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神渡し使いの詩

 丘の上で又三郎が待っていた。

「おう。神渡し使いか。相変わらず変な恰好だな」

 神渡し使いは体にぴったり密着した服を着ている。上下ひとつになった、体にぴったりのツナギのような服だ。しかも、真っ白で、手袋に靴まで一体になっている。靴は靴先が異様に長く、尖っている。首の周りにはひらひらと花びらのような襟がついていた。

 神渡し使いは、風使いの一人。四角い顔に細長い眼で、髪の毛を刈り上げている。


――又三郎。今日は何をして遊ぶの?


 又三郎は風の一族だ。風使いではないが、僕らの姿が見えるし、話をすることができる。僕らは東西南北、四方に散って、日々、風を吹かせている。黙々と風を吹かせていると、ふと孤独に苛まれ、話し相手が欲しくなる。そんな時、又三郎に会いに来る。又三郎と他愛もない会話をするだけで、また頑張ろうと、やる気が湧いてくるのだ。

 僕らが情にほだされ、つい手を貸してしまうからだろう。又三郎たち、風の一族は、風を操る悪霊のような存在として恐れられているようだ。彼らも孤独を抱えている。

「今日はお日様使いを呼んであるんだ」と又三郎が言う。


――お日様使い⁉ あいつ、卑怯でズル賢くて、何時も木枯らし使いのこと、イジメている悪いやつだよ。何で、あんなやつを呼んだの。


 木枯らし使いとお日様使いは犬猿の仲だった。二人が仲たがいしたのは、「北風と太陽」という寓話に書かれてある力比べが原因だった。

 どちらが偉いか口論になり、通りかかった旅人を見て、どちらが先に旅人の着物を脱がせることができるか力試しをした。北風はびゅうびゅうと風を吹き付けたが、旅人は着物をしっかりと押さえ、着物を脱がすことはできなかった。太陽が旅人を照らすと、旅人は暑くなって着物を脱いだ。勝負は太陽の勝ちだった――という、あの寓話だ。


――あの勝負はイカサマさ。お陰で僕は、世の中の笑いものになってしまった。


 と木枯らし使いは、お日様使いを嫌っていた。

「あの二人、仲直りしたみたいだよ」

 驚いた。水と油だった木枯らし使いとお日様使いが仲直りをしたというのだ。


――本当? 何があったの?


「知らないよ。そんなこと、どうでも良いし。木枯らし使いが紹介してくれたので、お日様使いとも話が出来るようになった。お日様使いがもっと友達を紹介して欲しいと言うから、君を呼んだのさ」


――なんだかなぁ~。


 神渡し使いは煮え切らない表情だった。又三郎と話すは楽しいが、お日様使いには会いたくなかった。どうしようか考えている内に、お日様使いが現れた。


――お待たせ~やあ、君が神渡し使い君だね。嬉しいな。こうして会えるなんて、夢のようだ。


――ふ~ん。


 満面の笑顔だ。悪い奴ではなさそうだ。

「凄い恰好だね」

 又三郎の言葉通り、お日様使いは、真っ赤な肩パッドが入って、燕尾服のように裾が大きく広がった上着を着ていた。全体的にトゲトゲして見える。ズボンも真っ赤、靴も真っ赤なら手袋も真っ赤と赤尽くめだ。

 まん丸顔に丸い目、顔の真ん中には丸い鼻がついている。人の良さそうな顔だ。


――今日は何をして遊ぶの?


 と、又三郎に神渡し使いと同じことを聞いた。

「そうだねぇ・・・競争でもして遊ぼうか」


――競争!


 神渡し使いとお日様使いが声を揃えた。目がらんらんと輝いている。

「ほら、あそこを見てごらん。旅人が歩いて来るだろう。誰が一番早く、服を脱がせることができるか競争しよう」

 旅人が歩いて来る。男だ。手にボストンバッグを持ち、びしっとスーツを着て、洒落た帽子までかぶっていた。


――それはダメだよ!


 と神渡し使いが悲鳴を上げた。昔、木枯らし使いとお日様使いがやった力試しと同じだ。


――今度は僕が笑いものになってしまう。そんな勝負をして負けたら、木枯らし使いは僕のこと、馬鹿なやつだなって思うだろうし、こち使いやはえ使いも、また同じことやって恥をかきやがって、と呆れるに違いない。


「そうかい」


――僕は全然、構わないけどね。


 お日様使いは余裕綽々だ。


――ダメダメ。ダメだったらダメ!


 神渡し使いは激しく首を振った。

 又三郎は「う~ん」と腕を組んで、暫く考えてから、「じゃあ、今度は帽子にしてみてはどうだい?」と言った。


――帽子⁉


 神渡し使いが考え込む。


――帽子だったら・・・


 簡単に吹き飛ばすことが出来ると考えているのだ。


――僕は構わないよ。


 とお日様使いが言う。


――ようし。じゃあ、やろう! 先ずは僕からね。


 神渡し使いは、ぴゅーと飛んで行くと、旅人の前に回り込んで、ぴゅうぴゅうと西風を吹かせた。吹き飛ばしてやろうと、旅人の帽子目掛けて、集中的に西風をお見舞いした。

 旅人は帽子を飛ばされまいと、手でしっかりと帽子を押さえた。


――まだまだ。これでどうだい?


 男が歩けなくなるまで風を吹かせてみたが、旅人はボストンバッグを抱えてしゃがみ込むと、片手で帽子を押さえ続けた。


――はは。どうやら無理そうだね。じゃあ、次は僕の番だ。


 お日様使いが得意満面の笑顔で言った。

 神渡し使いに代わって、今度はお日様使いが空に登ると、太陽の陽をサンサンと旅人に降り注いだ。旅人は立ち上がると、上着を脱いで片手に持つと、歩き始めた。


――もうちょっと。おかしいな。


 お日様使いが陽の光を強くするが、旅人は帽子を脱がない。陽の光が強くなればなるほど、帽子を目深にかぶった。

「二人共、ダメだね~」と又三郎が愉快そうに言う。

「さあ、僕の番だ。よく見ておいてくれ」

 又三郎はそう言うと、すたすたと旅人に向かって歩いて行った。そして、旅人の目の前で立ち止まると、「こんにちは~」と言って、深々、お辞儀をした。

 旅人は「これは、これは」と帽子を取ると、「こんにちは」と丁寧にお辞儀を返した。

 又三郎が戻って来て言った。「見たかい。僕の勝ちだね」

 拙作をご一読いただき、ありがとうございました。


 風と言えば「風の又三郎」。又三郎を登場させてみた。と言っても「北風と太陽」の話をアレンジした作品で、オチが気に入っている。

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