と看板が出ていた。
小さな公園だ。ブランコにジャングルジム、シーソーに滑り台、砂場と一通り遊具が揃っている。最近はこういった遊具も子供が怪我をする恐れがあるとして、撤去されていると聞く。
(珍しいな)と思った。
家内と公園に足を踏み入れた。
すると、不思議なことに、急に体が軽くなった。
ふと隣を見ると、四、五歳くらいの可愛い女の子と手を繋いでいた。
(家内はどこに?)
辺りを見回したが、家内の姿はない。いや、それどころか自分も小さくなっていた。四、五歳くらいの男の子になっていたのだ。
「わ~い。ブランコ」と言って、家内が走り出す。
私と出会う前の、両親しか知らないような子供の頃の家内だ。可愛らしい。家内が走る姿なんて、初めて見たような気がした。
私のことなど、眼中にない。ブランコに駆け寄ると、夢中になってブランコを漕ぎ始めた。
その姿を見ていると、私も楽しくなってきた。
体の内から湧き出て来るエネルギーを感じた。子供の頃の、あの訳もなく駆け出してしまう、エネルギーを感じた。家内の隣に駆けてゆくと、一緒にブランコを漕いだ。私のこと、覚えているのかどうか怪しい。だが、警戒心など皆無のようだ。私の顔を見て、にこにこと家内が笑った。
その笑顔を見ていると、もう全てがどうでも良いような気がしてきた。
夢中になって遊んだ。
これまで生きて来た知識と経験が薄れて行き、私が私でなくなってしまうようだった。時折、我に返って、この状況を理解しようとするのだが続かない。直ぐにどうでも良くなってしまう。楽しければそれで良い。頭の中まで子供になってしまったようだ。
日が傾き始めていた。随分、長いこと、遊んだようだ。だが、子供のことだ。長く感じただけで、一、二時間が経っただけだったかもしれない。
お腹が空いてきた。
我に返った。
「ここに居てね。家に帰って食べ物を持って来るから」
そう言うと、家内は不安そうな顔をした。
「大丈夫。直ぐに戻るから」
公園から一歩、外に出ると、私の体はぐんぐん大きくなって、そして衰えて行った。公園から駆け出たが、直ぐに息が上がった。
もう子供ではない。
家に戻り、弁当箱を引っ張り出して、食べ物を詰めた。お茶を沸かして水筒に入れて、家を出た。家内がお腹を空かせているだろう。急がなければ。
だが、私は公園にたどり着けなかった。
どれだけ歩き回っても、あの公園への分かれ道を見つけ出すことができなかった。警察にも相談した。警察官に一緒に探してもらったが、「こども公園? この辺にそんな公園はありませんよ」と言われてしまった。
家内が行方不明になって三年、経った。
私は更に老いた。病状が悪化し、入院することになった。もう、この家に帰ってくることができないかもしれない。
(最後にもう一度)と私は近所を歩いてみた。
家内がいなくなった、あの、こども公園をずっと探していた。
ふと気がつくと、前に一度、見たことがあるような光景が広がっていた。
あった。やはりあった。こども公園だ。
もう走ることさえできない。
早足で懸命に歩いた。
公園に着いた。
いた。公園で女の子が待っていた。私に向かって手を振っている。公園に一歩、足を踏み入れると、私は子供に戻った。
私は家内のもとに駆けて行った。
町中に小さな公園があったりします。そんな光景を思い浮かべながら書いた作品です。




