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世にも不思議なショートショート  作者: 西季幽司
不思議な話・その二
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笑顔の値段

 彼女は笑顔が素敵だった。

 笑うと右頬にえくぼができた。それが彼女の笑顔を一層、可愛らしく見せた。笑顔が可愛いねと言うと、彼女は喜んだ。

「ねえ、笑顔を見せてよ」と頼むと、彼女は何時も「いくら払う?」と聞くのだ。そして、「う~ん」と僕が考え込む。そんなやり取りを何百回も繰り返した。

 無論、お金が欲しい訳ではない。二人の間の戯言だ。

 高校三年生の時に、彼女に告白し、付き合い始めた。同じ大学に進学し、同じサークルに入部し、ずっと一緒だった。このまま一生、彼女と添い遂げるものだと思っていた。

 だが、彼女は死んだ。

 大学四年生の時、自動車事故に巻き込まれて亡くなった。

 僕の心に巨大な穴が、ぽっかりと空いてしまった。その穴は何をやっても埋めることが出来なかった。僕は人生の目的を失ってしまった。

 だが、生きて行かなければならない。

 僕は就職し、働き始めた。

 彼女に会いたかった。僕は、夢で良いので彼女と会いたいと願った。

 彼女のことを考えていると、年に二、三度、本当に彼女が夢に出てくれることがあった。変なもので、「お待たせ」と言って、彼女は夢に現れる。

 そんな彼女に、僕は何時も通り、「笑顔を見せてよ」と頼む。すると、彼女は「いくら払う?」と尋ねて来る。

「いくら? う~ん。そうだなあ~今、貯金が大体――」

「相変わらず真面目ねえ。夢なんだから適当に答えておけば良いのよ。一億円とか」

「そうか」

 大体、そんな他愛のない夢だった。だけど、夢で彼女に会えた日は、彼女とデートをした気分になれた。それだけで幸せな気持ちになれた。


 彼女の事故から十年が経った。

 彼女がいない歴も十年になった。

 会社で部署が異動になった関係で、素敵な女性と知り合った。笑顔の素敵な女性だった。

「お前まだ、独身だったよな。彼女、どうだ?」と上司に聞かれた。

「僕なんて、相手にしてくれませんよ」と答えると、「お前のことがお気に入りみたいだぞ」と教えてくれた。

 彼女を失ってから初めて、僕の心がときめいた。

 最近、大学時代の友人に言われた。「お前、何時まであの女のこと、引きずっているんだ。お前だって分かっていただろう。彼女、浮気をしていたんだぞ。男と泊りがけで遊びに行って、その帰り道に事故に遭ったんだ。車に乗っていたのは、彼女と男、二人切りだっただろう。いい加減、あんな女のことは忘れろ」

 一番、聞きたくない話だった。

 あの当時、彼女の心が僕から離れてしまっていることは、何となく分かっていた。だけど、僕はそのことを考えないようにしていた。現実から逃げていた。

 彼女が夢に現れなくなって、随分経つ。今では年に一度、夢に現れるかどうかだ。

 その夜、彼女が夢に出た。夢の中の彼女は僕の理想に過ぎない。

 何時も通り、「お待たせ」と言わなかった。代わりに、「もう私のことは忘れなさい」と彼女が言った。

「だって・・・」

「だってじゃないのよ。これからは、会社の人に頼みなさい。笑顔を見せてって」

「うん」

「じゃあ、お別れね」

「お別れだね。最後に笑顔を見せてくれないか?」

「馬鹿ね」と言って、彼女が笑った。

 あの笑顔だ。ずっと見たかったあの笑顔だ。だが、彼女の眼には涙がいっぱい浮かんでいた。顔は笑っていたが、眼は泣いていた。

 涙で霞んでしまって、彼女の笑顔がよく見えなかった。

 夢を見ていたはずだが、僕は枕をぐしゃぐしゃに濡らし、ベッドで大声を上げながら泣いていた。


                                            了

 拙作をご一読いただき、ありがとうございました。


 夢オチはやらないように気を付けている。夢を扱った題材なので、その辺、実は夢でした~にならないように、最初から夢であることを断って書いた。これといった怪奇現象は起きない作品。

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