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世にも不思議なショートショート  作者: 西季幽司
不思議な話・その三
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こども公園

 家内と散歩に出た。

 久しぶりに調子が良いようだ。時に私のことさえ忘れていることがあるが、今日は「あなた。良い天気ですね~」と普段と変わらない様子だった。病状も落ち着いている。今日は散歩に出ることができるほどだった。

 夫婦として連れ添って六十年、こうして一緒に散歩が出来るのは今日が最後かもしれない。家内が「散歩に行きたい」と言い出した時、心配よりも外に連れて行ってあげたいという思いの方が強かった。

 久しぶりに神社にお参りして帰ろうと思ったのが失敗だった。

 一本、道を間違えた。いつの間にか、見慣れぬ光景が周りに広がっていた。

(これはいかん。引き返そう)と思った時、小さな公園があった。


――こども公園。


 と看板が出ていた。

 小さな公園だ。ブランコにジャングルジム、シーソーに滑り台、砂場と一通り遊具が揃っている。最近はこういった遊具も子供が怪我をする恐れがあるとして、撤去されていると聞く。

(珍しいな)と思った。

 家内と公園に足を踏み入れた。

 すると、不思議なことに、急に体が軽くなった。

 ふと隣を見ると、四、五歳くらいの可愛い女の子と手を繋いでいた。

(家内はどこに?)

 辺りを見回したが、家内の姿はない。いや、それどころか自分も小さくなっていた。四、五歳くらいの男の子になっていたのだ。

「わ~い。ブランコ」と言って、家内が走り出す。

 私と出会う前の、両親しか知らないような子供の頃の家内だ。可愛らしい。家内が走る姿なんて、初めて見たような気がした。

 私のことなど、眼中にない。ブランコに駆け寄ると、夢中になってブランコを漕ぎ始めた。

 その姿を見ていると、私も楽しくなってきた。

 体の内から湧き出て来るエネルギーを感じた。子供の頃の、あの訳もなく駆け出してしまう、エネルギーを感じた。家内の隣に駆けてゆくと、一緒にブランコを漕いだ。私のこと、覚えているのかどうか怪しい。だが、警戒心など皆無のようだ。私の顔を見て、にこにこと家内が笑った。

 その笑顔を見ていると、もう全てがどうでも良いような気がしてきた。


 夢中になって遊んだ。

 これまで生きて来た知識と経験が薄れて行き、私が私でなくなってしまうようだった。時折、我に返って、この状況を理解しようとするのだが続かない。直ぐにどうでも良くなってしまう。楽しければそれで良い。頭の中まで子供になってしまったようだ。

 日が傾き始めていた。随分、長いこと、遊んだようだ。だが、子供のことだ。長く感じただけで、一、二時間が経っただけだったかもしれない。

 お腹が空いてきた。

 我に返った。

「ここに居てね。家に帰って食べ物を持って来るから」

 そう言うと、家内は不安そうな顔をした。

「大丈夫。直ぐに戻るから」

 公園から一歩、外に出ると、私の体はぐんぐん大きくなって、そして衰えて行った。公園から駆け出たが、直ぐに息が上がった。

 もう子供ではない。

 家に戻り、弁当箱を引っ張り出して、食べ物を詰めた。お茶を沸かして水筒に入れて、家を出た。家内がお腹を空かせているだろう。急がなければ。

 だが、私は公園にたどり着けなかった。

 どれだけ歩き回っても、あの公園への分かれ道を見つけ出すことができなかった。警察にも相談した。警察官に一緒に探してもらったが、「こども公園? この辺にそんな公園はありませんよ」と言われてしまった。


 家内が行方不明になって三年、経った。

 私は更に老いた。病状が悪化し、入院することになった。もう、この家に帰ってくることができないかもしれない。

(最後にもう一度)と私は近所を歩いてみた。

 家内がいなくなった、あの、こども公園をずっと探していた。

 ふと気がつくと、前に一度、見たことがあるような光景が広がっていた。

 あった。やはりあった。こども公園だ。

 もう走ることさえできない。

 早足で懸命に歩いた。

 公園に着いた。

 いた。公園で女の子が待っていた。私に向かって手を振っている。公園に一歩、足を踏み入れると、私は子供に戻った。

 私は家内のもとに駆けて行った。

町中に小さな公園があったりします。そんな光景を思い浮かべながら書いた作品です。

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