ホームラン・グローブ
「リョータ。少しは落ち着け。力み過ぎているぞ。もっとボールをよく見ろ」
ムトウ監督は三振をして、しょんぼりしながらベンチに戻って来たリョータを叱った。
「すいません。監督」
「知っているぞ。お前、ハルト君と約束したんだろう。今日の試合でホームランを打つって」
「はい・・・」とリョータがうなだれる。
ハルト君は難病と戦いながら、闘病生活を続けている。大手術を控えたハルト君を励ます為にリョータは病室を見舞い、今日の試合でホームランを打つと約束したのだ。
「僕はホームランを打つので、ハルト君も手術を頑張って――と約束したのに・・・」とリョータが唇を噛む。
「だからだろう。一発を狙い過ぎて大振りになっている。気持ちは分かるが・・・」と言って言葉を切ると、、ムトウ監督は何かを思いついた様子で言った。
――そうだ。リョータ。ホームラン・グローブを使ってみろ。
「ホームラン・グローブ?」
「かつて、うちで三冠王になったサナダさんからもらったものだ。ある試合で、俺がホームランを打てば優勝できるという場面になった。その時、サナダさんが貸してくれたのだ。ムトウよ。この手袋を使え。そうしたらホームランが打てるからと」
サナダはチームOBの伝説的な打者だ。三冠王を一度、ホームラン王を計六度、獲得している。チャンスに強く、ここぞという時の一発は、ファンを虜にした。
「あの試合。僕も覚えています。まだ小学生でした。親父とテレビで見ていました」
「あの試合で俺がしていた手袋だ。サナダさんが引退する時に、もらった。この手袋をして打席に立てば、ホームランを打つことができる」
「本当ですか⁉」
「本当だ。この手袋で、サナダさんは三冠王になったし、ホームラン王には六度も輝いている」
「是非、是非、俺に使わせてください」とリョータが前のめりになって言った。
「良いだろう。但し、この手袋は、ここ一番という時しか役に立たない。次の打席だ。次の打席で勝負をかけろ!」
「はい!」
リョータが押し頂くようにして手袋を受け取った。
そして、次の打席。
ホームラン・グローブを手にはめ、打席に立ったリョータは自信満々だった。
「監督。リョータのやつ。この打席、人が変わったかのように堂々としていますね」
バッティング・コーチのアイハラが驚いたように言った。
「ああ。ここで一発出れば逆転だ」
「打ってくれそうです」
期待にたがわず、ワンワンからの三球目をリョータが打つと、打球はスタンドへ吸い込まれて行った。
――リョータ選手、打ちました。ホームランです。逆転のホームランとなりました。リョータ選手は今日の試合で、ホームランを打つと、難病と闘っているハルト君と約束をしたそうです。リョータ選手、やりました。ハルト君との約束を果たし、見事、ホームランを打ちました~!
と試合を中継をしていたアナウンサーが絶叫した。
ダイヤモンドを一周したリョータはベンチに戻って来ると、「監督!やりました。ホームランを打つことができました。ホームラン・グローブのお陰です」と頬を紅潮させながら言った。
チームはペナントの最終戦を迎えていた。
リョータはライバル・チームの外国人打者とホームラン王を争っていた。相手は既に試合を消化し終えており、一本差でリョータがおいかける形になっていた。
「お前にとっては初のタイトルだ。全打席、ホームランをねらって良いぞ」
ムトウ監督がそう声をかけると、リョータは思いつめた表情で言った。「監督。あと一本、ホームランを打ちたいのです。ホームラン王のタイトルが欲しい。あの時、貸していただいたサナダ選手のホームラン・グローブを貸してもらえませんか?」
「ああ、あの手袋な」
「はい。あの手袋、ここ一番という時しか役に立たないっておっしゃっていましたよね。今日が、その“ここ一番”だと思います」
「分かった。ホームラン・グローブを貸してやろう」
リョータはホームラン・グローブを手にはめると、打席に向かった。
そして、一打席目、リョータは相手ピッチャーの高めのストレートをとらえ、スタンドに放り込んだ。ホームランだ。ついに外国人のライバルに並んだ。
「リョータ。いいぞ。その調子だ。このまま一気に抜き去ってしまえ。お前がホームラン王のタイトルを独占するのだ!」
バッティング・コーチのアイハラがハッパをかける。
「はい!」とリョータが元気よく頷いた。
結局、この試合でリョータは二打席連続のホームランを放った。そして、ホームラン王のタイトルを獲得した。
試合が終わってから、ムトウ監督はアイハラ・コーチに聞かれた。「監督。リョータのやつ、やりましたね。でも、あいつ、妙なことを言っていました。サナダのホームラン・グローブのお陰だって。あれ、何です?」
ムトウはにやりと笑うと答えて言った。
――あいつに足りないのは自信だ。ホームラン王を取ることができる技術は持っている。だから、暗示をかけてやっただけだ。あの手袋をすればホームランが打てると。あの手袋は誰かがロッカールームに忘れて行ったものだ。




