はえ使いの詩
はえ使いは気難しい。
風使いの仲間は、皆、そう思っているようで、仲間外れになることが多い。この間も、木枯らし使い、こち使い、神渡し使いの三人で集まって、かくれんぼをしたようだ。
――楽しそうだったよ。
と雨使いが教えてくれた。雨使いとは仲良しだ。もっとも、性格の良い雨使いは、風使い全員と仲良しなのだが。
――君は忙しい時期だからね。
三人はそう言っていたらしい。確かに、夏のこの時期は忙しい。冬場は鬱々として気分が優れない。どんよりとしていて、体を動かすのが億劫だ。ただただ、ぼうっとして、寝てばかりだ。
春先辺りから気分が晴れてくる。やがて、暑い時期になると、もう、じっとしていられなくなる。踊ったり、歌ったり、飛び跳ねたりして、大騒ぎだ。
――躁鬱病だね。
と木枯らし使いは言う。
南の空の上で、くるくると回るものだから、風が大渦巻となる。大渦巻は風に乗って、北へ北へと進む。
人は、それを台風と呼んでいる。
人や動物たちに迷惑をかけてしまっているようなので、大人しくしておこうと思うのだけど、暖かくなるとじっとしていられない。ついつい、体が動いてしまうのだ。
今日も、はえ使いは空の上でくるくると回りながら踊っていた。
案の定、台風が出来た。
――あちゃ~また、やってしまったか。
はえ使いはぺろりと舌を出す。
台風に乗って移動する。たまには町の様子を見たいと思った。昔はなかったのに、背の高いビルが立ち並んでいる。暴風雨が、綺麗に整備された町を水浸しにし、山を崩し、樹木をなぎ倒し、屋根瓦を吹き飛ばして行く。
――ほらほら。危ないから部屋の中に入っていな。こんな日に外に出ちゃあ、ダメだ。
はえ使いが空の上から囁く。誰も聞いてはいないが。
ふと、アパートのベランダが目に留まった。ガラス戸が開くと、小さな子供がよちよちと歩きながらベランダに出て来た。
――危ないなあ~外に出ちゃあダメだ。君みたいな小さな子供だと、風に吹き飛ばされてしまうよ。両親はどうしたの? 誰もいないの?
はえ使いが叫ぶが、子供には聞こえない。どうやら一人で留守番をしていたようだ。
子供は風にあおられてひっくり返った。そして、部屋と反対方向に四つん這いで這い始めたのだ。ベランダには手摺があるが、子供の体ならすり抜けてしまう。この強風だ。手摺を超えると、風に体を持って行かれてしまう。
――ああ~ダメだ。そっちに行っては。ベランダから落ちちゃうよ――!
どうする。どうしたら良い。はえ使いは懸命に考えた。
――そうだ!
はえ使いは独楽のようにくるくると回り始めた。すると、あっという間に渦巻きが出来た。台風の中にもうひとつ、小さな台風ができたようなものだ。中心部分は無風で雨も風もない。
――どうだっ!
はえ使いはベランダを見た。ベランダは無風となり、太陽の光に包まれていた。
風に吹き飛ばされる心配はなくなったが、小さな子供はまだ、手摺に向かって這い続けていた。そして、あっ! と思った時には、手摺をすり抜けていた。
――ええいっ!
はえ使いはぴゅう~と飛んで行くと、息を吸い込んだ。ふうと吹くと、落下していた子供がふわりと浮いた。はえ使いは優しく子供を胸に抱えた。そして、そのまま少しずつ、ゆっくりと上昇すると、ふわりとベランダに降り立った。そして、ガラス戸を開けると、子供を部屋へ戻した。
――ダメだよ。もう、こんなことをしては。
子供ははえ使いを見て、「あはは」と笑った。小さな手を差し伸ばしている。空を飛んだのが楽しかったのだろう。またやってとねだっているのだ。
――じゃあね。バイバイ。
はえ使いはガラス戸を閉めると、空へ舞い上がった。
巨大で勢力の強い台風十四号に、突然、台風の眼がふたつできるという不可思議な現象が起こった。後からできた小さな眼は直ぐに消えてなくなったが、専門家もその原因が分からなかった。
拙作をご一読いただき、ありがとうございました。
南風と言うと台風しか思い浮かばなかった。どうしても、東西南北、四人の風使いたちの話を揃えたくて、台風を題材にした作品とした。




