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お前の無くした携帯電話は

 霊山で不老不死の術を会得し、千年の間、修行を積んだ仙人、独鈷児は今日も欲に駆られた人間たちの人生を、弄び、楽しんでいる。


 繁華街で小汚い老人に絡まれた。

「金を寄こせ。そうすれば何でも願いをかなえてやろう」としつこく絡まれた。

 汚い手で上着を掴むので、腹が立った。突き飛ばすと、老人は「あれあれ~」と奇声を上げて路上に転がった。

 そのまま地下鉄駅に向かったのだが、改札で携帯電話が無いことに気がついた。

(まずい!)携帯電話には見られたくない個人情報が満載だ。幸い、セキュリティの設定は万全だ。俺でなければ携帯電話の画面を開くことができない。個人情報を盗まれる恐れは高くないが、無くしたとなると不便だ。それに、新たに購入するとなれば金がかかる。独身で独り暮らしだが、こうして一人でも飲みに来るせいか、貯金は無いに等しく、携帯電話を買う余裕などなかった。

 無くしたとすれば、(あの時だ!)と思った。小汚い老人に絡まれた時に、落としたのだ。いや、老人に掏られたのかもしれない。

 俺は繁華街へ駆け戻った。

 息を切らしながら老人に絡まれた路地に行くと、いた。道端にうずくまって、あの老人が、通行人を物色していた。

「爺さん、俺の携帯電話、盗んだだろう⁉」

 老人の頭上から怒鳴りつけた。

「あん?」と老人が間の抜けた返事をする。

「しらばくれるな! 俺の携帯。落としたか、すり取ったか知らないが、持っているだろう? 早く出せ」

「お前の携帯電話? そう言えば、そんなもの、拾ったような、拾わなかったような・・・」

「ふざけるな!」

 俺は老人の胸倉をつかんで、立ち上がらせた。軽い。雲のようだ。

「まあ、そう焦るな」と老人は意外に強い力で俺の腕を振りほどくと、がさごそと首から掛けたバッグをあさり始めた。

 あれあれ⁉ さっきまで、首からバッグなんて掛けていなかった気がするが・・・

 老人はバッグから三つの携帯電話を取り出して言った。「お前の無くした携帯電話はこの最新型の携帯電話か? このひとつ前の型の携帯電話か? それとも、この旧式の携帯電話か?」

 おおっ! 欲しかった最新型の携帯電話だ。俺が持っていた携帯電話なんて旧式だ。もう五年は買い換えていない。さて、困った。どう答えよう。俺は迷った。正直に答えたものか。

「う~ん」

「ほれ、どうした。最新型の携帯電話が欲しいのだろう?」とにやにや笑いながら老人が言った。

 くそう。そう思われるのも癪だ。

「待て、待て、自分の携帯電話かどうか、画面を見れば直ぐに分かる。俺の携帯電話なら、俺意外の人間に反応しないはずだ」

「なるほどな。では、ほれ、自分の携帯電話を持って行け」と言って、老人は三台の携帯電話を俺に寄こした。

 個人認証を設定してある。俺でなければ、携帯電話の画面を開くことが出来ないはずだ。俺は最新型の携帯電話を手に持った。

「えっ⁉」携帯電話が反応した。

 画面には俺が日頃、使っているアプリが並んでいた。

 ひとつ型遅れの携帯電話も同じだった。俺の携帯電話だ。そして、旧式の携帯電話も同じだった。どういうことだ? 訳が分からない。

「さあ、選べ。どれを選んでも使えるぞ」と老人が言う。

 最新型が欲しかった。だけど、型遅れだって、発売からまだ一年しか経っていない。俺が使っていた旧式に比べると、性能が段違いだった。それに値段も。

「これだ。このひとつ前の型のやつ、これが俺の携帯電話だ」俺がそう言うと、「それで良いのか?」と老人が探るような眼で尋ねた。

「うるさい! これが俺の携帯電話だ」

 俺は残りの二つの携帯電話を老人に突き返すと、携帯電話を握り締めて、繁華街を後にした。


「もう止めてちょうだい! あなた、最低ね‼」

 職場の憧れのマドンナが真っ赤な顔でやって来て、俺に向かって怒鳴った。

「な、なんですか?」

「なんですかじゃないです。仕事中に卑猥なメッセージを送ってくるの、止めてください」

 声が大きい。みなが注目している。

「卑猥なメッセージ?」

 俺は慌てて携帯電話を開いてみた。チャットのアプリを開くと、マドンナ宛に十通以上、メッセージを送っていた。しかも、たった今、勤務時間中だ。

「今晩、俺の家に来ないか? 可愛がってやるぜ」というメッセージから始まって、「ああ~お前の乳揉みてえ~」というのまであった。

「ち、違う! 僕じゃない」と言ってみたが、信じてもらえるはずがない。俺のチャットから送信されているのだ。

 飲み会で、苦労して手に入れたマドンナの連絡先だったのに、何でこうなってしまったのだ。

 俺は変態野郎として社内で有名になった。「セクハラはダメだぞ」と上司から遠回しで注意される始末だった。

 ところが今度は、その上司の悪口をグループチャットで送信し始めた。無論、俺じゃない。いつの間にかメッセージが送信されているのだ。

「あいつだってマドンナとやりてぇくせに、大人ぶっているんじゃねえよ!」と爆弾が投下された。俺は周囲から白い眼で見られてしまった。上司は怒り心頭で、「君のこと、見損なった。あのメッセージ、即刻、削除したまえ! このまま会社にいたって、出世とは縁がないと思ってくれよ」と面と向かって怒られた。

「すみません。あれ、僕じゃないんです。本当です。信じてください」と言い訳することしか出来なかった。

 だが、俺の暴走は続く。

 俺は、いや、俺になりすました誰かが、手当たり次第、卑猥で悪意に満ちたメッセージを周囲にばら撒き始めた。俺は駆けまわって、「知りません。僕のチャットが誰かに乗っ取られているのです。メッセージを送ったのは僕ではありません」と必死に弁解した。すると今度は、SNSに俺が会社の駐車場で、駐車してあった車に次々と傷をつけている動画がアップされた。

 バカだのクズだの、ボンネットに傷をつけて書いては顔出しで自慢する。顔も声も俺だった。だが、俺じゃない。そんなこと、やった記憶がないのだ。

 これは流石に警察沙汰になった。

 会社にいられなくなってしまった。俺は会社をクビになった。

 この頃には、繁華街で出会った老人の仕業ではないかと思い始めていた。あの時、嘘をついて携帯電話を新しいものに変えてしまった。その仕返しなのだ。そんな気がした。


――あの老人を探し出して、何とかしなければならない!


 そう決心した夜、とんでもない動画がアップされた。

 何と俺が、いや、俺に見える誰かが会社の近くにある交番目掛けて、拳銃の弾を打ち込む動画が公開されたのだ。

 駐車場の件の仕返しだ~! と動画の中で俺は絶叫していた。

 俺は逮捕された。当たり前だろう。

 何故か家から拳銃が出て来た。

 牢屋に入れられて、俺はほっとしていた。これで、完璧なアリバイが出来た。携帯電話も取り上げられた。これから発信されるメッセージや動画は、全て、俺がやったものではないことが証明されるのだ。

 だが、逮捕されてから、俺の携帯電話は静まり返った。

 俺は罪が確定し、服役することになった。


「金の斧、銀の斧」を題材に独鈷児流にひねってみた作品。どう落とすかで苦労した。

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