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世にも不思議なショートショート  作者: 西季幽司
不思議な話・その二
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サクラ

 サクラは僕の守護天使だった。

 桜が散る頃、僕はサクラと出会った。中学校の入学式、桜吹雪を背負って駆けて来た女の子がサクラだった。

 すれ違いざまに、僕を見てにっこりと笑った。

 中学生の頃、僕は虐め――ではないが、クラスの男子から無視されていた。勉強は出来るけど、運動は苦手。父親は役所勤め――ということも原因のひとつだろうが、僕の性格的なものが大きかったようだ。いつもうじうじしていて、他人とろくに話をすることができなかった。

 僕が虐めを受けなかったのは、サクラがいてくれたからだ。

 中学校の三年間、サクラとは同じクラスだった。

 同級生から虐められそうになると、何時もサクラが飛んで来てくれた。

「あんた! 虐めはダメだって、先生が何時も言っているでしょう」と叱りつけてくれるのだ。家も近所だったので登下校も一緒、正に僕のボディガードといったところだった。

「シンジを見ていると、子供の頃に飼っていたインコのピッピを思い出す」とサクラは言っていた。

「インコに似ているってことかい?」と聞くと、「ううん。似ていない。でも、要領の悪いところは、そっくりかもね」と言って笑った。

 この先もサクラとずっと一緒にいるんだと、当たり前のように思っていた。

 同じ高校に進学できた。運動神経抜群のサクラは頭も良かった。ショートカットで笑顔の素敵な女の子となったサクラは、さばさばとした性格で、男子生徒は勿論、女子生徒にも人気があった。

 高校になって初めて違うクラスになったが、休み時間になると、「シンジ~虐められてない~?」とクラスにやって来た。そして、クラスメートに向かって「シンジを虐めるやつは、私が許さないからね」と言って回るものだから、皆、面白がって、「サクラさん。僕、シンジ君にウスノロって言っちゃいました」、「サクラちゃん。私、シンジ君の上履き、隠しちゃった」と自己申告するようになった。

 無論、そんなの嘘だ。サクラだって分かっている。だが、サクラはノリ良く、「なに~!お仕置きだ~!」と言ってクラスメートを追い回した。クラスメートはぎゃあぎゃあ悲鳴を上げながら逃げ回った。

 お陰で僕は虐めとは無縁だった。

「シンジにはサクラがいるから」と恋愛に縁が無かったが、僕は気にしなかった。サクラがいてくれたから。

 サクラは結構、男の子に告白されていたようだけど。そんな時、「あなたのこと、嫌いじゃないけど、付き合うのだったら、シンジと一緒で良い」と言って断っていたらしい。

「シンジと一緒って、どういう意味だよ?」と聞かれると、「何をするのもシンジと一緒、デートをする時もね」と僕の都合も聞かずに、そう答えていた。

 本当に、そんなことになれば、僕にとって迷惑以外の何ものでもない。人のデートについて行くなんて、真っ平だ。

 こうして、高校時代もサクラと共に過ごした。

 ファーストキスの相手はサクラだった。

「ねえ、キスしてみようか」とサクラに言われ、夕暮れの公園でキスをした。

「な~んだ。こんなものか」というのがサクラのファーストキスの感想だった。以来、二度とキスをさせてもらえなかった。

 そして、桜の舞い散る中、サクラと別れた。家の近所に土手があって、そこに桜の木が植えられている。春になると土手の桜が一斉に咲いて、桜並木が出来上がる。

 僕らは土手を通って通学していた。

 そこでサクラに言われた。

「私、高校を出たら、東京に行く。専門学校に入って、スタイリストになるんだ。シンジ。あなたは、もういい大人なのだから、これからは私を頼らずに生きて行くのよ」

 サクラは町から出て行った。

 サクラを失って、僕は動揺した。これからもずっとサクラと一緒にいることができると思っていたからだ。サクラのいない毎日なんて、考えられなかった。

 暗闇に落ちて行くような気持ちがした。


 大学生になった。

 周囲に自分のような人間が増えたような気がした。サクラの庇護がなくても、一人でやって行けるようになった。少しは友だちをつくろうと、歴史研究会という歴史好きが集まるサークルに入部した。お陰で友人が出来た。そして、彼女まで出来てしまった。

 アイちゃんは大人しい子で、丸眼鏡が似合う可愛い子だ。歴女と呼ばれる人種で、僕なんかより、ずっと歴史に詳しい。彼女が語る蘊蓄を聞くのが楽しくて、常に傍で聞いている内に一緒にいることが当たり前になってしまった。

「君のことが好きだ」と僕は勇気を振り絞って告白した。彼女の答えは「私も」だった。

 そして、桜が咲き始めた頃、サクラが戻って来た。桜並木の真ん中で腰に手を当てて立ち尽くすサクラを見た時、心臓が止まりそうだった。

「帰ってきちゃった」とサクラは苦笑いしながら言った。

「どうしたの? お休みでももらったの?」

「スタイリストになるのを止めたのよ」

「止めた⁉ どうして?」

「面白くないから」

「面白くないからって・・・」

 軽薄そうに見えて、サクラは芯の強い女性だ。よほど嫌なことでもあったのだろう。

 その日から、サクラの攻撃が始まった。「ねえ、何処にいるの?」、「暇~つきあってよ」、「講義? そんなのサボって、遊びに行こうよ」と頻繁に電話をかけて来るようになったのだ。

 僕に彼女が出来たことを知って、「シンジに彼女⁉ へえ~私が品定めしてあげるから、会わせてよ」と言い出した。冗談じゃない。サクラは僕の暗黒時代を知っている。そんなこと、彼女に知られたくなかった。

「うん。また今度ね」と誤魔化していると、彼女とのデートにサクラが現れた。

 どうやってデートのことを知ったのだろう。跡をつけられたとしか考えられない。

「あら~あなたがシンジの彼女さんね? 私、サクラ。シンジのお姉ちゃんみたいなものだから、気にしないで」

 気にするなという方が無理だ。戸惑うアイちゃんに、「ねえ、今日は何処に行くの?」と尋ねると、「シンジはね~」と案の定、僕の暗黒時代の話を始めた。

 挙句の果てに、アイちゃんと別れてから、「あの子はダメね。守ってもらいたいタイプ。シンジを守ってくれない」とダメ出しをする始末だった。

 それから、アイちゃんとのデートの最中にサクラから電話がかかって来るようになった。デートだと分かっているくせに、「ねえ、今、何しているの?」と電話をかけて来るのだ。

「今、デートだから」と電話を切ると、また暫くして、「ねえ。何か面白い映画、やっていない?」といった感じで、電話をかけて来るのだ。

 デートの邪魔をしているのだろうか。

 アイちゃんは何も言わなかったが、内心、面白くなかったはずだ。だから、「私とサクラさん、どっちが好きなの?」と聞かれた時は、ついに来たと思った。

「勿論、アイちゃんさ」

「そうは見えないけど・・・」

「サクラとは子供の頃からの付き合いなんだから、仕方ない」

「シンジ君。優しいから嫌だって言えないんでしょうけど、その優しさが人を傷付けることだってあるのよ」

 アイちゃんを傷つけてしまったようだ。僕はアイちゃんとサクラのどちらかを選ばなければならなくなってしまった。

 桜が散り始めた頃、サクラが再び消えた。

 土手で待ち伏せされ、「シンジ。彼が迎えに来たの。東京に戻る」とそれだけ言い残して、サクラはいなくなった。

 僕はほっとした。


 僕はアイちゃんと婚約した。

 結婚が決まり、新居を探し始めた。結婚式の打ち合わせの最中、電話があった。サクラからだった。

「シンジ。助けて。直ぐに来て。私、もうダメかもしれない」

 強気のサクラが泣きながら、そう訴えた。

「サクラ。僕、今、結婚式の打ち合わせの最中なんだ」

「結婚! シンジ、あなた、自分だけ幸せになれば、それで満足なの。子供の頃、あなたを守ってあげたのは誰? お願いよ。ここに来て」

「直ぐに来いって言われても・・・」

 僕は途方に暮れた。

 だけど、僕はサクラに逆らえない。アイちゃんに、心配だからサクラの様子を見て来ると伝えた時、「私たち、これで終わりなのね」と言われてしまった。

 僕はアイちゃんを残して、東京行きの列車に飛び乗った。

 サクラが住んでいるアパートを訪ねた。

 サクラの第一声は、「あらっ⁉ 本当に来てくれたの」だった。狭いアパートには、僕とは正反対の筋肉隆々のスポーツマン風の男がいた。

 サクラの顔が半分、腫れあがっていた。

「外で話そう」と近くの公園に行った。

 公園の周りに桜が植えてあって、満開の桜が散り始めていた。

「大丈夫?」と聞くと、「大丈夫。これくらい。彼が戻って来てくれたの」とサクラが言った。そこには、学生時代、眩しかったサクラの姿はどこにも無かった。

 サクラはもう昔のサクラではない。そのことが、ようやく理解できた。

「もう電話をかけて来ないで」と言うと、サクラは「うん」と頷いた。そして、「それが、私がシンジにしてあげる最後のことになるかもね」と言って笑った。

「ねえ、お金、貸してくれない」とサクラが言うので、僕は財布から、お札を抜き取ってサクラに渡した。

「返さなくて良いから」と言うと、「ごめんね」とサクラが言った。

 桜吹雪の中にサクラを残して、僕は公園を後にした。


 僕はアイちゃんと結婚した。

 一度は分かれた僕らだったが、サークルの同窓会で再会し、再び付き合いを始めた。お互い、まだ気持ちを残していることを知ったサークルの仲間たちが、裏でこっそり手を回してくれたようだった。

「サクラとは、あれから会っていない。もう会わないよ」

 アイちゃんは、それだけ聞いて、満足した様子だった。

 結婚して暫くして、携帯電話にショートメッセージが来た。

 サクラからだった。


――私、結婚するの。


 と書いてあった。僕はほっとした。良かった。サクラも幸せを見つけたのだ。そして、そのままサクラのことを忘れてしまった。

 ある日、コンビニのレジで財布から、お金を払おうとしたら、花びらが落ちて来た。桜の花びらだった。何処かで財布に桜の花びらが迷い込んだのだ。

 そうだ。あの日だ。サクラを最後に会った公園で、桜の花びらが舞い踊っていた。あれから随分、経つが、何故か、今頃になって財布から花びらが出て来た。

 桜の花びらを持って家に帰ったら、アイちゃんが「大変よ」と言って家から出て来た。

「今、ニュースでね――」

 観光客を乗せた観光船が沈没し、乗客が大勢、亡くなったというニュースだった。事故に遭った被害者の中に、結婚が決まった若いカップルがいた。

 その女性がサクラだった。

「サクラが・・・」

 僕は絶句した。

 握った手の中に、桜の花びらがあった。僕は、桜吹雪を背負って駆けて来た女の子を思い出していた。


――桜と共に出会って、桜と共に去って行った女の子を。

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