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コーヒーブレイクにショートショートを  作者: 西季幽司
コーヒーブレイク・その三
78/105

タクシーと幽霊

「幽霊はタクシーに乗って」シリーズの新作になります。

――お嬢さん。一体、どうしたんだい?

 そんなにびしょ濡れで。雨でも降っていたのかな? ほら、このタオルで拭きな。大丈夫だよ。おじさんが使っているタオルじゃないから。お客さん用に、クリーニングして保管してある綺麗なタオルだから。

 こんな夜中に、若い女性があんなところを歩いていたら、危なくて仕方がないよ。お嬢さんは知らないだろうけど、あそこはね、事故の名所として有名なところなんだ。緩いカーブなんだけどね。山の中の一本道で、すれ違う車がないから、スピードを出し過ぎるんだろうね。

 昔、若いカップルの乗った車がカーブを曲がり切れずに、崖下に転落したことがあった。可哀そうに、女の子が亡くなった。

 あまりに事故が続くものだから、役所の人間が調べたらしい。ほら、山の上にデッカイ保養施設が出来ただろう。あの工事でね。地盤が動いて、カーブの外側の方が内側より低くなってしまったらしい。カーブはね。外側が高くなっているから、うまく曲がることができるんだ。外側が低いとハンドルを切っても、切っても、曲がり切れない。ベテランのタクシー運転手だって、あそこで事故を起こしているんだ。

 まあ、こんな話、どうでも良いか。


――お嬢さん、いくつだい?

 えっ⁉ 二十歳。そうかい。ダメだよ~お嬢さんみたいな若い子が、こんな時間に、あんなところを歩いていたら。ご両親はきっと、心配しているよ。早く、おうちに帰んなさい。

 あんた、なんだか・・・いや、気のせいだな。

 もう一枚、タオル使うかい? 折角の真っ白で可愛い服が、泥だらけじゃないか。その綺麗な黒髪も泥だらけだ。ごしごし拭いた方が良いよ。良いって、良いって、タオルなんて、洗えば良いんだから、気にしなさんな。

 大丈夫だよ。前はちゃんと見て運転しているから。バックミラーでね。少し見ているだけさ。


――びしょ濡れで寒いだろうから、エアコンを少し、強くするよ。

 こんな時間に、あんなところ、一人で歩いているなんて、何かあったのかい? 訳ありだってことくらい、おじさんにだって分かる。詮索好きで悪いね。おじさんで良かったら話を聞くよ。人に話せば、すっきりするってことあるから。


――おや、だんまりかい。

 あんた、なんだか・・・気に障ったら、かんべんな。ほら、あのカーブで事故があったって言っただろう。そして、女の子が死んだって。あの事故から、夜中に、あのカーブあたりで出るんだって。女の子の幽霊が。女の子の幽霊を拾ったタクシー運転手がいるっていう噂があるんだ。

 怒ったのかい。ごめん。ごめん。幽霊の訳ないか。


――ああ、そうだ。

 おじさんにも生きていれば、あんたと同じくらいの女の子がいたんだ。

 そうだよ。残念ながら、赤ん坊の頃に死んじまってね。若いころ、うちの家内は体が弱くてね、やっと授かった子供だった。だから、子供が出来た時は嬉しかったね~そう、もう、天にも昇るって、あんな気持ちを言うんだろうね。

 真美って名前をつけたんだ。真に美しい。良い名前だろう。うちの家内、若いころは結構、可愛かったんだよ。だから、あの子だって、きっと美人に育ったさ。そうに違いない。若いころの家内に瓜二つの可愛い娘になっていたと思う。

 子供が生まれて、初めて我が子を見た時、愛おしさと同時に責任感っていうのかな。そういうのを感じた。これから、この子のためにもしっかりしないとなってね。

 でもね、半年も経たない内に、あの子は死んでしまった。乳幼児突然死症候群ってやつさ。原因不明。何が悪かったのか、私たちにも、さっぱり分からなかった。


――うん。それは寂しかったよ。何もかもがどうでも良くなって、死んでしまいたいくらいたかった。でも家内がいたからね。

 もともと産後の肥立ちが悪かったのに、大事な赤ちゃんが死んでしまったものだから、家内は長いこと入院していた。何度も死にかけたんだ。

 おじさん、子供と家内の両方、いっぺんに失うんじゃないかって、毎日、怖かったね。うちの近所の神社があってね。そこでお百度を踏んだりした。

 お百度参りって知っているかい? 心願成就のために、百回、お参りすることだよ。心願成就って分かるかい? 神仏に願いごとをすることだ。とにかく、赤子を奪っておいて、家内まで奪わないでくれって、必死で祈ったね。


――今? 家内がどうなったかって? 元気だよ。神様も不憫に思ってくれたのかな。おじさんの願いを叶えてくれたって訳さ。結局、子宝には恵まれなかったけどね。

 きっとあの子が、見守ってくれているのさ。あれから、二人共、風邪ひとつ、引いたことがない。家内なんて、あれだけ体が弱かったのに、今じゃあ、丸々と太って、健康そのものさ。


――神社? うん。よく行くよ。

 毎月、あの子の命日にはお参りしているんだ。この間なんか、長々と神様に愚痴を聞いてもらった。一度で良いから、あの子に「お父さん」って呼ばれたかったてね。だって、そうだろう。ろくに話すこともできない内に、あの世に行ってしまったんだ。抱いてあげたのだって、数えるほどだし、手を繋いで歩くことさえできなかった。

 あの子に「お父さん」って呼ばれたら、最高だろうな~年を取ったからかな。最近、そう思う。


――えっ⁉ なんだって?

 お父さんって言ったのかい? おじさんのことかい? お嬢さん、あんた・・・


――待ってくれ。行かないでくれ。顔を見せてくれ。おじさんに顔を見せてくれ。

 真美! あんた・・・真美なのか⁉


――幽霊だって構わない。だから・・・だから、行かないでくれ。俺の側にいてくれ――‼


 タクシー運転手が振り返った時、後部座席には誰もいなかった。ただ、シートがしっとりと湿っていた。

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