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世にも不思議なショートショート  作者: 西季幽司
不思議な話・その二
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赤い車

 SNSで赤い車が話題になっていた。

 ただでさえ目立つ真っ赤な車のボンネットに、巨大な顔が描いてあるというのだ。当然、人目に付く。巨大な顔はボンネットに描かれているので、横からよく見えない。だが、それをみた人間は、みな、顔に見覚えがあると言う。

 見覚えがあるのだが、思い出せない。


「確かに、どこかで見た顔だ」

「知り合いのオジサンに似ている」

「テレビで見たような気がする。芸能人?」


 そういったコメントと共に、ピンボケた画像がいくつもアップされた。

 赤い車は神出鬼没で、何時、何処に現れるのか分からない。やがて、


――赤い車に出会うと幸せになれる。


 と噂になった。

 折しも、大陸から広がった未知のウイルスが全国に広がり、世間をパニックに陥れていた。赤い車のボンネットに描かれた顔について、


「あれは法隆寺夢殿救世観音像の顔だ」


 と誰かが言い始めた。

 法隆寺夢殿の救世観音像は聖徳太子の生前の姿を映したものだと言われている。人々を世の苦しみから救ってくれる観音様だ。


「ある人が夢をみた。夢の中に聖徳太子が現れ、私の顔を車に映して走り回りなさい。そうすれば、世の中に平安が訪れると言われた。だから、この世の救済の為に、赤い車のボンネットに観音様の顔を描いて、走り回っているのだ」


 そんなもっともらしい都市伝説となった。

 都市伝説が広まると、赤い車を見たという目撃談が一気に増えた。そして、陸橋の上からボンネットの顔の撮影に成功した画像がアップされ、「やはり救世観音像の顔だ」と赤い車の話は社会現象となって行った。

 赤い車の噂が広まるに連れ、猛威を振るった謎のウイルスの拡散が徐々に沈静化して行った。そして、ワクチンが登場するに及んで、社会に安堵感が広がった。


「これも赤い車のお陰だ」


 と人々は噂した。


 そんなある日、赤い車が事故を起こした。

 修理工場に勤めていたスタッフが、赤い車の持ち主に確認を取って、SNSに、その正体を暴露した。

 赤い車の持ち主は、ごく普通の農家のオヤジだった。

 日頃は軽トラックを乗り回しているが、ごくたまに愛車の赤い車でドライブに出かけることがある。だから、目撃情報が少ないのだ。

 SNSはやっておらず、テレビもほとんど見ないとあって、自分の車が噂になっていることを知らなかった。

「あの、ボンネットに描かれた顔は誰の顔なのですか?」

 修理工場のスタッフが尋ねた。

 みなが知りたがっている謎だ。農家のオヤジが答えた。


――ああ、あれ。あれ、俺の顔。うちの子が描いてくれたんだ。よく描けていたので、そのままボンネットに写した。いいだろう?


                                            了

 拙作をご一読いただき、ありがとうございました。


 コロナ禍に思いついたアイデアを作品化したもの。

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