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世にも不思議なショートショート  作者: 西季幽司
不思議な話・その二
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伊作の願いごと

 村に伊作という若者がいた。

 少々、頭が弱いが正直者だ。両親は早くに亡くなり、伊作が幼いのを良いことに、畑は親戚のものに奪われてしまった。他人の畑仕事を手伝っては、作物を分けてもらって、日々の糧を得ている。

 気の良い若者で何時もにこにこしていた。

 村の子供たちから馬鹿にされても、へらへらと笑っていた。

「伊作よ~悪さするガキがいたら、懲らしめてやって良いんだぞ」と村人に言われる始末だった。

 そんな伊作が、ある日、「かがみ山にお宮をつくらなければならねえ」と言い始めた。

 村を囲むように山々が連なっており、村の西南にかがみ山と呼ばれている小高い丘陵があった。鏡餅のような、ずんぐりとした形をしているので、かがみ山だ。そこにお宮をつくらなければならないと伊作が言うのだ。

 農閑期ではあったが、田植え前だ。準備に忙しかった。村人は誰も伊作の話に耳を傾けなかった。

 田植えの季節になったが、伊作は姿を現さなかった。

 田植えが終わった後、村人の一人がかがみ山に登ってみた

 驚いた。お宮の基礎が出来つつあった。

「伊作よ~お前、一人でここまでつくったのか?」と聞くと、「うんにゃ。親父が手伝ってくれるんだ」と伊作が言う。

 伊作の親父は、伊作が子供の頃に亡くなっている。

「どこの親父だ」

「おれの親父だ」

「お前の親父は死んじまったじゃないか」

「おれが一人で苦労しているのを知って、夜な夜な、あの世から手伝いに来てくれているのだ。仲間を連れてね。おめえの親父もいるぞ」

 伊作の言葉に村人はひっくり返った。村のご先祖様たちが、夜に、伊作を手伝いに来てくれていると言うのだ。日が暮れると、一人、また一人と、何処からともなくご先祖様が現れ、お宮つくりを手伝ってくれる。そして、日が昇る前にまた、一人、また一人と姿を消して行くのだ。

 その夜から一人、また一人と村人がかがみ山に登り、お宮の様子を確かめに来た。そして、死んだはずのご先祖様と会うことが出来た。

 力仕事なので男だけで、残念ながら会話をすることは出来ないが、ご先祖様が石を運んだり、木材を削ったり、地面を突き固めたりする様子を見ることが出来た。ただ、伊作だけは、彼等と会話ができるようで、村人は伊作に頼んでご先祖様に近況を報告したり、悩み事を相談したりした。

「ああ~親父から笠の編み方を聞けて良かった。ありがとう、伊作」

「親父に孫の顔を見せてやれた」

「随分、心配かけたがおれも嫁をとった。親父にそう伝えてくれ」

 伊作を通してだが、ご先祖様と会話することができて、村人は嬉しそうだった。何時しか、大勢の村人がお宮の建設を手伝ってくれるようになった。

 お宮の周りには雨風を凌ぐ為の小屋がいくつも建てられ、生活道具が持ち込まれた。ちょっとした村が出来た感じだった。

 夏が過ぎ、秋になる頃には、お宮が完成していた。

「ご先祖様がそろそろお別れだと言っておる。みな、仲良く暮らせと、そう仰せだ」

 村人はわんわん泣いてご先祖様に別れを告げた。

 お宮が完成すると、今度は「三日の内に稲を刈ってしまうのだ」と伊作が言い出した。

 そろそろ刈り入れの季節だ。

 村人たちは総出で稲を刈った。そして、三日で稲刈りを終えた。

 稲を刈り終わるや否や一天にわかに掻き曇り、雨となった。雨風は激しさを増し、やがて嵐となった。村人は家に籠って嵐が過ぎ去るのをじっと待った。

 そして、「伊作の言う通りだ。あのまま稲を刈らずにおったら、嵐にやられて、今年は大凶作になるところだった」と稲刈りを終えていたことを喜んだ。

 三日三晩、吹き荒れた嵐が過ぎ去った。村人は家から出ると、晴れ渡った空を見上げながら、お互いの無事を確かめ合った。

 すると、伊作が村中に触れ回って言った。

「お~い。刈り取った稲をお宮に運べ~急げ~皆で米俵をお宮に運ぶんだ~米俵を運んだら、皆、お宮に集まれ~女子供も全部だ~」

 伊作の言葉を聞いて、村人は当惑した。

 村人総出で米俵をお宮に運んでいるところを誰かに見られでもすると、隠し田で作り取りした稲を運んでいるのだと勘違いされかねない。

 年貢を誤魔化していると思われてしまうかもしれないのだ。庄屋に知られるときついお叱りを受けるだろうし、お代官に知られれば磔になる恐れがあった。

「どうする?」

「伊作の言葉はご先祖様の言葉だ」

「そうだ。伊作の言うことを聞いた方が良い」

 この頃には、村人は伊作の言うことを信じるようになっていた。

 村人は米俵を肩に担ぐと、かがみ山へ登って行った。何度も山道を上り下りして、全ての米俵をお宮に運び終わった。村人はくたくたになって、お宮の境内にへたり込んだ。

 と、その時、ぐらぐらと地震のように激しく大地が震えた。

「地震か!」

「違う。地すべりだ~!」


――ゴゴゴゴオ~!


 と地響きを立てて、隣の山の斜面が崩れ落ちた。

「あわわわわ――!」

「きゃああ~!」

 村人が悲鳴を上げる。

 この前の嵐で地盤が緩んでいたのだ。大量の土砂が斜面を滑り落ち、あっという間に村を飲み込んでしまった。

「何ということだ」

「あのまま村にいたら、おれたちは・・・」

 その様子を村人は呆然とお宮から見守った。

「伊作の言うことを聞いておいて良かった」

 何度目だろう。伊作のお陰で、皆、無事だった。命があるだけでもっけの幸いだ。それに、米がある。寝泊りする場所もある。村の復旧には時間がかかるかもしれないが、また皆で力を合わせて頑張れば良い。

 村人が言った。

「村が全滅したのだ。今年の年貢は免除されるだろう」


                                           了

 拙作をご一読いただき、ありがとうございました。


 ありふれた話に思えて、一度は作品化を断念したが、アイデアに困って不思議要素を追加して書いた作品。

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