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恋人か親友か

 パパの書斎に、変な鏡が置いてある。


――何でも答えてくれる鏡だよ。


 とパパが言っていた。「鏡よ、鏡」と呼びかけて、何か尋ねると、鏡が答えてくれるというのだ。とある大金持ちが大金を払って手に入れたものだ。その大金持ちはパパの知り合いで、何か嫌なことでもあったのか「もう必要なくなった」と鏡を売ることに決め、売却先が決まるまでうちで預かって欲しいとパパに頼んだそうだ。

 という訳で、パパの書斎に鏡が置かれている。

 何でも答えてくれる鏡だと聞いて、好奇心をそそられた。仕事で忙しいパパは何時も帰宅が遅い。書斎に忍び込むと、鏡の前に立った。

 壁掛けの丸鏡だ。アンティーク調だが、ごく普通の鏡にしか見えない。さて、何を聞こう。いざ、試してみるとなると、何も思いつかなかった。

「ねえねえ――じゃなかった。鏡よ、鏡。明日の天気は?」と当たり障りのないことを聞いてみた。すると、私を映していた鏡面に、黒い霧が広がり、うっすらと顔らしきものが見えて来た。そして、


――明日の天気は晴れです。雨は降りません。


 とその顔が答えた。

「うわっ! 本当に答えてくれるんだ」

 気味が悪くなった。それに、こんなところをパパに見つかったら、大目玉を食らってしまう。鏡面に広がった黒い霧が晴れなかったらどうしようと焦った。だが、暫くすると、黒い霧が晴れて、鏡面は元通り、くっきりと私の顔を映していた。

「あら、大丈夫みたい」

 何時まで鏡が家にあるのか分からない。パパは当分、帰って来ないだろうし、滅多にないチャンスだ。

 思い切って、「鏡よ、鏡。うちのクラスにタスク君っていう子がいるの。どうやったら、彼と友だちになれるかな?」と聞いてみた。

 タスク君はうちのクラスで一番、恰好よく、頭が良くて、スポーツ万能の男の子。クラスの、いや、学年の女生徒の間で一番人気だ。

 鏡面が黒い霧でかき曇り、顔のようなものが浮かび上がって来る。


――話しかけることですよ。


 と顔が至極、まっとうなことを答えた。

「それが出来ないから困っているのよ」


――タスク君はゼータの大ファンだから、ゼータのことを話題にすれば良い。カバンにこっそりゼータ・マークが書いてあるから、それをきっかけにしてみれば?


 ゼータは今、人気のアニメ「生きてるだけで邪魔なやつ」に出て来る登場人物の一人だ。クールな美人スパイで、胸が大きく、露出が多め。高校生くらいの男の子が好きそうなキャラクターだが、それを人前で前面に押し出すのはちょっと気恥ずかしい感じだ。だから、タスク君はカバンにこっそりゼータを呼び出す時に使われる召喚マークを付けているのだ。

 うわぁ~具体的なアドバイスをもらえた。なんかやれそうな気がしてきた。その夜はゼータについて、徹底的に調べた。


 翌日、登校時、学校の門前でタスク君と出会った。

 鏡の力だろうか。

「おはよう~」と声をかけると、「おはよう」と挨拶を返してくれた。

「あれっ⁉ ゼータ・マークじゃん。タスク君。ゼータのファンなんだね~」と自然に話しかけることが出来た。

「へえ~ゼータ・マークが分かるの?」

「うん。イキジャマの中でゼータが一番、好き。恰好良い」

 イキジャマは「生きてるだけで邪魔なやつ」ファンが使う、タイトルを略した言い方だ。

「女の子でもゼータ・ファンって、いるんだ」とタスク君が目を輝かせた。

「だって、ゼータって、カイアムの呪いを背負いながら生きているでしょう。妹のマムを間違って自らの手で殺してしまうっていう悲しい過去を抱えているし――」と一夜漬けで勉強したゼータの知識を披露した。

 一瞬、タスク君は呆気にとられた顔をしたが、直ぐに表情を崩すと、「そうなんだ。ゼータはね――」と頬を染めながらゼータについて熱く語り始めた。

 校門から下足箱までゼータについて話し続け、それでも足りずに、教室まで一緒にゼータについて語りながら歩いた。

 教室に着くと、流石にタスク君と別れた。すると、一番、仲の良いカンナちゃんが飛んで来て、「どうしたの? タスク君と一緒だったけど」と腕を絡めながら聞いて来た。

 カンナちゃんはクラス一の美少女だ。穏やかで優しい女の子で、私とは正反対の性格だ。男子生徒の憧れの的だ。カンナちゃんみたいな女の子だったら良かったのにと何度、思ったことか。実際、カンナちゃんにそういう話をしてから、仲良しになった。今では私の一番の親友だ。

「うん。校門のところで一緒になったんだ」

「何だか急に仲良くなったみたい。うらやましい」とカンナちゃんが言う。

 カンナちゃんもタスク君のことが好きなのかもしれない。

 カンナちゃんが恋のライバルになると、私なんか、とても太刀打ちできない。でも、大丈夫。私には鏡がある。タスク君のことを、何でも知ることができるのだ。


「鏡の売却先が決まったよ。良い値段で売れた」とパパが言っていた。

 当分、うちにあるものだと安心していたが、「高価なものだから、家に置いておくと神経を使ってしまう。売却先が決まって、ほっとした」とパパが売却を急いだようだ。

 何時、鏡が運び出されるか分からない。時間がなかった。

「鏡よ、鏡。タスク君に好きな子なんて、いるのかなあ?」と鏡に聞いてみた。

 鏡面がにわかに掻き曇り、顔のようなものが現れると、「いるよ」と答えた。

「本当。誰?」

 ドキドキしながら鏡の答えを待った。

「カンナちゃんさ」と鏡が答えた。

 その瞬間、私は目の前が真っ暗になった。

 よりによってカンナちゃんだ。私の親友。カンナちゃんを好きだなんて、運命は残酷だ。こんなことなら、知らなければ良かった。タスク君と仲良くならなければ良かった。

 そう思った。

 自分の部屋に逃げ帰ると、ベッドの上で泣いた。後悔した。過酷な運命を呪った。

 泣いて、泣いて、泣きつかれると、やっと冷静に考えることが出来た。

 カンナちゃんは良い子だ。美人だし、男の子が好きになるのも無理はない。タスク君が好きになったって不思議ではない。いや、美男美女でお似合いのカップルだ。カンナちゃんもタスク君のことが好きみたいだ。

 恋愛を取るか友情を取るか選択を迫られている気がした。


――そんなの選べない。


 私は迷った。迷って、迷って、そして、決心した。

 翌日、登校すると、カンナちゃんを問い詰めた。「タスク君のことが好きなの?」と。

 私の真剣な様子に、カンナちゃんは真面目な顔で「うん」と頷いた。

「だったら、彼に告白しなよ。タスク君。カンナちゃんのことが好きみたいだから」

「そうなの?」

「うん」

「ありがとう」

「昼休み、タスク君を屋上に呼び出してあげる」

「今日なの? 緊張しちゃう」

「大丈夫よ。自信を持って」

 私はタスク君のもとに行くと、「カンナちゃんが、話があるから、昼休みに屋上に来て」と伝えた。タスク君はびっくりしていたが、何かを察したようで、「うん。分かった」と頷いた。

「ダメよ。女の子に恥をかかせては」と言うと、「そうだね。じゃあ、僕から言うよ」と全て、分かっている様子だった。そして、「ありがとう」と私に向かって言った。

 タスク君の言葉をカンナちゃんに伝えてから、私はトイレで声を殺して泣いた。そして、思った。


――これで良いのよ。男より女の友情よ!

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