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タイトルマッチ

「鏡よ、鏡」とどこかで聞いたフレーズを題材にした作品です。

――鏡よ、鏡。この世で一番、強いやつは誰だ⁉


 鏡に尋ねる。

 鏡に映っている俺が答えた。「キャシアン・グレイだ」と。

 キャシアン・グレイは世界ヘビー級チャンピオンで、次の俺の対戦相手だ。タイトル戦を一週間後に控えている。

 この鏡は前回の試合のファイトマネーで買った。

「真実の鏡」と呼ばれているそうで、鏡に向かって尋ねると、本当のことを教えてくれる。鏡に映っているのは俺だが、鏡の中の俺が勝手に口を動かして答えるのだ。

 古ぼけた鏡だが、この鏡を手に入れる為に、十二万ドルも支払った。

 俺はハードな練習を終え、シャワーを浴びると、鏡に向かって尋ねる。「誰が一番、強いのか?」と。そして、鏡の答えは毎回、同じだった。キャシアン・グレイ、やつこそ、最強の男だと。

 鏡の答えを聞いて、俺はより一層、ハードに練習に打ち込み、自分自身を追い込んで行く。その為に、高い金を出して、この鏡を買ったのだ。

 だが、毎日、キャシアン・グレイの方が強い。やつには勝てないと言われるのは、メンタル的に厳しい。下馬評でも圧倒的にキャシアン・グレイが優勢だ。俺の勝ちを予想するものなど、皆無だった。流石にへこんだ。

 タイトル戦を明日に控えた日の夜、俺は弱気になっていた。


――鏡よ、鏡。教えてくれ。やつに勝てる方法を。明日の試合で、キャシアン・グレイを倒す方法を教えてくれ。


 と尋ねてしまった。

 鏡が答える。


「3ラウンド、一分二十三秒、グレイが右ストレートを撃ってくる。それを交わし、ボディに一発、お見舞いすれば、グレイが前のめりになる。目の前にグレイの顔があるはずだ。そこに一発、お得意の左フックをお見舞いすれば、グレイはマットに沈むだろう」


 本当か? とは思わなかった。

 鏡が言うのだ。その通りにすれば、勝てるはずだ。俺には、その力がある。


 そして、タイトルマッチのゴングが鳴った。

 試合はキャシアン・グレイ優勢のまま、2ラウンドを終えた。俺はやつのパンチを食らい続けた為、左目のまぶたがはれ上がっていた。それでも、なんとか3ラウンドまでと、必死にリングに立ち続けて来たのだ。

 大丈夫だ。俺は負けない。俺には秘策がある。鏡の言う通りにすれば、俺は勝てる。

 3ラウンドが始まった。

 俺の体内時計は正確だ。厳しい練習の成果だ。一分二十三秒を誤差なく知ることができる。そして、運命の一分二十三秒が訪れた。

 キャシアン・グレイが右ストレートを撃って来た。鏡の予言通りだ。スウェーして右ストレートを交わす。そして、空いたボディに一発、拳をねじ込む。

 キャシアン・グレイが顔を歪めた。

 効いている。グレイが前のめりになった。目の前にキャシアン・グレイの顔があった。

 勝った! もらった。

 後は、得意の左フックをお見舞いすれば、キャシアン・グレイはマットに沈むだろう。俺は渾身の左フックをキャシアン・グレイの顔、目掛けて撃ち込んだ。

 その瞬間、目の前が真っ暗になった。


 俺は負けた。

 左フックにカウンターを合わされた。俺はキャシアン・グレイのアッパーカットをもろに顎に食らい、マットに沈んだ。

 専門家曰く、紙一重の勝負だったと。

 キャシアン・グレイが前かがみになった時、絶好のチャンスが到来したと見た俺は、何時もより大きく振りかぶってしまった。その分、俺の拳がキャシアン・グレイの顔面にヒットするのが遅れ、キャシアン・グレイのアッパーカットが先に俺の顎を割った。コンマ何秒の差だった。

 小さくても強いフックをキャシアン・グレイにお見舞いしていれば、俺は勝てただろうと、専門家が言っていた。

 全てを知っていたからこその大失敗だった。

 俺は鏡を売った。

 拙作をご一読いただき、ありがとうございました。


「鏡よ、鏡、鏡さん」という、あのフレーズが頭に浮かんで、そこからアイデアを思い付いた作品。スポーツを扱ったシリーズ作品になりました。

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