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コーヒーブレイクにショートショートを  作者: 西季幽司
コーヒーブレイク・その三
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魔法のショートケーキ

――ごめんなさい。お父さん。


 店じまいを終えたケーキ屋の店内の隅にあるイートインスペースに腰を掛けて、私は父に詫びた。

 ケーキ屋の娘として生まれ、パティシエになるのが子供の頃からの夢だった。高校を卒業すると、直ぐに父のもとに弟子入りし、ケーキつくりを学んで来た。

 まだまだ修行途中だったが、父の急死を受けて、私がケーキ屋を継いで三年、新規顧客を取り込もうと、新商品を棚に並べたりして、頑張ってきたつもりだが、売り上げが減って行くのを止められなかった。

 父が生涯を捧げた、このケーキ屋をたたむ時が来てしまった。


――にっちもさっちも行かなくなったら、これを開けてみなさい。


 と生前、父に言われ、お守り袋を預かっていた。

「中を見る日が来なければ良いね」と言いながら、父はお守り袋を金庫に仕舞った。ついに、お守り袋を開ける日が来てしまった。

 店を続けるにはお金が足りない。金目のものでも入っているのではないかと期待した。

 金庫からお守り袋を取り出す。

 恐る恐る中を見た。

 小さく折り畳んだ紙切れが入っていた。

(何だろう?)

 紙切れを広げて見た。


――ご苦労さん。よく頑張りました。もう十分。


 そう書かれてあった。

 私は泣いた。父は、いつか、こういう日が来るかもしれないと思い、その時に、私を慰めようとしてくれていたのだ。金目のものが入っているのではないかと期待した自分が情けなかった。

「ごめんね。お父さん」と私はもう一度、父に謝った。



 その時、カランと音がして若い男性が店に入って来た。

 私は涙を拭きながら言った。「あっ、すみません。もう閉店なんです」

「そうなのですか。すみません。久しぶりに、おたくのショートケーキが食べたかったものですから。ダメですか?」とショーケースに残ったショートケーキに目を遣った。

 イチゴのショートケーキがほぼ丸ごと売れ残っていた。

「構いませんよ」

「食べて行って良いですか?」

 最後のお客さんになるかもしれない。

「ええ、どうぞ」

 イートインスペースにケーキを運び、「良かったら」とお茶を煎れてあげた。

「ありがとうございます。店長さんはいないのですか?」

「父でしたら、亡くなりました」と言うと、男性は「えっ!」とびっくりした顔をした。

「父をご存じなのですか?」と聞くと、男性は「子供の頃、貧しくて――」と父との思い出を語り始めた。

 男性は母子家庭で育った。貧しかったようだ。特に小学生だった頃、母親が病気になり、収入が途絶えてから、貧しさに拍車がかかった。

 姉がいて、姉と二人、生きて行くのがやっと、ケーキなんて食べる余裕がなかった。うちの前を行き来する度に、美味しそうなケーキを見て、「いつか、お腹いっぱい、この店のケーキを食べるんだ」と思っていたらしい。

 そうしたある日、店の外からケーキを眺めていると、父が出て来て、「僕、ケーキを食べたいの?」と聞かれたと言う。

「うん」と頷くと、店に入れてくれた。「どのケーキが食べたい?」と聞かれたので、「イチゴが乗っているやつ」と答えると、イチゴのショートケーキを食べさせてくれた。

「魔法のショートケーキだよ~これを食べたら幸せになれるよ~と言って、今、座っているここで、ケーキをご馳走してくれました。もう、あの時のケーキの味が忘れられません。美味しかった~」と男性は言う。

 その後、町を出て、一時、姉と二人、施設で過ごしたが、母親が快復、姉が働き始めたこともあって、男性は大学を出て、働いていると言う。

「なかなか町に来る機会がなくて、今日、やっと来ることが出来たのです。店長さんにお会いできなくて、本当、残念です。一言、あの時のお礼を言いたかったのに」と男性は悔やんだ。

「父も喜んでいると思いますよ。それで、ケーキはいかがです?」と聞くと、「美味しいですよ。でも、味が変わりましたね。あの時の味じゃないような気がします」と男性が答えた。

 確かに、時代に合わせて、父のレシピをところどころ変更しながらケーキをつくっている。

「あの・・・」

 思い切って言ってみた。「明日、お時間、ありませんか? もう一度、あなたに父のケーキを食べてもらいたいのです」

「是非、喜んで」と男性は嬉しそうだった。

 翌日、ケーキ屋は休みにして、父のレシピ通りに、私が父から教わった通りに、イチゴのショートケーキをつくってみた。

 そして、夜になって訪れた男性に食べてもらった。

「ああ! この味です。この味だ。懐かしい、あの時のケーキの味だ」

 男性は感激してくれた。

「でも、もうこれで最後にします」と店をたたむことを伝えると、「もったいない。こんなに美味しいケーキをつくるお店、なかなかないのに。僕に出来ることだったら、お手伝いします」と男性が励ましてくれた。

 資金に困っていることを正直に伝えると、「お金だったら、少しはお役に立てます」と男性が言う。

 子供の頃から貧乏だった。男性は大学生になるとアルバイトをして溜めたお金を投資に回し、今では投資家として成功していた。

 男性が資金援助をする条件はひとつ。父の味を再現することだった。

 亡き父が彼と引き合わせてくれたのだ――と思った。

 父のレシピに戻した途端、客足が戻って来た。皆、「美味しい」、「懐かしい味」、「こんなケーキが食べかった」と言って、ケーキを買って帰ってくれた。

 私は今日も魔法のショートケーキをつくっている。

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