また、あんたかい
細々と冷たい雨がそぼ降る夜、山の中の県道で、タクシーが若い女性客を拾った。
タクシー運転手は隣町に客を乗せて行った帰り道だった。雨の中、道端に佇む女性に気がついて車を停めた。
ドアを開けると、女性がふわりと風のように車に乗り込んで来た。青白い顔だ。長い髪で俯いているので、表情が分からない。
この女性客は・・・
「おやっ。また、あんたかい?」と運転手が言うと、
――すみません。
と女性が蚊の鳴くような声で答えた。
「今夜で三度目になるかな? まだ成仏できないの?」
タクシー運転手は慣れたものだ。「あんたを乗せると、シートがべちゃべちゃになっちゃうから、後で掃除が大変なんだよね」と愚痴る。
――すみません。
と若い女がまた蚊の鳴くような声で答える。
若い女は幽霊のようだ。そして、運転手はそのことを知っている。
「ほら、前回、彼の名前と住所を教えてもらっただろう。余計なお世話と思ったんだけど、調べてみたんだ。あんたが成仏できるように」
ぴくりと後部座席の幽霊が反応する。
「あんた、彼氏とドライブ・デートの最中に大喧嘩して、夜中に、この山道に置き去りにされた。酷い男だ。山道をさまよっている内に、誤って崖から転げ落ちて亡くなった。そうだったよな? だから、彼のことを恨んで、化けて出ている」
若い女が両手で顔を覆う。
「あんたに教えてもらった住所に行ってみた。彼はもう引っ越していて、いなかったよ。――って言うか、彼があそこに住んでいたのは、もう五十年も前の話じゃないか」
――五十年・・・
お化けが呟く。彼女に時間の感覚なんて無い。いつの間にか五十年の月日が流れ去っていた。
「俺は警察じゃないからね。彼が何処に引っ越して行ったのかなんて、当然、分からなかった。俺に出来ることといったら、これくらいだと、あきらめていた。そしたら、何と、運転手仲間に彼のこと、知っているやつがいた」
興味津々、女性は運転手の話に聞き入っていた。
「もう十年くらい前になるんじゃないかな。あるアパートで首吊りがあってね。その時、亡くなった人の名前が、あんたの元カレと同じだった。同僚が近くに住んでいたそうで、名前を覚えていた。何で自殺したのか、遺書が無かったんで分からなかったが、噂じゃあ、借金で首が回らなくなって首を吊ったって話だった。その事件があってからね。そのアパートでお化けが出るって、住人が言い始めた。自殺した彼が化けて出るってね。それで、人が住まなくなって、そのアパートは取り壊しになった。彼氏の幽霊、何処に行っちゃったんだろうね。ほら、幽霊同士、探してみたらどうだい?」
ずっと俯いて座っていた女が青い顔を上げて運転手を見ていた。
「首を吊るくらいだ。あんたを置き去りにしてから、彼、ろくなこと、無かったんじゃないかな。きっと幸せじゃあ無かったと思うよ。だから、あんた、もう成仏したら?」
運転手がそう言うと、女は;
――ありがとうございます。
と言い残して消えた。




