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世にも不思議なショートショート  作者: 西季幽司
ナムカミナムカミツツガナキヤ
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父さんに会ってみたい

 今日も満員電車だ。

 田舎で生まれ育った。東京に転勤になって、人の多さになかなか慣れることが出来なかった。特に毎朝の満員電車は地獄だった。人混みなんてものじゃない。大人になってまで、毎日、おしくらまんじゅうをやらされている気分だ。楽しくなんかない。

 吊革につかまって揺られていると、何処からか「ナムカミナムカミツツガナキヤ」という声が聞こえた。

 吊革の呪文だ。

 電車で吊革に摑まって、「ナムカミナムカミツツガナキヤ」と唱えると、吊革の魔人が現れる。魔人が「お前の願いを叶えてやろう」と言うので、願いごとをすれば叶えてくれる――という都市伝説があった。魔法のランプの吊革版だ。

 満員電車の暇つぶしとして、学生が考えたものだろう。この都市伝説はSNSで拡散し、今や、電車で通勤、通学している人間で知らぬ者などいないほど広まっている。

 身動きすらできないくらいだ。やることがない。「ナムカミナムカミツツガナキヤ」と唱えてみた。

 すると、吊革の上に、もやもやと雲のようなものが広がり、「わたしにご用事ですか~?」と小男の上半身が現れた。薄くなった額、卵型の顔、昔風の両端がぴんと撥ねた口髭、魔人というより、名探偵といった風貌だ。吊革の上に広がった雲の中に、名探偵の上半身が浮かんでいた。

「えっ!」吊革の魔人が、本当に現れた。

 僕は周囲を見回した。

 何人か僕を見ていた。僕の反応から、吊革の魔人が現れたことに気がついたようだが、魔人の姿は見えていないようだった。

 暇つぶしで呪文を唱えただけだったので、願いごとなど、考えていなかった。

「願いごとはありませんか~?」と魔人が語尾を伸ばしながら尋ねて来た。

「そうだねえ・・・うん。そうだ。お父さんに会ってみたい」と僕は言った。

 僕は母子家庭で育った。母さんは父さんについて何も教えてくれなかった。僕は父さんのことは何も知らなかった。勿論、会ったことなどない。母さんは苦労して僕を大学まで出してくれた。大学を卒業し、大企業に就職し、やっと親孝行ができると思ったのも束の間、昨年、母さんは病気で亡くなった。天涯孤独、独りぼっちになってから、父さんに会ってみたいと思うことが多くなった。

 願いごとはないかと聞かれ、父さんのことを思い出した。

 吊革の魔人は「お安いご用です~あなたの願いを叶えてさしあげます~」と言うと、吊革の上でくるくると回転しながら姿を消した。

「あっ!」

 もっと色々、聞かれるのだと思った。だが、吊革の魔人はあっさりいなくなった。


――一体、どうやって父さんに会わせてくれるのだろう?


 不思議だったが、楽しみでもあった。


 閉まりかけていたエレベーターに飛び乗った。

 中に人がいた。中年の男性で、どこか部署の部長さんといった雰囲気だ。

「すいません。おはようございます」と挨拶をすると、「おやっ⁉ 君の言葉に懐かしい訛りがあるね」と男性が笑顔で言った。

 方言が出ないように気をつけているが、イントネーションで分かってしまうようだ。

「すいません」と謝ると、「謝る必要なんてないよ。いや、懐かしい。僕の出身地にも同じ訛りがあるんだ。どこの出身だい?」と聞かれた。

 出身地を答えると驚かれ、町の名前まで聞かれた。

「やっぱり同じだ。東京で同郷の、しかも町まで一緒の隣近所の人間に出会うなんて初めてだよ」と男性は懐かしそうな顔をして、胸にかかっていた僕の社員証を覗き込んだ。

「ふ~ん」と男性は困った様な表情をした。

 職場で自分の席につき暫くすると、部長から「おいっ! 君、何をやったんだ」と怒鳴られた。社長が呼んでいる。至急、社長室に行ってくれと言われた。

 僕は社長室へ飛んで行った。

 社長室で社長が待っていた。恥ずかしながら、今の今まで、社長の顔を覚えていなかった。社長の顔を見て、びっくりした。今朝、エレベーターで一緒になった、あの中年の男性だ。

「君の履歴書を見せてもらった。母子家庭で育ったみたいだね。お父さんのこと、覚えているかい?」と聞かれたので、母は父のことを何も教えてくれなかったこと、戸籍上、父親の欄は空白になっていることを伝えた。

「お父さんについては、何も知らない?」

「ああ、ひとつだけ。僕、高校に入学してサッカー部に入った時、母から、父は学生時代、ラグビーをやっていて、試合で左足の足首を骨折して、手術をしたそうで、左足の足首に鍵型の手術の跡があると言っていました」

 社長が目を見張る。

「それで、お母さんは元気なのですか?」と聞かれたので、母が亡くなったと答えると、社長は「そうですか・・・それは残念です」と涙を零しながら言った。そして、


――どうやら、君は僕の子供のようだ。


 と言って、僕を見つめた。

 社長の話では、学生時代、つきあっていた彼女がいた。突然、彼女から「他に好きな人ができた」と言われて別れてしまったが、その時の彼女の名前が僕の母親の名前と同じだったようだ。それで、僕を呼んで確かめてみたという訳だ。

 当時、将来を嘱望されていた父と家庭環境に問題のあった母との交際に、父の両親が猛反対していた。母はそのことを知って、身を引いたのだった。その時、母のお腹には僕がいた。


――ありがとう。吊革の魔人。父さんに会うことが出来た!

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