雲使いの詩
今日も一人で窓から外を眺めていた。
「危ないから窓を開けちゃあダメよ。ベランダに出てもいけない」
そうお母さんに言われていた。だから、窓辺に立って、外を眺めることしかできなかった。
「友だちいないの? 遊びに行ったら」とお母さんは言うけど、僕と遊んでくれる友だちなんかいない。学校が終われば、家に帰って来るだけだ。
――タワマンの子とは遊ばない。
と同級生に言われた。何故って聞いたら、偉そうだからと言われた。
僕にも分かる。僕はタワマンという高い建物の三十階に住んでいる。僕の他にも何人かタワマンに住んでいる子がいるけど、皆、「下界の子は――」と言って同級生を馬鹿にする。
お母さんも時々、「下界は――」と言う言葉を使うので、タワマンの外のことを、家でそういう風に呼んでいるのだろう。
タワマンの子は生意気だから、僕も嫌いだ。
ここに引っ越して来てから、お父さんもお母さんも忙しくなって、家に誰もいなくなってしまった。夕ご飯は冷凍食品。電子レンジでチンくらい出来るようになった。
お母さんが帰って来るのは八時頃、お父さんが帰ってくるのは、僕が寝てからだ。
「ゲームでもしなさい。あなたくらいの子は、皆、ゲームが好きでしょう」とお母さんは言う。
ゲームは大好きだ。でも、学校で皆がゲームの話題で盛り上がっている時、その仲間に入ることができないのは辛い。途端にゲームがつまらなくなる。友だちをわいわい盛り上がって遊ぶから面白いのだ。
だから、僕は窓から見飽きてしまった景色を眺めていた。
驚いた。
目の前を変な恰好をした男の人が雲に乗って現れた。体にぴったり密着した服を着ている。上下ひとつになったツナギのような服だ。しかも真っ白だ。手袋に靴まで一体になっている。ダイビングで着るウェットスーツのようだ。靴先が異様に尖っている。首の周りにはふわふわとした綿のような襟がついていた。
雲をベッドに、気持ち良さそうに寝ていた。
――雲の上に人がいる!
僕と目が合った。
「おやおや、僕の姿が見えるのかい?」と変な男の人が近づいて来た。
窓の向こうで雲の上に胡坐をかいて座った。
「うん。見える」と答えると、「へえ~珍しい。僕の姿が見えるなんて、君、余程、寂しいんだね」と言われた。
僕は「うん」と頷いた。
「そうか~ねえ、窓を開けてよ。お話しよう」
「お母さんから窓を開けちゃあダメだって言われているんだ」
「そうか。じゃあ、仕方ないね。まあ、君の声、聞こえるからいいけど」
「君はだあれ?」
「僕かい。僕は雲使いだよ」
「雲使い? じゃあ、雲を自由に操ることができるの?」
「勿論さ。だから、こうして雲に乗っている」
「僕も乗ってみたいなあ~」
「残念。無理だね。君が乗ると、あっという間に雲をすり抜けて落っこちてしまう」
「そうだね。それくらい、僕にも分かるよ」
「ねえ。何しているの?」
「何にも。ゲームをしていたけど、あきちゃった」
「ゲーム⁉」雲使いが目を輝かせた。
「やってみる?」
「いいの」
「うん」
「じゃあ、窓をちょっとだけ開けてよ」と雲使いが言うので、僕は窓を少し開けた。お母さんに知られたら、怒られてしまう。
ひゅう~風が吹いて、雲使いが部屋に入って来た。
それから僕らはゲームで遊んだ。
やっぱり誰かとわいわいゲームをやるのは楽しかった。夢中になって遊んでいる内に、夕ご飯を食べるのを忘れていた。
「ああ、すっかり暗くなってしまったね」と雲使いが言った。
「もう少し・・・」一緒に遊びたかった。
「ねえ、毎朝、何時に起きるの?」と雲使いが聞いた。
「七時」
「じゃあ、明日、七時に起きたら、窓から外を見てね」
「窓から外を?」
「うん。じゃあ、僕、行くね」
そう言い残すと、ひゅう~と風になって風使いは部屋からいなくなった。
翌朝、僕は七時にぱっちり目を覚ました。
何時もはお母さんに起こされまで起きないけど、今朝は自然と目が覚めた。僕はベッドを飛び起きると、カーテンを開けた。
外を見た。
――うわあ~。
思わずため息が出た。
窓の外には一面、雲が広がっていた。丁度、僕の部屋の下辺りに、どこまでも、どこまでも果てしなく雲が広がっていた。雲が全てを覆い尽くしていて、下には何も見えない。窓の向こうには、ただ青空と雲だけが広がっていた。
まるで雲の上にいるかのようだった。
僕は窓を小さく開けると、雲に向かって言った。
――雲使いさん。ありがとう。




