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コーヒーブレイクにショートショートを  作者: 西季幽司
コーヒーブレイク・その一
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神社

 毎朝、神社にお参りして掃除をするのが日課になっていた。

 家の近くに神社があった。遥か昔に城か砦があった場所だろう。小高い山の頂上に神社が建っていた。長い階段を登って行くと、頭上を圧するように拝殿が現れ、その奥に本殿が鎮座している。

 小さな、小さな神社で、滅多に参拝客がやって来ない。

 剛志は毎朝、参道の階段を登り、本殿でお参りをすると、境内を掃き清める。雨が降ろうと、雪が降ろうと、冬の寒い日も夏の暑い日も、一日も欠かさず、神社の清掃を行っていた。

 誰に頼まれた訳でもない。ただ、やりたいからやっていた。

 神社の清掃を始めて、そろそろ三年が経とうとしていた。

 妻が亡くなったのが三年前だった。

 突然だった。家で倒れ、病院に運ばれてから、あっという間に、剛志を置いて先だってしまった。悲しみのあまり、何も手に着かなくなってしまった。一日、妻のいなくなった家で、ただ、ぼんやりと時間を過ごすことしか出来なかった。

 そんな剛志を変えてくれたのが神社だ。

 剛志たちには二人の子供がいた。どちらも男の子で、離れたところに住んでいる。剛志を心配した次男坊がやって来て、廃人同様の父親を見て唖然とした。元はマメだった男だ。どちらかと言うと、剛志より妻の方が、片づけが苦手だった。それが、家中、ゴミだらけだった。

 次男坊は剛志を近所の神社に連れて行った。

「親父。お袋はここで親父のことを見守ってくれているよ。だから、お袋に心配かけちゃあダメじゃないか」

 次男坊はそう言った。


――そうよ。しっかりしないさい!


 と頭の中で妻の声がした――ような気がした。

 翌日から、剛志は神社の掃除を始めた。

 境内を掃き清めながら、妻と話をするのだ。一方的に剛志が話しかけるだけだが、時に「あはは」と妻の明るい、聞きなれた笑い声が聞こえたりする。

 そんな時、剛志は、「そうか、おかしいかい。そうか、そうか」と言って、一緒に「あはは」と笑うのだ。

 こうして剛志は立ち直った。


 妻が亡くなって、保険金が入った。

 今更、こんなお金と、思わなくもない。二人なら、旅行に行ったり、美味しいものを食べに行ったりできるのだが、一人だとそんな気が起きない。銀行に預けっぱなしになっていた。

 三日程、雨が続いたが、剛志は何時も通り神社の清掃に出かけていた。

 翌朝、何時ものように神社の掃除に出かけて家に戻ると、部屋が荒らされていた。空き巣だ。空き巣の被害に遭ったようだ。

 警察に届けた。

 金庫がこじ開けられ、中に仕舞ってあった現金は勿論、預金通帳と印鑑、妻の宝石類など、貴重品が一切合切、全て盗まれていた。

(どうせ俺には使い道のないものだ)

 そう思って、諦めることにした。

 次の日、朝、神社の掃除に出かけようとすると、家の中から、


――携帯電話を持って行ってね~!


 と妻の声が聞こえた――ような気がした。電話なんてかかって来ない。たまにかかってきても勧誘の電話ばかりで、うんざりしていた。携帯電話は居間に置きっぱなしになっていた。

「うん。分かった」と返事をすると、携帯電話を持って家を出た。

 小雨の降る寒い朝だった。合羽を着て出かけた。

 神社に着くと先客がいた。見知らぬ人が合羽を着て、境内の掃除をしていた。フードで顔が分からない。小柄な女性のようだった。

「こんにちは」と挨拶をすると、「お久しぶり」と答えた――ような気がした。囁くような声で、よく聞き取れなかった。

 何時も通り、神社の清掃をしていると、いつの間にか謎の人物がいなくなっていた。

(変だな)と思っただけだった。

 家に戻ると、家がなくなっていた。

 このところの雨で、裏山が崩壊し、土砂崩れが起こったようだ。家は押し寄せた大量の土砂に飲み込まれていた。

 子供たちから電話があった。携帯を持って出たお陰で、無事を伝えることが出来た。

 警察から、電話があった。

「空き巣がつかまったので、盗まれたものを確認してもらいたい」ということだった。

 剛志の家に空き巣に入った後、空き巣はアキレス腱を断裂し、道端で動けなくなってしまった。通行人がそれに気がつき、救急車を呼んだ。病院に担ぎ込まれたが、身元を明かそうとしなかったこと、手に持った荷物を手放そうとしなかったことから、病院関係者が不審に思い、警察に通報した。

 手荷物から剛志名義の預金通帳や印鑑が見つかった――という訳だ。盗まれたものは全て、手元に戻って来た。いや、むしろ、空き巣に入られたお陰で貴重品が土砂崩れに巻き込まれずに済んだ。

 あの朝、神社にいた見知らぬ人物、あれは妻だったのではないかと思った。ぶかぶかの合羽を着ていたので分からなかったが、背格好は妻と似ていた。

 家の方も妻が保険に入っていてくれたお陰で、建て直すことができそうだった。

 妻が見守ってくれているのだ。

「危ないから、そこに住むのは止めたら?」と子供たちに言われる。

 だが、剛志はこう答えた。

「ここにはお母さんとの思い出が詰まっているんだ。大丈夫、近くで、お母さんが神様と一緒に見守ってくれているから」


                                             了


 拙作をご一読いただき、ありがとうございました。


 アイデア自体は随分、前に思いついたのだが、ありふれた作品のような気がして、執筆する気になれなかった。今回、作品にしてみたのだが、如何だっただろうか?


 毒のあるショートショートの方が、人気があるせいか、優しい話が少ない気がして、いくつか書いてみてはいるのだが、やはりインパクトに乏しいようだ。

 ショートショートは毒がある方が面白い。


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