新作ゲーム
霊山で不老不死の術を会得し、千年の間、修行を積んだ邪悪な仙人、独鈷児は今日も獲物を探して、道行く男たちに声をかけていた。
「兄ちゃん。金をくれ。金をくれたら、お前の望みをかなえてやろう」
道行く男たちから、とことん無視された。こんな夜もある。もう少し夜が更けて、酔っ払いが増えないと、独鈷児の呼びかけに足を止める人間など現れないだろう。
見るからに欲の薄そうな男だったが、試しに声をかけてみた。「兄ちゃん。金をくれ。金をくれたら、お前の望みをかなえてやろう」
「本当かい?」と若い男が反応した。
サラリーマンであろうことは見て分かる。まだ二十代だろう。針金のように細い若者だった。素面のようなので、繁華街に飲みに来たというより、残業で遅くなり、繁華街を通って駅に向かっていただけのようだ。
(おやっ⁉ こんな男にも欲望があるのか)と独鈷児は可笑しくなった。
「勿論だ。お前の望みを言ってみろ」
「頼みがあるんだ。明日、ドラゴンリクエストVの発売日なんだ。朝から並んで買いたいんだけど、仕事があるから行けない。僕の代わりに並んで買ってくれないかな? バイト代として五千円、払うから」
「ドラゴンリクエストって何だ?」
「知らないのかい? ゲームだよ。今、一番、人気のゲーム」
「ゲーム・・・?」
「ほら、そこの電気屋さんで明日、朝、十時から発売される。今から徹夜で並んで、明日、開店したら、僕の代わりに買ってくれない? ゲーム代は勿論、僕が払うよ」
「そんなの仕事が終わってから買いに来れば良いだろう」
「それじゃあ手に入らないんだ。発売と同時に売り切れてしまうから。明日を逃すと、次は何時、手に入るから分からない」
人気ゲームの発売日には電気屋に徹夜の行列が出来ることが恒例になっていたが、独鈷児がそんなこと、知っている訳などなかった。
男に手を握られ、「ねえ、お願い。頼むよ」と口説かれ、渋々、引き受けた。結局、男からゲーム代とバイト代として一万五千円を受け取った。「お釣りはいらないから」と気前良く言われた。
「明日、ここで。同じ時間に来るからね~」と若い男がぶんぶんと手を振りながら去って行った。
翌日、繁華街で男が仕事を終えて、通りかかるのを待った。
独鈷児の手にかかればゲームを手に入れることなど簡単だった。夜を徹して並ぶ必要などない。夜中に電気屋に忍び込むと、発売予定のゲームを一本、くすねておいた。これでゲーム代とバイト代を全部、着服することができた。
昨晩の男がやって来た。
独鈷児の姿を見つけると、満面の笑顔になって駆け寄って来た。
「おい、おいおい。そんな愛しい彼女に会うような顔をするな。こっちが小っ恥ずかしくなるだろう!」
「すみません」と男が謝る。
悪いやつじゃない。いや、むしろ、良いやつだ。この男に恐ろしい罠を仕掛けていることを、ほんの少し後悔した。
「ほらよ」とゲームを渡す。
「うわあ~」と男が子供のように目を輝かせた。
このゲームに呪術をかけておいた。一旦、ゲームを始めると、止められなくなる呪いだ。男は寝食を忘れ、死ぬまでゲームを遊び続けることになる。
「そんなに面白いのか?」
「うん。面白い。遊んだことないの?」
「ない」
「そう。じゃあ、遊んでみない? うちに来ない? 一緒に遊ぼうよ」
「ええっ!」
こんな浮浪者のような老人を家に連れて行こうと言うのか。社交辞令かと思ったが、男は本気だった。「さあ、行こう。うちまでちょっと時間がかかるよ。地下鉄を降りたら、駅前のコンビニで弁当を買って帰ろう」と独鈷児を促した。
地下鉄を乗り継いで、男の家に向かった。途中、コンビニに寄って弁当を買った。男の家は六畳一間の狭いアパートだった。小さなテーブルで額を寄せ合うようにして弁当を食べた。
弁当を食べ終わると、ゲームだ。
「最初に僕がやって見せるね」と男がゲームを始めた。
「これをね、こうやって――」と熱心に教えてくれる。見ている内に、独鈷児もやってみたくなった。ゲームにはやり始めると止められない呪いがかけてあったが、男がゲームに熱中している隙に呪いを解いておいた。
「分かった? じゃあ、やってみてよ」と男がゲーム機のコントローラーを渡してくれた。
独鈷児は初めてゲームというものを遊んでみた。
面白い。夢中になった。隣で男が「ああ、ダメっ! そこはバツボタンで回避して」とか「逃げて、逃げて」とアドバイスをしてくれる。
夢中になった。
そして、思った。
――これは呪術など使わなくても、止められないじゃないか。
最近は新作ゲームの発売日に徹夜組が出るなんて無いのでしょうね。




