仇討ち
「大魔神をやりたい!」と書いた作品です。
ちなみに「大真神」と書いて”おおまかみ”と読みます。
志乃は神社の境内まで歩いてくると、狛犬に縋って座り込んだ。
寂れた神社だった。雑草で覆われた神社には小さな祠があるだけだったが、何故か二頭の立派な狛犬が小さな祠を守るように立っていた。狛犬はよくある狛犬と違い、両耳がぴんと立っていて、獅子というより犬に近かった。
松野重蔵は追って来ないようだ。
(私が生きていようが死んでいようが、関係ないと言うことか)と思うと、志乃は情けなかった。
国元で松野重蔵に父、新田新之丞を殺された。勘定方の御役目に関して意見の相違があったらしいが、志乃は詳しいことを知らない。松野重蔵は新之丞がお気に入りの配下であったはずだった。その松野重蔵が、ある日、突然、父を斬り捨て、逐電してしまった。
国家老の命により、志乃は弟の新之助を連れて、仇討ちの旅に出ることになった。
三年、松野重蔵を探し求めた。そして、ついに旅籠を出る松野重蔵を見つけた。二人で後をつけ、河原で決闘を申し込んだ。
「新田新之丞の子か。あれは不正を働いたおぬしらの父親が悪いのだ。おぬしらに恨みはないが、仇討ちとなると、こちらも黙って討たれる訳には行かん。悪いな。遠慮なくやらせてもらう」と松野重蔵は凄んだ。
(父上が不正!)
あの小心で正直者の父が不正を行っていたなど、松野重蔵の言葉が信じられなかった。
松野重蔵は国元の道場で免許皆伝の腕を持つ剣客だと聞いていた。
歯が立たなかった。新之助と共に仇討ちに臨んだが、新之助は斬られ、志乃も重傷を負った。
松野重蔵は志乃に止めを刺すことなく、立ち去った。
志乃は松野重蔵を追って、この神社まで歩いてきたが、力尽きてしまった。狛犬に背をもたれかけさせかけながら、志乃は祠に祈った。
「神よ。私の命を捧げます。父上を、新之丞を討った、あの憎き松野重蔵を懲らしめてやってください。死出の旅路のお供として、松野重蔵を連れて行きたいのです」
そう祈ると、志乃はがっくりと首をうなだれた。
「よかろう。そなたの願い、かなえてやろう」
何処からか声がした。
次の瞬間、突然、祠の扉が開くと、もやもやと黒い霧が湧き出して来た。そして、二頭の狛犬を包み込んだ。
二頭の狛犬はばりばりと音を立てて、頭は狼、体は人間の狼男へと変身して行った。身の丈が八尺はあろうかという、筋肉隆々の化け物が二頭、台座の上にすっくと立つと、「うおおおお~!」と咆哮を上げた。
そして、台座から飛び降りると駆け出した。
日暮れが近い。
(今夜は野宿か)と松野重蔵は心を決めた。
仇討ちは返り討ちにしてやったが、国元から次の刺客が送られて来るかもしれない。油断は禁物だ。それもこれも家老の酒井の不正をもみ消そうとした新田新之丞が悪いのだ。「力づくでも止めてみせる」などと言って刀を抜くものだから、松野重蔵としても武士の面子から引けなくなってしまった。
家老の酒井が黒幕にいるのだ。あきらめないだろう。
「何だ⁉」
気がつくと、前方からもの凄い殺気が漂って来る。黄昏時だ。辺りは薄暗い。真っ黒な暗闇が目の前に広がっていた。人の姿をしているが、人には見えない。化け物だ。
「妖怪め!」
松野重蔵は刀を引き抜くと、身構えた。
化け物がじりじりと松野重蔵に近寄って来る。そのおぞましい姿が見えて来た。犬か狼か、獣にしか見えない頭をしていて、赤い舌を出し、口元から涎を滴らせながら、松野重蔵に迫って来た。
あと一歩で間合いに入る。
(一刀のもと、首を刎ね飛ばしてやる)と刀を握り直した。
その瞬間、背後に忍び寄っていた陰が、がぶりと松野重蔵の頭にかじりついた。
「うがあ――!」
二頭の飢えた獣は争うようにして、松野重蔵を貪り食った。
あっという間に松野重蔵を平らげると、二頭の獣は黒い雲になって空を駆け、国元に現れた。国家老の酒井の屋敷に現れると、「化け物だ~!」、「者ども、出会え~!」と叫ぶ、警護の武者たちを弾き飛ばし、捕まえては投げ捨て、屋敷の奥へと向かった。
「な、何やつ!」と出て来た酒井に二頭はむしゃぶりついた。
「あっ、ああああ――!」
腕を食いちぎり、腸を引き裂き、今度は時間をかけて、二頭は酒井を食らった。