エースの選択
さあ、いよいよだ。
日本一をかけて、俺は今晩の試合のマウンドに上がる。負けられない一戦だ。プロ野球日本シリーズは三勝三敗の五分で、今夜、第七戦が行われる。これに勝てば日本一だ。そして、この試合にエースの俺が先発することになっていた。
俺は鏡の前に立った。
古ぼけた鏡だ。だが、この鏡は「真実の鏡」と呼ばれていて、鏡に尋ねると、真実を教えてくれる。鏡に映った俺が、俺の意思とは関係なく、真実を答えてくれるのだ。
オフシーズンに結構な額を出して購入した。
「鏡よ、鏡。今晩の試合、どっちが勝つ」と聞くと、鏡の中の俺が「東京ロイヤルズだ」と答えた。
東京ロイヤルズは日本一を争っている相手だ。
「東京ロイヤルズだって! うちが、俺が負けると言うのか⁉」
「九回裏、ツーアウト一、二塁からサヨナラホームランを打たれて負ける」
「そうか。分かった」
それだけ分かれば十分だ。今シーズン、鏡のお陰で何度も勝ち星を拾って来た。打たれることが分かっていれば、対策できるからだ。
試合が始まった。
絶好調だった。初回から飛ばした。三回に一点、味方が取ってくれたが、四回に一点取られて同点となった。五回に一点、また味方が取ってくれて、二対一でリードのまま、試合は終盤を迎えた。
八回を投げ終えた時点で、ベンチに戻ると、コーチから「ご苦労さん。後はガンちゃんに任せな」と尻を叩かれた。
「ダ、ダメです。九回も俺が行きます。ガンに投げさせちゃあダメです」と慌てて俺は答えた。
少々、声が大きくなり過ぎた。ベンチにいた仲間が俺のことを見ていた。
ガンちゃんこと岩村は日本シリーズでは球が走らず、不安定な投球が続いていた。このまま投げさせると、鏡が言った通り、九回裏にサヨナラホームランを食らってしまうだろう。
「しかし・・・お前、球威が落ちて来ているぞ」
「コーチ、日本一になりたいんでしょう。だったら、俺を続投させてください。俺にはこの先の試合展開が見えています」
いつもは、こんなに強情は張らない。コーチもそのことが分かっている。「う~ん」と考え込んだ後、「そうか・・・監督と相談してみるよ」と言ってくれた。
監督との相談の結果、「分かった。続投してくれ。でも、いいか。少しでも危ないと見たら、直ぐに交代させるからな」とコーチが俺をマウンドに送り出してくれた。
続投だ。
これで、九回裏、ツーアウト一、二塁からサヨナラホームランに気を付けていれば大丈夫だ。
九回裏のマウンドに上がる。
ポンポンとツーアウトを取った。
ここからだ。
四番打者にヒットを打たれた。まあ、仕方ない。相手は四番だ。シングルヒットなら御の字だ。次の五番打者に四球を出したのが痛かった。
これでツーアウト一、二塁になった。
打者は六番の井上だ。確実性は無いが、一発のある打者だ。こいつにホームランを打たれて負けてしまう訳だ。それは、何としても避けなければならない。七番の田中は逆に一発は無いが、こつこつ当てて来る厄介な打者だ。普通なら井上勝負だ。
だが、井上と勝負に出て、ホームランを食らことが分かっていれば、勝負を避けて歩かせば良い。俺は意図的に井上を歩かせ、満塁策を取った。
(満塁策を取ったらどうなるのか、鏡に聞いておけば良かったな)と思ったが、後の祭りだ。
そして、田中を迎えた。バッターボックスに入る。
もうひと踏ん張りだ。
俺は渾身の力を振り絞って投げた。
生きの良いストレートがキャッチャーミット目掛けて筋を引く。外角低めに決まった。それを右打者の田中が綺麗に流し打った。
ボールは一二塁間を抜け、外野を転々とした。
二者が生還し、チームはサヨナラ負けとなった。
運命は変えられなかった。
俺は鏡を売った。
拙作をご一読いただき、ありがとうございました。
ボクシングの次は~と考えた時、野球が頭に浮かんだ。スポーツ系で統一するかと、アイデアを練った作品。




