百円の女
霊山にて不老不死の術を会得し、千年の間、修行を積んだ仙人がいた。
名を独鈷児と言う。あらゆる術に精通しており、人の望みを何でもかなえることができた。だが、身なりは浮浪者のように薄汚れており、性は悪辣で、意地汚く、貪欲な男だ。人の心の醜さを映し出す鏡、それが独鈷児だ。
独鈷児は欲に塗れた人間たちの人生を、今日も、弄んで楽しんでいる。
会社帰りに一杯、ひっかけた。
千鳥足で繁華街を歩いていると、小汚い浮浪者のようなジジイにからまれた。
「金を恵んでくれたら、願いを叶えてやろう」とジジイが言った。
無視しようとしたが、服の裾をつかまれた。汚い。服が汚れてしまう。「ほら、ジジイ。じゃあ、これで願いを叶えてくれ。そうだなあ・・・女かな。女が欲しい」と百円を渡した。
「百円じゃあ、良い女はあてがえないぞ。もっと金を寄こせ」
「ふざけるな!」
流石に腹が立った。僕はジジイを突き飛ばした。
「あれ、あれ~」と悲鳴を上げながら、ジジイが道端に転がった。
そのまま地下鉄に乗った。
駅から酔い覚ましに、ぶらぶらと自宅のアパートまで歩いた。
途中、小さな公園がある。ベンチに若い女性が座っていた。夜中だ。住宅街だが、こんな時間に若い女性が一人、公園のベンチに座っているなんて物騒だ。
余計なお世話だと思ったが、「どうかしました?」と声をかけた。
女が振り向く。若い。金髪に髪を染め、派手な化粧をしているが、まだ十代だろう。ほっとした表情で俺のことを見た。そして、「助けてください」と言った。
「僕にできることなら」と答えてしまった。
「私、家出してきちゃったんです」と女が言った。
親と喧嘩をして、家を飛び出して来た。行くあてがない。今晩、泊めてもらえないかと言うのだ。「迷惑なのは分かっている。お詫びにサービスしてあげるから」と女が言う。
「サービス?」
「分かっているでしょう」と女が笑った。
早速、効果があったのかもしれない。いきなり彼女が出来そうだ。それも、面倒な駆け引きをすっ飛ばして、一足飛びに深い関係まで進むことが出来る。
俺は彼女をアパートに連れて行った。
誰にも邪魔されないように、ドアにしっかり鍵をかけておいた。
「まあまあね」と部屋を見回しながら女が言う。
「君が来ると分かっていたら、もう少し、片づけておいたんだけど・・・」
「気にしないで。お風呂はこっち? 私、先にシャワー浴びるわね」
「あ、うん」
「バスタオル貸して」
「ああ、ちょっと待って」とクローゼットから新しいバスタオルを出した。良かった。洗濯しておいた予備のバスタオルがあって。
女がシャワーを浴びている間に、部屋の中を片付けておくことにした。取り敢えずベッドだ。シングルベッドで狭い。ベッドの上に脱ぎ散らかした衣服を片付けた。
衣類をクローゼットに押し込み終わった頃、女がシャワールームから出て来た。バスタオルを巻いただけの艶めかしい姿だ。
「早くシャワーを浴びて来て」と女が言う。
俺はシャワールームに飛んで行った。
期待に胸を膨らませながらシャワーを浴びた。シャワーを終えて、シャワールームを出ると、見知らぬヤンキーが部屋にいた。
「だ、誰だ⁉」
「誰だじゃねえだろう! てめえ、俺の女に手を出しやがって!」
ヤンキーが怒鳴る。金髪で眉毛が見えなくなるほど抜きまくっている。威勢は良いが、まだ若い。女と同年代、十代だろう。
玄関のドアにはしっかり鍵をかけておいた。ヤンキーが部屋にいるとなると、女がドアを開けたのだ。ヤンキーと示し合わせておいたに違いない。深夜の公園で、俺のような餌がかかるのをじっと待っていたのだ。
(やられた!)と思った。
美人局だ。
「おいっ! 黙ってないで、何とか言えよ。ええっ! どう落とし前をつけてくれるんだ」
「か、金か」
「いくら出す?」
「生憎、給料前で持ち合わせがない」
「だから、いくらだよ!」
「三千円」
「ふ、ふざけるな~!」
「明日になれば、銀行でお金を降ろしてくる」
「で、いくら払う?」
「五千円」
「お前、ふざけているのか? 金が出来るまで、俺たち、ここから動かないからな」
こうして、二人は俺の部屋の住人となった。
一週間が過ぎた。
今日は給料日だ。やつらはまだ俺の部屋にいた。俺のベッドを占拠し、俺の金で三食、食ってやがる。最近は、「よう、にいちゃん。小遣いをくれよ。たまには息抜きしたいんだ」などと、勝手なことをほざくようになってしまった。
生活費が三倍になった。親から金を借りて、何とか今日まで生きて来た。だが、もう我慢の限界だ。
(このまま金を払えば、やつら、本当に消えてくれるのか?)
心配になった。
あいつら、共同生活を楽しんでいるようだ。昼間は俺の部屋で二人切りだ。やりたい放題だ。働かなくても三食、食って行ける。窮屈なことを我慢すれば、恵まれた環境だと言えるだろう。
何とかしなければならない。
(そうだ。あのジジイにもう一度、頼んでみよう)
俺は仕事が終わると繁華街へと足を運んだ。
いた。あのジジイだ。相変わらず、酔っ払いに絡みまくっている。
「おい、ジジイ。何とかしてくれよ」俺はジジイに詰め寄った。
「誰だ? お前」
「一週間前に、女が欲しいと頼んだ人間だ。あの後、女を拾ったのは良いけど、ヤンキーがついて来やがった。うちに居候されて、困っているんだよ!」
つい声が大きくなる。二人連れのサラリーマンが振り返って、くすくすと笑った。恥ずかしい。
「ほう~そうだったのか」
「そうだったのかじゃねえよ。何とかしてくれ」
「何とかして欲しければ。金を出しな」
「くっ! また金か・・・」
財布から千円札を引き抜こうとすると、「それじゃない。ケチケチすると、また痛い目に遭うぞ」と脅されてしまった。
「クソジジイが!」と一万円札を渡した。
「願いをかなえてやる」
そう言い残すと、ジジイは小躍りしながらいなくなった。
家に帰ってみると、二人が消えていた。
部屋の中のものが散乱していた。どうやら、喧嘩して女が家を飛び出し、それを追ってヤンキーが出て行った――という感じだった。
「良かった」
俺はへたへたとその場に座り込んだ。
やつらが戻って来ると面倒だ。俺は引っ越した。
願いごとなんて、大体、似たようなものになるでしょうから、それをどう落とすか、頭をひねった作品です。




