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世にも不思議なショートショート  作者: 西季幽司
コーヒーブレイク・その一
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お姉ちゃん

 幼い頃、私には姉がいた。

 実家は中華料理屋を営んでいた。安くて美味しいと評判の店で、両親とアルバイトの女性の三人で切り盛りしていた。早朝から夜遅くまで、両親は休みなく働き続けた。私は家で、一人、放っておかれた。一階が中華料理屋、二階が自宅になっており、幼い子を一人で放っておいても、心配なかったからだろう。

 お姉ちゃんが、私の遊び相手だった。

 優しいお姉ちゃんは、私の遊びに飽きもせずに付き合ってくれた。名前が千絵なので、ちいちゃん、ちいちゃんと呼んで可愛がってくれた。私は終日、お姉ちゃんに遊んでもらっていた。だから、両親がかまってくれなくても、寂しくはなかった。

 お姉ちゃんは“しりとり”が得意だった。難しい言葉をいっぱい知っていて、どんな言葉でも返してくる。私が答えに詰まると、「ちいちゃん、何々があるよ~」とこっそり教えてくれた。だから、私たちのしりとりは終わりがなかった。

 そんなある日、お姉ちゃんが私を抱きしめながら言った。


――ごめんね。ちいちゃん。今日でお別れなの。ちいちゃん、もう大きくなったし、明日から幼稚園でしょう。お友達がいっぱいできるよ。良かったねえ~もう、お姉ちゃんと遊ぶ必要なんてないのよ。お友達と一緒に、いっぱい遊んでね。お姉ちゃん、楽しかったわ。ちいちゃんのこと、大好きよ。忘れないから。


 そう言って、お姉ちゃんはいなくなった。私は「嫌だ~お友達なんていらない! お姉ちゃんがいい~」と言って、大泣きした。だけど、お姉ちゃんが戻って来なかった。

 それが、お姉ちゃんと会った最後になった。

 高校生になった時、思い切って、母に聞いたことがある。「そう言えば、昔、うちに、お姉ちゃんがいたよね? 毎日、私と遊んでくれていた。ある日、突然、いなくなってしまったけど、お姉ちゃん、どこに行ったの?」

 子供心に、お姉ちゃんのことは両親に聞いてはいけないような気がしていた。ひとつに、お姉ちゃんに「私のことは、誰にも言っちゃあダメよ。お父さんやお母さんにも内緒にしていてね」と言われたからだ。だから、高校生になるまで、お姉ちゃんのことを親に聞けないでいた。

 それに、お姉ちゃんが家にいるのは、お父さんとお母さんがいない時だけだった。お姉ちゃんは、お父さん、お母さんの声がすると、「あら、大変」と言って、いなくなってしまうのだ。

「お姉ちゃん? 麻美ちゃんのこと? そう言えば、あんたがまだ、子供の頃、うちに来て、あんたと遊んでくれたことがあったよね」

 麻美ちゃんは母の姉の子供だ。最近、結婚が決まった。母にお姉ちゃんのことを尋ねてみようと思ったのは、麻美ちゃんの結婚を聞いたからだった。

「ううん。麻美ちゃんじゃなくて、うちにいたお姉ちゃん」

「お姉ちゃんなんて、いないわよ。変な子ね」母はそう言って、笑った。

(いや、そんなことない。確かにお姉ちゃんはいた。うちにいて、毎日、私と遊んでくれた)

 そう言いたかったが、言わずにおいた。お姉ちゃんのことは、誰にも言わないのが、お姉ちゃんとの約束だったからだ。

 大学生になった頃、父が亡くなった。突然の出来頃だった。悪い病気が見つかって、一年も絶たずに亡くなってしまった。

 毎日、調理場に立ち続けた父を失い、中華料理屋は危機を迎えた。

 もともと、中華料理を食べるのも作るのも大好きだった父が、みんなに食べてもらいたいと始めた店だ。母はすっかりやる気を失っていたし、私も中華料理屋を継ぎたいとは考えていなかった。そこで、店をたたむことにした。

 大学を卒業するまで、後、二年。その間、何とか食いつなげば、後は私が働いて母を養って行けるはずだ。

 数日後、大学に行こうと家を出ると、一人の若い男性が店の前に立ち尽くしていた。目元の涼やかな、背の高い男性だった。

「すいません。お店の方ですか? お店を止めるって本当ですか⁉」男性が尋ねてきた。

 もう噂になっているようだ。「はい」と頷くと、その若い男性は、自分がいかに、うちの料理が好きで、毎日のように食べて来ていたということを、繰り返し、私に説明した。

 大学に行かなければならない。うちの店を贔屓にしてくれていたことは嬉しいが、父が亡くなった以上、もうどうしようもないのだ。

「もう、料理人が、コックがいないので、どうしようもないのです。お店をたたむしかありません」と事情を説明すると、「僕じゃあ、ダメですか⁉」と彼が言う。

「お父さんの味を引き継ぎたいのです。是非、僕にやらせて下さい。ダメですか?」彼は必死の表情で訴える。うちの店を継ぐことができるのだったら、勤めている会社を辞めても良い。給料なんていらない。タダで良い。だから、自分をコックとして雇ってもらいたい。彼は顔を真っ赤にしながら、そう言った。

 騒ぎを聞きつけて、母が出て来た。

 母は常連客だった彼の顔を覚えていた。切々と訴える彼の話を聞くと、「そこまで、このお店のことを思ってくれていたのですね。あなたが、お父さんの味を継ぎたいとおっしゃってくれるなら、私、もう少し頑張ってみようかしら。それに、娘が大学を卒業するまで、まだ、お金が必要だし」と言い出した。

 彼の熱気にほだされてしまったようだ。母がやる気になった。流石に、タダという訳には行かなかったが、支払える額は彼が会社でもらっているお給金に遠く及ばなかった。それでも彼は、店で働くことが出来ると喜んだ。

 彼と母、そしてアルバイトの女性の三人で、店は再スタートを切った。

 父のレシピは母が覚えていた。毎日、母の指導を受けながら、彼はめきめきと腕を上げた。一年もすると、「先代に負けない味になったな」と常連客に言ってもらえるまでになった。

 店は元通り、繁盛した。

 そして、私は大学を卒業すると、市役所に就職し、彼と結婚した。いつしか、彼のことが気になり始めていた。

「嬉しいな。これで、僕も、本当の家族になれた」彼の言葉に涙が出た。それほどまでに、うちのことを大切に思ってくれていたのだ。

 やがて、娘が生まれた。

「お父さん、見て頂戴。千絵が赤ちゃんの頃にそっくりよ」

 母は仏壇の前に、娘を抱きながら座って言った。そして、安心したのか、「御免ね、千絵。お父さんがね。あっちで中華料理屋をやりたがっているのよ。私、行って、手伝ってあげないと――」と言って、母は逝ってしまった。

 私は市役所を辞め、母に代わって店に立つようになった。

 毎日、目が回るような忙しさだった。可哀そうだったが、娘は一人、家で放っておかれた。大人しい子で、いつも一人で遊んでいてくれた。

 ある日、店に入って来たお客さんが濡れた傘を持っているのを見て、雨が降り出したことに気がついた。物干し台に洗濯物を干しっぱなしだった。

「御免、今の内に、洗濯物を取りこんでくる」

 客が途切れた頃を見計らって、主人にそう伝えると、家に飛び込んだ。二階に駆け上がると、物干し台の洗濯物を回収して、リビングに抱えて行った。襖越しの隣の部屋では娘が一人で遊んでいる。お気に入りの人形で、ままごと遊びでもしているのか、しきりに何かしゃべっていた。

 洗濯物を畳んでいると、娘の話声が聞こえた。


――うん。お姉ちゃん。そうなの。この子、病気なのよ~


 洗濯物を畳む手が止まる。(お姉ちゃん‼)確かに、そう聞こえた。


――ねえ、ねえ。お姉ちゃん。しりとりしよう~うん。じゃあ、私からね~うん? やだ~お姉ちゃん、また“し”攻撃~⁉


 私は襖を見つめた。

(ああ~間違いない。お姉ちゃんだ。あの、お姉ちゃんに間違いない。そう、お姉ちゃんは“しりとり”が得意だった。お姉ちゃんが娘の相手をしてくれている。会いたい。もう一度、お姉ちゃんに会いたい)

 そう思ったが、襖を開けることは出来なかった。もし、襖を開けたら、お姉ちゃんは二度と娘と遊びに来てくれないような気がしたからだ。


                                            了


拙作をご一読いただき、ありがとうございました。


 座敷童をイメージしながら書いた作品。子供にしか見えないもの~そういうものがあるのかもしれない。

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