山で拾った男
幽霊タクシーの噂があった。
山深い一本道で、カーブを曲がり切れずに崖下に転落し、タクシー運転手が亡くなった。隣町まで客を乗せて行った帰り道だったらしい。
転落した場所は緩やかなカーブになっているが、事故が続いていた。警察が調べたところ、近くに出来た保養所の工事により、カーブの外側が内側より低くなっていたことが分かった。だから、車はカーブを曲がり切れずに事故が続いていたのだ。
以来、山道に幽霊タクシーが出現するようになった。うっかり、幽霊タクシーに乗ってしまうと、あの世に連れて行かれる。そういう噂だった。
今夜も、一人の男が山道を彷徨っていた。
――あんた。こんな夜中に、雨も降っているし、何故、一人で山道を歩いていたんだ?
男はたまたま通りかかったタクシーに乗り込んだ。すると、直ぐに運転手が男に尋ねた。
「えっ!」と男は驚いた顔をして、運転手の後ろ姿を見つめた。
男は何か感じ取った様子だった。
「どうかしましたか?」
運転手が尋ねる。
「運転手さん。あなた、透けていませんか?
「透けてる?」
「そうですよ。あなた、影が薄くて透けて見えますよ」
「はは」と運転手が笑い飛ばす。
「冗談を言っている訳じゃあ・・・あ・・・あ、あなた、ひょっとして幽霊・・・?」
男が絞り出すように言った。
「幽霊タクシーの噂を聞いたんだね。ああ、そうだ。幽霊タクシーだよ。カーブを曲がり切れなくて谷底に落ちちゃった。本当、運転には自信があったのに残念。下手に自信があったから油断しちゃったんだろうね」
運転手が言うと、男は「嫌だ!降ろしてくれ~!」と後部座席で喚き始めた。
「まあ、まあ、落ち着いて。で、何故、深夜の山道を一人で歩いていたんだ?」
今度は、ややきつい口調で運転手が問い詰めた。
「それは・・・」と男が口籠る。
「こんな山の中まで、歩いて来たのかい?」
「・・・」男が黙り込む。
「違うのか。だったら、車で来たのかな?」
「どうでも良いだろう」
「当たりだな。車で来たんだ。一人で来たのかな?」
「だったらどうした」
「おやっ、一人だったんだ。だったら、車はどうしたんだろうね。何故、一人で、山道を歩いていたのだろうね?」
「車が故障したんだよ!」と男が面倒臭そうに言う。
「そうか。車が使えなくなったから、一人で山道を歩いていた訳だ」
「そうだ」
運転手は話を続ける。「夜中に車でやって来た。だけど、車が壊れた。それは大変だったね。でも、この先に車は無かったよ」
「・・・」
「何処に車を停めたんだい?」
「何処だって良いだろう」
「山の中に車を停めたんだね? 何故かなあ~」
「放っておいてくれ」
「あんたは山の中に車を停めた。車が壊れた? 変だね。山の中に車を停めていたのに、何故、壊れるんだい? 考えられるとすれば、ヘッドライトを点けっぱなしにして、バッテリーが上がっちゃったのかな?」
「・・・」と男が黙り込む。
「黙秘かい? あんた、よく見ると泥だらけじゃないか。山の中で車を停めて、ヘッドライトを点けて何をしていたんだ? 穴でも掘っていたのか?」
たまりかねて男が口を開く。「あんた、警察官じゃなくて幽霊だろう?」
「刑事ドラマ、好きだったんだよね~だからかな。こんなことを考えたんだ。あんた、誰かを殺した。恋人か奥さんか、そんなところだろうね。その死体をトランクに積んで、山の中にやって来た。人知れず埋めてしまおうと思ったんだろう。そして、ヘッドライトを点けて穴を掘った。死体を埋める為にね。だが、作業の途中でバッテリーが上がってしまった。あんたは暗闇の中、何とか死体を埋めると、車を置いたまま、その場を後にした」
「馬鹿らしい・・・」と男。
「あんたの言う通り、私は警察官じゃない。だけど、幽霊タクシーの運転手だからね。噂を聞いているよね? 幽霊タクシーに乗った者は、あの世に連れて行かれるって」
「おいっ!」
男が後部座席から運転手に掴みかかろうと手を伸ばしたが、運転手の体をすり抜けてしまった。
「待て、待ってくれ。俺はやっとあの女から自由になったんだ。頼むから降ろしてくれ。あの世に連れて行かないでくれ~!」
男が叫ぶ。
運転手が冷たく突き放して言った。「勝手なことを言いなさんな。あの世で、あんた、彼女にしっかり謝ることだ」
タクシーは走り続けた。




